当事者

当事者

赤髪立ち入り禁止スレのアレ モブの気持ちがよくわからない側からの鰐バギ



 おかしい。——って、顔に書いてあるな、こりゃあ。


 どうせこいつも、おれ様のことを疑ってるんだろう。今をときめくクロスギルド総帥の新四皇様がちょっと小突いただけで気絶して、あっさり海楼石の首輪付きで地下牢ブチ込まれてるなんて現実だと思う方が難しいと思う。おれ様も夢であって欲しいもん。

 七武海撤廃なんて事故が起こってクロコダイルから即金で借りた金返せなんて無理言われたのも、無料奉仕で勘弁してもらうはずが大事故でハデにヤベェ会社の社長になっちまったのも、おっかねェことに共同事業者の鷹の目までキレたせいで本気で死を覚悟するレベルにボコされて——無料奉仕がエグい方向にクラスチェンジしちまったのも、


『仮にもてめェはウチの社長だ、神輿すら全うできねェならわかるな』


 ……なんてド畜生ワニから毒針チラつかされて商談だの戦場だの死ぬほど連れ回されて酷使されるのも、結論の出ねェクソ長い話に我慢できずトイレに席立ったところをさっくり誘拐されたのも、全部。


「……なァ~~、パワハラボスなんざ放っといて本気で逃げた方がいいぜ、てめェ。あとついでに首輪も外して?クツ舐めていいから……」


 あ~~、もう駄目だ。確実クロちゃんキレてるわ。今度こそおれ様死んだ。ギリ死なずに済むとしたら仲よく大脱走なのに、なんでこの見張り野郎わかってくれねェの?社畜なの?


「この状況で交渉とは大した余裕だな」

「へ?交渉だァ…?っはは、する意味ねェだろばぁか、……どうせみーんな死んじまうんだぜェ……」


 いやワケわかんねェこと言うんじゃねェよ。交渉できたら苦労しねェから、キレてるときのクロコダイル知ってる?人の口に酒瓶捻じ込んで一気に飲ませてから水分吸い上げるヤベェ"お酌"させながら尋問してくるからな?秒で回って死ぬほど気持ち悪ぃのに、…気持ち悪ぃは今もそうだ。海楼石のせいで、ちっとも体に力が入らねェ。

 あっダメ吐くかも、…目を閉じる。せめて死ぬにしても楽しいこと考えよう、ええと、…視界真っ黒だと余計思い出しちまうんだよなァ…目隠しで体バラされるのは本気で怖かったっけ…、…ああクソ溜め息しか出ねェ。

 目を開ければ、見張り野郎が牢の真ん前にまで迫っている。何か悩んでるみてェだがとりあえず出してくれりゃあいいのに、なんでわかんねェんだよもう。


「クロちゃん、無能に容赦ねェし」

「……クロコダイルのことか?」

「ん、…あ、ヤッベ、外じゃマズいんだった…でも、頭ぐるぐるしてるからよォ…あァ~~、ゴメン…やっぱ死刑確定だわ、てめェも。ぎゃはは、…はぁ…だりィ…」


 あ~~あ~~ヤッベェまた地雷踏んだここまで来ると笑うしかねェ。当人は聞いてねェからセーフと思いたいが、コイツがバラしたらおれがバラされる。物理的に。

 いやバレなくても絶対バラされるだろうけど……誘拐される社長はアウトだよなァ……何年もカリスマ社長やってたせいで求める社長像のハードルがド派手に高ェしクロコダイル……一挙手一投足に文句つけてくる、ってか拳骨めり込ませてくるし……。


「あの男なら、お前を確保した時点で殺す手筈になっている。扱いにくい駒は不要、神輿だけ手に収める。それが我々のボスの考えだ」

「あ、そう。…扱いにくいはわっっかるわァ~~…ボスってのはあの髭モジャの爺さんかァ?握手ぐらいしといたらよかったぜ」


 いやだから殺せるわけねェだろハデアホ。どうせ"商談"にいたメンバー、あとはせいぜい人数だけのザコだろ?あの化け物ワニがほぼ単身で何隻軍艦沈めやがったと思ってんだよ。

 溜め息しか出ねェ。どう考えてもさっき見た野郎共は軍艦一隻以下、全滅確定だ。つまりおれ様も今死ぬよォ~~!

