幼馴染

幼馴染


新時代はこの未来だ〜♪

 偉大なる航路のとある島、とある酒場でウタが響く。その酒場に大きく陣取るのはここ数年で大きく名を上げているキッド海賊団だ。

「中々いい歌声だな。キラー」

「流石に海軍が広告塔にするだけはあるな。だが、それだけじゃ無い。」

 店内に流れる曲を聴き、率直な感想を交わすのはキッド海賊団の船長“ユースタス・キッド”とその相棒たる“キラー”だ。海軍は海賊である彼らとは相容れない存在ではある。だが、この歌声から海賊に対する敵対心は感じないとキッドとキラーは思っていた。だからこそ彼らはその歌声に耳を傾けるのだ。

「おっ。ここでも流れてるのか。ウタの曲。」

 そんな無法者達が集まる酒場に入ってくる人影が1つ。ローブを被りフードを深く被ってる為に顔は見えない。姿を隠す者のはこの海で過ごす限り少なくは無い。だからこそその衣装は酒場に溶け込む。だが、その背丈は低く成熟した大人の声とは思えない若い声はこの酒場に不釣り合いだった。

「おっちゃん。ジュースあるか?」

 カウンター席に座ったその人物は、その声の若さを証明するように店主にジュースを頼む。人物は渡されたジュースを飲むと何をするでもなく店内に流れる歌声に耳を傾けている。その様子に酒場にたむろする下級海賊達は嘲るような笑いを浮かべる。

「おい。お前も音楽を嗜む口か?」

 無性にその人物に興味が湧いてきたキッドは相手に近付き声をかける。人物はと言うとローブについたフードを深く被り直しキッドの質問に答える。

「うーん。歌は好きだぞ?けど、おれはこの歌声が1番好きなんだ。」

 深く、感じ入るように答える人物にキッドは何かあると感じた。ただのファンじゃない何かをコイツは抱えてると直感する。せっかくの機会だからと、機嫌が良くなったキッドはキラーも交えてその人物とこの歌声についての話をする事にした。

 会話は驚く程に盛り上がった。人物は音楽への理解こそ浅かったものの事この歌声に関しての理解は驚く程に高く、キッドやキラーも予想付かない感情を歌詞と歌い方から推察していく。キッドとキラーはその推察を聞きつつ音楽への知識を人物に与えればその人物はまるでスポンジのように知識を吸収していき、稀にキッドやキラーでさえ知らない音楽の知識を披露する。

 だが、そんな時間は一瞬で崩れ去る事になる。

「ファーッファッファッファッ。愉快な奴だなお前は。」

「お前こそ、面白れェ笑い方してんなぁ。ニシシ」

 それは何気ない会話だったのだろう。だが、人物の少しの笑いは間違いなくキッドの地雷に踏み込んだ。先程までの笑顔とは裏腹にキッドの表情は固まり冷たい目線で人物を見る。

「ん?どうしたんだ。お前。」

 呆けた顔でキッドの方を見る人物の頭を掴み思いっきり掴み、キッドはその頭を力一杯机に叩き付けた。

 嫌な沈黙が流れる。キッド海賊団の面々は仕方ないという顔で流し、他の海賊達は何が彼の地雷となったのかを理解出来ないでいた。ただ彼らにわかる事はついさっきまで陽気に話していた人物が海賊に殺されたというだけだろう。

「気分がわりぃ。行くぞ。」

 そんな空気の中、キッドは代金をピッタリ払うと仲間達を引き連れて店を出て行く。そんな彼らを止める存在は居ない筈だった。だが、その歩みは気の抜けた声に止められる事になる。

「いってーな。急に何すんだよ。」

 崩れたカウンターから気の抜けた声を上げながら立ち上がる。フードが外れてその顔が露わになると共にその場にいた海賊達は声をあげる。明らかに殺したと確信していたキッドは驚きを隠し声のした方を振り向く。

 そこに居たのは麦わら帽子を被り左目の下に傷を持った男だった。数ヶ月前から世間を騒がせている“英雄”。その姿を見て、キッドもキラーも彼の歌声への理解度の高さが異常だった理由を理解する。

「モンキー・D・ルフィ…」

 誰かその名前を漏らす。数ヶ月前に億近い懸賞金を持つ海賊を捕縛した事で華やかなデビューを飾った海軍の英雄の孫。それが目の前にいる男だった。つまるところ、彼の実力は億クラスだと言う事だ。ここに居る海賊達の内何人が彼に勝てるのかすら不明である。

 だが、キッドは強敵に怯むタチでは無い。その目の奥には戦意の炎が燃え上がり、海軍の若き英雄を睨みつける。その相棒のキラーは最悪の場合を想定しいつでも動けるように、最悪逃げられるようにその脳を回転させる。

