序章『徒花だって散らせない』

序章『徒花だって散らせない』


「第217回調査 第一部隊『ブロッサム』出撃します」


 大勢に囲まれている中、薄い桃色の髪をした女性、凛々華が周りの人間に高らかに発言する。調査部隊『ブロッサム』の第二隊長を務める凛々華の声は透き通るソプラノを表しており。通信機を通しても濁ることはない、機体に乗っている他の人たちも綺麗に聞き取れて助かっている。彼らを率いて動く第二隊長は現場で指揮官から指示を貰い、戦場の情況を把握しながら動いているのだ。


「凛姉……」


 そんな彼女をいつも不安そうに、見送るのが凛々華にとって妹のような存在の一会。あまり人に甘える事がわからない一会は、無邪気に姉として沢山の人に甘やかす凛々華に救われていた。逆に「お前なんて姉じゃない」派も多いが、そんな派閥をツンデレと評してバッサリ切るのが凛々華という存在だった。


「大丈夫大丈夫、いままでだって帰ってきたでしょ」

「楽観主義……ずっと同じだとは限らないよ凛姉! うちだって花美が帰って来なかった……凛姉がいなくなるのは……怖いよ」

「“うち”……ね」


 暗い表情が続き青い瞳をうるうる、と潤す少女。そんな一会を見て凛々華は飛びつくように、少女を抱き締めてハグをした。俯く頭部に手を当てて優しく撫でる、少女だって弱くはない。まだ泣く時じゃないから。周りの人間だってまたか、いつもの、など軽い感じで流している。


「凛々華、時間」

「……」

「もー、姉離れもそろそろしなくちゃね? 一会、それじゃ。


 いってきます」


 近くにいた白髪の少女は凛々華に少し急かすように、声を上げた。いってきます、と一緒に敬礼をして。駆け足で機体に乗り込もうとする。


「……いってらっしゃい」


 一会も敬礼をして、部隊をただ眺める。今回もちゃんと言えた、声は出ただろうか。言ってしまったら終わる気がして、言えない言葉。大丈夫だって、笑う姉の存在をずっと忘れられない。




 機械が多い15畳分の一部屋に男女三人が各々椅子に座っていたり、ソファに寝転んだりしている。男女のうちの少女の一会はぐるぐると、部屋の中を散策するように歩き回る。

 機体が詳細に書かれている本を読破している紫苑、ソファで寝ている政。読んだ本をテーブルにある大量の本の上に重ね、ポニテにしている黒髪が視界をチラチラと過る。正直に言うと割りとうっとおしい。


「一会、心配なのは分かるけど凛々華が調査に向かってまだ三十分も経ってないよ。いつも、『落ち着いて行動しろ』って陽に言われてるじゃん」

「う、うるさいなあ。姉を心配してなにが悪いねん! 紫苑だって凛姉のことは心配してるでしょ」

「それはそうだけど。第一部隊に入ってない俺じゃ、なにも出来ないんだから。一会がみんなに御守り作ったりしたことはあったけど、効果は案の定だし」

「はあ、神様はうち達のこと見てないのかな……そりゃそうか。こんな状況だもんね、気持ちの持ちようだけは欲しかったから。作ったんだよ」


 でもみんなも喜んでくれたしね〜! と瞼を閉じて浸っている一会を、緑髪の政は寝た振りをしていた眼を開けてじーっと観察する。二人はよく喧嘩をする。意見の食い違い、相手の行動を注意しすぎ、単純に沸点が低い一会。

 基本無気力な紫苑は、凛々華や一会に対する表情や行動で示す対応に変化がある。政もトゲトゲしく二人を皮肉る事をするが、なあなあにスルーされることが多い。


「けっ、凛々華のことが好きなのか。一会のことが好きなのか。紫苑クンは二股でもしたらどうですか〜」

「何いってんだよ政!」

「はあ〜? なに、紫苑ってうちのこと好きなの?」

「いやっ……ちが! 俺は周りに気振るCP厨であって」


 ハッキリしろよな〜、緑色の髪色をした少年の声が部屋に反発する。銀色に機械に反射する紫苑の赤い耳が、政の目に焼き付いている。

 こんこん、と壁をノックする音が響く。


「すみません。こっちの倉庫に赤い鋏ありますか?」


 扉のついてない入口からひょこっと顔を出したのは、腰までの黒い髪を伸ばしている光輝。指には絆創膏が多く貼られており、ぬいぐるみの裁縫をしていたんだろう。


「あー、あの鋏? そういや仕舞ったかも。すぐ取って来るからまっててね」

「ありがとうございます」


 一会は倉庫に向かっていく、「どこ仕舞ったけな〜」なんて呑気な声も小さくなっていく。


「光輝、手の怪我。不器用なんだし、裁縫は凛々華のが上手っしょ。教わってなかった?」

「……怪我は不注意が多くて、時間をかけたら上手く出来るので。……趣味は趣味ですし、続けたいとは」

「だから、いくら怪我や不調がエネルギーで治るとは言え、それに使う余裕がないって言ってるんだよ」

「政、別に俺はそんなつもりで言ってない」

「黙ってて。

 こんな所にいたらさ、そんな趣味も有り難いけど、その怪我でパイロット操作が事故ったらどうするの。

 光輝の次の調査はまだ先の話だけど」

「……。はい」

「やめろって圧かけたい訳じゃないよ。でもね、その怪我で、もし。もしものことがあったら悲しむ人がいること忘れんなよ」


 できるだけ身体の不調や怪我は自然治癒にまかせて、使うエネルギーは『グリゴリ』を倒す為だけに。これが一番手っ取り早く調査、戦闘を終わらせる方法。最短で二時間、もっと掛かるときもある。ある機体は最大で7機、訓練を積みながら交代で実戦に出ている。


「やっと見つけたよ〜! 鋏」


 たったっ、軽い音を立てながら走ってくる少女に、部屋の空気は変わる。


「はれ? なんか変な話でもした?」

「んーん、なにも」


 紫苑の言葉に合わせて、政も首を振る。光輝も恐る恐る否定をしていた。


「……武器って、まだなにかありましたっけ」

「え、武器? 剣っぽいのを前に拾ったような」

「それ、ください」

「良いけど……グリゴリとは生身で戦わないよ?」

「良いんです。心情の問題ですから」


 物珍しそうな視線で光輝を見る三人の眼差し、納得してるような。ないような。


「なーるほど……かわいい後輩がこうも意気込むんだったら、俺達はビシバシと指導するぞ」

「へ?」

「そーそぉ! うちは結構武器の扱いに長けているんだよ〜?」

「あ、え?」

「俺達、戦場の先輩として学べることが沢山あるよ〜? な?」


「「「光輝?」」」


「あっ、はい。ヨロシクオネガイシマスセンパイ」



――――――


「それでいつもより疲れた顔してるんだ……」


 事が起こった二時間後に部隊の『ブロッサム』が帰ってきた。人員総出で迎える中、一会が凛々華に飛びつき、少女の身体を軽々と回す凛々華。これもエネルギー改造のおかげである、彼らは特殊なエネルギーを持つ少年少女の『エーテル体』であり。この場所は彼らなりに育つ為に設置されている。





 分かっている。

 敵を、怪物達を滅ぼすために生かされてる事も。

 でも、ここで終わらせたりはしない。


『桜の木の下で会おうね』

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