 ……もう駄目だ。死に様考えよう。そういやクロちゃんに葉巻の予備持たされてたっけなァ、ハードボイルドでアリかもしれねェ。怠くて仕方のない体に鞭を打って起き上がる。どこに仕込んでたっけか、ああそうだ確か右手——


「……何をしている……!!」

「へ?クロちゃんから預かってた葉巻……にー…、…おォ。火ぃ点けた?」


 いきなり見張り野郎がキレやがった。なんで?おれたち一緒に死ぬんだからいいだろ別に。あっ禁煙派ならおれも同じだったんだけど意外に慣れるから安心していいぜ、まァてめェに慣れる時間は残ってねェけど。

 葉巻をほんの少し鼻先に近付ける。……うん、……ああ、……死ぬほど怖ェ野郎なのに慣らされちまったせいで変に頭ぼーっとしちまうの、何か複雑だなチクショウ。


「あ゛ー……睨むんじゃねェよ、冥途の土産だ。おれ様、どうせ死ぬならハデ死がいいと思ってるからよ」

「ふざけるな!お前の能力は封じている筈だ、それを……クソッ!どこから」

「はあぁ??道化がカラダに手品のタネ仕込んでるのは当然、そこは能力使うまでもねェだろ」


 わあわあ言いやがって、こちとら頭ぐるぐるしてんだ死ぬ前に吐くぞコラ。にしても急に喚きやがって何だこの野郎、芸もできねェと思われてんのかよおれ。

 そりゃあ肩書は海軍のハデアホ共のせいで無限にデカくなるハリボテだが、ボディーチェック搔い潜る程度の仕込みぐらいできねェととっくに死んでらァ。なんて、説明する元気もロクにねェわ。怠い。

 話を切ってゆらゆらと揺れる煙を見つめる。四六時中吸いやがる品だけあって香りは嫌いじゃねェが、吸うとなるとむせちまうから苦手なんだよなァ、どうしたもんか。


「いい加減にしろ」


 ……ええと、おれ様なんかしたっけ。どうせ死刑確定なんだから仕事なんざ忘れちまえばいいのに、社畜しても神経磨り減るだけってギャルディーノも言ってたぜ?

 見張り野郎がぶつぶつ言いながらバカデケェ大バサミを手に取る。わかりやすく拷問用だ、今の状態で使われりゃあ当然死ぬほど痛ェだろうが、逆に言えば殺し用じゃあない。

 牢のカギが開く。うわ、だいぶキレた顔してやがる。どこに怒る気力があるんださっぱりわかんねェ、溜め息を吐いて葉巻を唇に近付ける。


「状況を分かっているのか?全てはこちらの気分一つだ、それこそ能力を使うまでもなく」

「……わかってねェのはてめェらだっての、もうココはドデケぇ棺桶だ。脅されようが今更…な~んで逃げられるのに逃げねェかなァ…おれ様なら絶対とんずら一択だった、ッァ…!」


 髪が引っ掴まれて、床に叩きつけられる。ああこりゃイっちまってるな。せっかく誘拐した相手を馬乗りでボコろうなんざ、社畜野郎の発想じゃねェ。

 視界の端で、衝撃で落とした葉巻から煙が揺れて天井に上っていく。まだおれが生きている、建物が原型を留めているってことは、騒ぎにしたくないらしい。……つまり、わざわざストレス溜まる戦い方をしているワケだ。冷たい床に転がされて、たった今手首まで掴まれた、さあ今から拷問されますよという無能のせいで。


 ピシッ、天井に小さな亀裂が入る。


「!!な、何が……!!?」


 あっという間に亀裂は全体に広がって――割れる、瞬間に乾いた砂へと変わる。降り注いでは巻き上がる砂嵐に視界が支配されて、そりゃあ何がなんて聞きたくなるのもまァわかる。


