弟を想う兄

弟を想う兄



 部屋の前から女中達の気配が去って、漸く悟はため息をついた。苦しそうな顔で荒い呼吸をする類に今自分ができることは…看病することくらいだろうか。硝子に渡された冷えピタを類の額に貼って様子を見る。少しマシになった顔にホッとした。

「そういえば熱が出た時はお粥がいいんだっけ…」

基本的に熱を出さないのでお粥なんて作ったことはないが、昔体調が悪い時はお粥がいいと教えてもらったのはいつのことだったか。

「よし、作るかお粥」

そう決意して類の部屋をそっと出る。女中に料理場を借りると伝え、冷蔵庫の中の材料を調べた。お粥を作るのに必要な材料は揃っていたので問題なさそうだった。問題は肝心の悟の料理スキルだが、類と同じく趣味がなんでもできるが故にないくらい器用なのでなんの問題もなかった。

「偶には料理も悪くないよね」

と呟きながらあっという間にお粥を完成させていく。お粥の作り方なんて10年程前に同級生達に教えてもらったものしか知らないが、類の口には合うだろうか。

お粥を持って類の部屋の扉を開けて入ると、類が起きてぼんやりとこちらを見ていた。

「あ、起きたんだ。体調はどう?」

なるべく声量を抑えて声を掛けてみると、

「………」(ふるふる)

類は無言で首を振った。

「まあそりゃそうか。お粥作ったけど食べる?」

「………」(……こくん)

暫く動きを止めてから類は頷いた。

「ん、わかった」

お粥を類のもとに持っていく。

「自分で食べられる?」

スプーンを差し出してみたが、まだ身体を動かすのも辛そうだったので、不本意だろうが食べさせることにした。

「口開けて」

素直に開ける類の口にお粥を運ぶ。

「どう、美味しい?」

「………」(こくり)

「ならよかった」

そのまま同じように繰り返したが、半分以上余ってしまった。だがあれ程の高熱であることを踏まえれば、寧ろよく食べたものである。

女中を呼び出し残りを処分するよう命じて類のもとへ戻ると、類はどこか眠そうだった。

「眠いなら寝なよ」

その言葉に素直に従って布団に横たわった類を見ながら、悟は物思いに耽っていた。

類が倒れたのは間違いなく任務のしすぎだろう。昔から無理をしすぎるところがあって心配していたが、まだ治っていなかったらしい。類は恵と同じく自己肯定感が低い。恵は『死んで勝つ』と『死んでも勝つ』の違いがわかっていなかったが、類はわかっていて無理をするのだから困るのだ。類の自己肯定感の低さが自分に由来していることは知っていた。挫けたり諦めたりすることがなかったのはよかったが、自己評価の低さに現れてしまったのはあまりよくないことだ。責任感が強いのも時には足を引っ張る要因となる。

(今度本気で類とぶつかってみようかな)

なんて考えていたところに寝息が聞こえ、そちらを見遣る。類が寝ているのを見てもう大丈夫かと思い高専へ戻ろうとすると、服の裾が引っ張られた。


「あ、起こした、る——」


「行かないで、義兄さん…」

思わず目を丸くして固まった。義兄さん、なんて類がまだ幼かった頃以来呼ばれていない。成長するにつれていつの間にか呼ばなくなっていた懐かしい呼び名に、一瞬思考がフリーズしかけた。

「わかった、類が治るまで一緒にいるよ」



後日、類にこの話をしてみたが、本人は覚えていないのか期待していたような反応はもらえなかった。

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