 キッドが構えると共にキッドの腕に金属が集まって来て巨大な鉄腕を生成する。その吸収範囲は脅威のものであり店の中からだけでなく、周囲の民家からも金属類を集めていた。その光景にルフィは顔を顰める。

「おい!そんな事したら迷惑がかかるだろうが!もっと周りに考慮ってものをしろ!」

 海兵達が聞けばお前が言うなだろうが、ルフィは周囲の民家に被害を与えるキッドに文句を言う。

「なら止めて見せろよ。“英雄”?」

 そんなルフィにまるで挑発するかのようにキッドは言葉を返す。ルフィはその言葉を聞き、キッドを“民衆に危害を加える悪い海賊”と定義して拳を振るう覚悟を決める。戦う体制を整えたルフィにキッドはその鉄腕を構え突撃する。

「“剃”」「“ゴムゴムの銃!!”」

 キッドは油断はしていなかった。相手は格上だ。油断など出来よう筈も無かった。しかし、それでもルフィの動きをキッドは捉えきれなかった。突如目の前に出現したルフィに驚く間もなく、置き去りにされたルフィの腕が引き寄せられキッドの腹に吸い込まれていく。キッドは痛みで気が飛びそうになるのを耐え、逃げられないようにルフィの腕を抑え最大火力を叩き込む。

「“磁気弦!!”」

 集められた金属はその質量がそのまま火力となりルフィを押しつぶす。圧倒的質量とそれを振り回せる腕力を使った一撃は並の相手ならば容易くその命を吹き飛ばすだろう。

「きかーーん!!」

 だが、ルフィに質量攻撃は通用しない。キッドの力が緩んだ隙に鉄の巨腕を弾き飛ばしたルフィは拳を構える。ゴム人間であるその体は如何なる打撃も通さず、潰れても容易く元に戻ってしまう。キッドにとっては最悪の相手であった。その事を瞬時に理解したキラーは体制が崩れたままのキッドを庇う様にルフィを攻撃する。

 パニッシャーと呼ばれる専用武器を使ったキラーの一撃はルフィの腕に容易く塞がれる。その腕はキラーの得物を通さずにまるで金属同士のような事を響かせる。交錯地点からルフィの腕が伸び、飛び退く間もなくキラーに絡みつく。

「“ゴムゴムの槌!!”」

 ルフィはその腕をゴムの弾性に任せるように回転させながらキラーをキッドに叩き付ける。キッドとキラーは2人して地面に叩きつけられ土埃が舞う。

「“磁気ピストル!!!”」

「うわッ!?」

 土埃の中から金属の槍が射出され、遠距離攻撃手段を持たないと判断していたルフィは完全に意表をつかれる。だが、槍はルフィに当たる事はなくルフィの周囲に刺さり土埃を上げ、ルフィの視界と周囲の空間を奪う。

 その間にキッドは動けなくなったキラーを担ぎ前線を離脱する。自身も意識が飛びそうになるのを我慢しながら自身の鉄腕に激突し大怪我を負ったキラーを運ぶ。

「キッド…すまない…」

「謝ってるんじゃねェよ。あいつが強かっただけだ。おれ達の想像以上に1億の壁は高かった。」

 キラーを担ぎながらキッドは己の無力感に打ちひしがれる。相手が本気で捕らえに来てたのなら自分達は既に捕まっていただろう。相手に迷いがあったから逃げられたに過ぎないとキッドは理解していた。無論、相手の方が強かったで諦めるつもりはない。ならば相手より更に強くなれば良いだけなのだから。

「もっと強くなるぞ。相棒。」

 既に気絶したキラーにキッドは話しかける。だが、その言葉は寧ろ自身に言い聞かせているようでもあった。

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〜2年後〜

 自身の船、ヴィクトリアパンク号でキッドはキラーが持ってきた新聞を読んでいた。

『海軍の若き英雄、幼馴染の歌姫を守る為に天竜人に手を挙げる!!』

『海軍の英雄の謀反!天竜人と歌姫を巡って大争い!』

 様々な新聞社がその記事を取り扱い様々な見出しをつける。だが、その内容は殆ど同じものだった。この世の絶対権力者たる天竜人に買われそうになった歌姫を守る為に、ルフィが天竜人に暴行を働き逃亡中。

 その記事を読み、キッドは旗揚げの時を思い出していた。あの時は親友が死んだ時の報復だった。親友の死に際に自分達は無力であり、出来たのは報復だけだった。だが、あの日あったあの“英雄”は確かに幼馴染を守り、今もまだ世界中を的に回しながら逃げ延びている。

 あの日の事に後悔は無い。あの親友に未練も無い。全ては終わった事であり、自分達がたどり着く所にその親友の心も一緒に行くのだから。だが、自身に出来なかった事をするその“英雄”にキッドは何かを感じていた。

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