「——ハ。小物のジジイにしちゃあ、忠誠心の強い犬を飼っていたらしいな」


 聞いたところで、どうにもならねェけどな。低い声と共に、視界が晴れる。檻を挟んだ外、手の中で小さな砂嵐を弄びながら立っているのは、案の定に。


「クロコ……ダイル……」

「……ほォら、な?ドハデな死刑執行人だろ」


 クロスギルド総帥に忠実な幹部・砂漠の王クロコダイル——なワケがない。


「……………」


 借金を分割払いにする代わりに"部下とグルになって新会社を乗っ取った"を言い分にドハデな慰謝料加算した上で死ぬほどコキ使いやがる、…だけならまだしも、今回は本気で見限るぞてめェのツラをしている、砂漠の俺様系ワニ野郎だ。スゲェこっち睨んでる。こわい。もうほんと笑うしかない。


「クハハ…随分と洒落たアクセサリーをもらったもんだな、バギー。似合ってるぜ」

「!だろ!?だろだろォ~?……だからァ……ゴメン♡ここは見逃してクロちゃん♡」

「断る。…無駄なトラブル起こしやがるマヌケ野郎を置いておく趣味も義理もねェ…」

「あぁ~~やっぱりィ……血も涙もねェ……砂だけに……」


 よしとりあえず媚びとこ。どこぞのオカマよろしくウインクをしてみたらクロちゃんの眉間の皺レベルが1上がった。ハイもう二度としません許して、…あッいや二度もクソもない可能性濃厚なんだった。

 無能に容赦ねェのは昔かららしいし、流石にトイレ行こうとして誘拐は我ながら死ななきゃ示しがつかないレベルだと思う。いくら対外的に忠実な幹部ツラしとくにして商談中断して一人トイレ行きたがったヤツについてくのは嫌だよなァ…どんなタイミングの合い方で連れションすんだよって話だしなァ…


「!ァぢ…ッ!」


 手首が引っ張られた、直後に急な痛みで意識が引き戻される。視線を向ければ、火の消えた葉巻の先端が見える。おれの手の甲で無理矢理葉巻を揉み消したらしい。何とも趣味の悪ぃ消し方だ。舌打ちをしようとして、チリチリと肌を刺すような威圧感が強まった気がした。


 反射的に気配の方向を見れば、クロコダイルがおれ——の手の下、揉み消された葉巻を睨み付けている。食事時と睡眠時の他はヤニがねェと死ぬんじゃねェかなって具合の愛煙家なのだ。

 砂嵐を弄んでいた手が、ゆっくりと振り上げられる。間違いない。


「"砂漠の"——」


 万が一に切れたときを想定して預けておいたお気に入りのブツが、まだちっっっとも吸われてねェうちからゴミ扱いなんざそりゃキレるわ。


「う……動くな、クロコダイル!動けば——」


 ああうん問題はおれも巻き込まれるのが確定だってことなんだよなァ、泳ぎが得意だったおかげで砂に埋められるだけなら無事かもしれねェが能力封じられてるとなると場合によっては本気でマズ、……あっダメだ、ハデデカ砂刀の構えしてやがる。死んだ。

 反射的にひゅっと息を呑めば、音が聞こえたのか微かに砂が集まる動きが止まる。当然ながら優しさじゃない、イイ顔をしやがったなというサド野郎の反応だ。それでも今しかねェ、情に訴えるしかねェ。情は情でも欲ってのが地獄だが、惨殺確定よりはマシだ。

 ほんとすみませんでした何でもします舐めるいいやちゃんとしゃぶるから命だけは取らないでください、震えながらじっと見つめることどれだけ経ったのか、ククッとクロコダイルが喉の奥で笑って振り上げた手が下ろされる。


「アー、前置きはいい。そいつを殺りてェなら、どうとでも好きにしな。手間が省けて助かる」


 だああああ拷問煽るんじゃねェよさっき海楼石の首輪ホメやがったろサドワニ野郎!!!見張り野郎がヤバイ顔してんじゃねェかクラァ!!!!

 ……思いはしても無料奉仕を前提に命乞いをした以上、おれに何も言う権利はない。そのままお手並み拝借とばかりにどかっと座り込まれようと、心からおかしそうに笑われようと、


「おい…!!こちらは本気だ!動けば——お前の恋人の命はないと思え!!!」


「…………………………は?」

「ひゃ…………ひゃい…………?」


————ピシ、とんでもねェワードで空気が凍り付こうと、何一つ。

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