引かれなかった「引き金」
グランドラインのとある島、
バナロ島。
「船長……、そろそろ教えて頂いても?」
まるで筏の様な船が出港し、その姿から想像出来ない速度で航行していた。
「新聞には何と書かれていたのです?」
黒ひげ海賊団狙撃手、オーガーは船長であるティーチに問いかける。
白ひげ海賊団2番隊隊長エースをバナロ島で迎え撃ち海軍に引き渡し、七武海として加盟し……これが当初説明されていた計画だった。
それが今朝、ティーチが(バナロ島民が注文した)新聞を読んだ途端
「エースを追うぞ!」
と言い出し急に出港の準備をさせられたのだから当然の疑問である。近くに居るドクQ、ラフィットも同様であった。バージェスも操舵手として忙しいが聞き耳は立てている。
「……読んでみろ」
ティーチはオーガーに新聞を手渡す。受け取った新聞は後ろの2人に見やすい様に広げる。驚愕の内容であった。
『海軍の英雄錯乱!?
天竜人を暴行し歌姫と逃避行!!』
「どうしたらこんな"巡り合わせ"が…」
「ああ…、今までの記事で馬鹿だとは思ってたが…、ガフッ!」
「これはこれは!……成る程、歌姫を守ろうとして!実にドラマチックですねぇ!」
「なぁ!おい!何て書いてあるんだよォ!」
さて新聞の内容には驚いたものの聞きたい答えにはなっていない。視線で問いかけるとティーチが答える。
「その英雄サマと歌姫なんだが……、エースの義兄弟なんだそうだ」
「…!?…それは確かなので?」
先ほどから驚きの連続である。ティーチは続ける。
「ああ…、部下の頃直接聞いた。マルコにも話してたそうだし嘘じゃねぇだろ」
この様子だとティーチはわざわざ他の隊長格にも確認したのだろう。しかし次の疑問が出る。
「白ひげの船で海兵の話が出来るので?」
「流石におおっぴらにはやってねェよ。だが新聞が来るたんびに1番に受け取って、それがこの2人に関わるもんだった時だけすぐ部屋に引き籠もってそれ以外はポイじゃあ……」
「……成る程、つまりエースはこの2人を助けに」
「甘いですねぇ!オーガー!」
ラフィットが遮る。
「天竜人に暴行!そして大将が来る!ただの狼藉者ならそれで終わります!しかし今回は!?七武海!そして元とはいえ四皇を倒した英雄!その英雄と共に戦い、能力も強力無比!更に広告塔として海兵からも民衆からも愛された歌姫!逃亡に協力する馬鹿もいるでしょう!大将だけで対処出来ると!?」
「…海軍どころか世界政府全体が潰しにかかってくるか……。実績が裏返るとは不運な奴らだ……、ゴホッ!」
「だとすると船長」
ティーチは苦虫を噛み潰したように答える。
「そうだ、俺みたく新聞を読んだエースは新世界、白ひげの下に向かっただろう……。自分の実力じゃあ足りねえと。息子が頭下げて動かない訳もねェ…。エースが追って来るから待ち伏せのしようがあったてのに、せっかくの七武海入りの計画がこのままじゃあパアだ!」
「急がなきゃいけねぇのはなんとなく分かったからよォ!いい加減にちゃんと説明をよォ!」
まだ漕ぐのは余裕なものの聞こえてくる断片的な会話でしか説明されてない為かバージェスが文句を叫ぶ。
「ホホホ!すいませんねバージェス!そうだ船長!航路は引き続き今日までの逆走でよろしいですか?」
「あ?ああ。補給出来る島や安全な航路は俺達もエースも大差ねェからな」
「…エースは略奪とかしねえんじゃ…」
「だから急いでんだ!まだ間に合うかもしれねェんだからよ!」
「ではそのように。バージェスにも事の経緯と航路を説明してきます」
ラフィットがオーガーから新聞を奪いバージェスに向かった。
(しかし向こうは1人、こちらは5人。この船も早いとは言えない……。少なくとも七武海への"巡り合わせ"は遠退いたか……)
ティーチの機嫌を損ねたくない為口には出さないが、オーガーは1人ごちる。
事態が動いたのは何と次の日。配達途中のニュース・クーをオーガーが撃ち落とし新聞を奪ってからである。
「……!船長!新聞です!内容は歌姫の出自で…」
「あァ?じゃあ良い。場所とか白ひげが病死とかならともかく…」
オーガーは動揺しているのかいつもより大声で言う。
「いえそれが……、歌姫はあの
"赤髪の娘"だと……!」
「「「はァ!?」」」「グハァッ!?」
もう早々驚く事等無いだろう……、そう思ってたがまだ上があった。バージェスに至っては漕ぐ手を止めてしまっている。
「白ひげと赤髪はロジャー時代からの縁、それに確かエースの奴…、赤髪と呑んだことあるって言ってたな」
「じゃ…、じゃあ手を組むってのか!?"白ひげ"と"赤髪"が!?」
「グハッ!…聞くだけで寿命が縮む……」
「そんな簡単にはいかないでしょう……、が、少なくとも敵対の意味は無くなりましたね。逃亡中の2人は一緒でしょうから」
「……どうします船長?これでは"赤髪"側からエースに接触する可能性も……。船長?」
オーガーはティーチに新聞を渡し問いかけるが、そのティーチは考えこみ、新聞を読んでいる。
「……なァ、この事態だ……。"ビッグ・マム"と"カイドウ"は動くよな?」
「そりゃそうだろ船長!」
「英雄……もう元ですが、はともかく歌姫ウタの方のウタウタの能力は只でさえ魅力的です。それに加えて"赤髪の娘"なんて付加価値までついた…。将星や大看板クラスの幹部を使ってでも捕らえようとするでしょう」
ティーチの顔が楽しそうに歪んでゆく。
「そうだ。つまり四皇の全て、そして世界政府も動く。そうなると何処が最初に倒れると思う?俺ァ、"白ひげ"だと思う」
「あァ…、白ひげ本人が病だったか。そこは同情する…ゴホッ!」
「そうなると漁夫の利狙いで、"ビッグ・マム"と"カイドウ"は"白ひげ"のナワバリを襲うだろう。白ひげがいないんじゃあ恐くもなんともねェからな。そしてこれだ」
ティーチが別のページの記事を指差す。
『英雄と歌姫の処遇への無言の抗議か?海兵の除隊者続出!』
と書いてある。ラフィットは合点がいったようでティーチに続けて喋る。
「只でさえ無視出来ない四皇同士のぶつかり合いが激しくなり、更に娘を探しに彷徨いてる"赤髪"…、世界政府は大忙しというわけですねぇ!海軍の除隊者が相次いでいるこの状態で!」
ティーチはますます楽しそうに言う。
「そうだ!少し先だが必ずその状況になる!そんな戦力も士気もボロボロの時に、俺が適当な億越えの首持って"七武海"に入れてくれって言って向こうは断ると思うか?!」
バージェスも漸く笑顔になる。
「ウィ~~ハッハッハ!信用してくれるかねえ!?」
「ゼハハハ!!そこはクロコダイルみたく良い子ちゃんするしかねェな!!」
ドクQも少し血色が良い。
「ゴホ…、インペルダウンに近づけるかは…俺達の頑張りと運次第か…」
「海軍が油断した時に、駄目押しにラフィットに頑張って貰うかァ!」
ラフィットは終始楽しそうだ。
「ホホホ!四皇全てと戦って疲労困憊な頃には監獄の事なぞ考える余裕も無いでしょうし催眠もやり易いでしょう!」
オーガーは改めて船長に問いかける。
「では船長。次の目的は」
「エースを追うのは止めだ!まずは適当な億越えをねらう!平和に貢献してやろうじゃねェか!」
「英雄サマと歌姫ちゃんみてェによォ!」
バナロ島で引かれる筈だった「引き金」は確かに引かれ無かった。しかしそれは別の大きな「引き金」が引かれたからに過ぎない。