幼馴染系騎士様
国の命運を一人に背負わせる方がワリィだろ?「マダラ、どうした?」
不機嫌そうに自分を見るマダラに扉間が話しかけた。扉間の問いかけに答えずマダラは不機嫌な顔のまま、部屋の中に入る。マダラの不機嫌顔と無言は今更なので扉間は気にせず座るように促す。用件は不明だが、先程帰った客人と入れ違いに来た幼馴染を歓待しようと、扉間が侍女を呼ぼうとした。それを、呼ぶな、と不機嫌な声でマダラが止めた。
「だが、今日は寒いだろう。茶の一つくらい」
「良い。気にすんな」
「そうか?」
随分と乱暴な言い方なのに、気にした様子もない扉間をマダラが横目で見る。その視線には随分と複雑な感情が混じっていたが、遠くに座ったマダラのために移動していた扉間は気付かなかった。仮に見ていたとしたら、扉間はすぐに指摘していただろう。マダラと直角になるように座った扉間は、服装からして出かけていたらしい幼馴染に何処に行っていたんだ、と訊いた。
「お前の親父さんと会ってたんだよ」
「父上と?」
「ああ」
「……悪い話だったのか」
楽しそうな雰囲気ではないので、扉間がそう訊く。マダラは黙って首を振った。社交性はともかく能力も血統も折り紙付きだから悪い話なわけがなかったな、と扉間が苦笑して、マダラの方を見た。が、良い話でもなかった雰囲気のマダラに扉間が訊くべきか迷い黙る。部屋を尋ねてきた以上何か話があって来たことは察していたが、肝心の本人が黙っていては流石の扉間もどうしようもない。
「扉間」
「なんだ」
「さっきの客人、隣国からの遣いだな?」
「そうだが……それがどうかしたか?」
漸く今日初めてマダラは扉間の方を向いた。見たことのない顔をしているマダラに扉間が戸惑う。色恋に疎い扉間には解らなかったが、マダラは愛する相手を騙しうちにする人間の顔をしていた。そして、マダラが今から言うことはまさしく扉間にとっては急で騙し討ちのような話であった。
「オレと結婚すると言え」
「マダラと?何故だ?」
「黙って頷け」
鬼気迫る様子のマダラにそれでも扉間は首を縦に振らなかった。マダラが焦れたように扉間の腕を掴む。扉間は不愛想なものの優しい幼馴染が急変し混乱していた。それでもこの状況で助けを求めれば幼馴染の命が危ないと声をあげず、マダラをただ見つめた。マダラの方も扉間を怖がらせたくないと内心泣きそうになっていた。ただ、マダラには時間が無かった。扉間の元にやってきた隣国からの遣い。それは求婚のための布石。相手は第一皇子だ。王族の血が流れているとは言え、継承権のないマダラでは太刀打ちできない相手。いや、それだけならマダラは我慢出来た。我慢ならないのは。
「扉間、オレを愛していると言ってくれ」
「マダラ、ダメ、だ」
「親父さんには許可は貰ってる、だから」
「それでも、ダメだ。国民が、臣下が」
マダラは扉間の父親にあることを告げられた。扉間のことを愛しているのならアレを連れて逃げてくれ、と。扉間が嫁ぐのは人質である。第一皇子の評判はよくない。そもそも、第一皇子にも関わらず立太子されているのは第二皇子という時点で推して知るべしだ。だが、相手は大国。二人の住む国も弱くはないが、相手が悪すぎる。扉間は国のために結婚相手が碌でもないと解っていて受け入れるつもりだった。マダラへの思いを封じて。
「どうせ、どの道戦争だ。逃げても変わんねぇよ」
「えっ、まさか、やっぱりだめなのか」
「お前、本当、頭良いのに馬鹿だな」
本来なら扉間と隣国の皇族との縁談なぞあり得ない話だ。理由は単純明快で、周辺地域のパワーバランスが崩れるからだ。つまり、縁談そのものが火薬庫。力関係的に話そのものを断ることが出来ない上に、結婚してもしなくても、何処で爆発するかが変わるだけの爆弾。扉間もその父も爆発しない方法を探していたが、次期辺境伯マダラがそう言ったということはもう打つ手がないということだ。
「だとしても、オレは」
「ずっと閉じ込められてた隠された王族の果たすべき義務なんざねぇ」
それでも頷かない扉間にマダラが最終手段だと言わんばかりに抱き寄せる。されるがままの扉間の耳元でマダラが、お前が逃げなきゃオレも戦場行きだ、と自分の命を天秤に掛けさせることを囁く。マダラは自分の命などどうでも良かったが、そう言うのが扉間に一番効くと知っていての言葉だった。扉間が、マダラの胸に自分の身体を預ける。短くない沈黙のあと、扉間が、オレと一緒に逃げてくれ、と普段の毅然とした声からは考えられないほど弱弱しく言った。
「愛してる。扉間」
扉間の身体を強く抱き締めマダラがそう囁いた。実のところ、扉間の父親が頼まなくともマダラは扉間を連れて逃げるつもりだった。何なら、隣国の第一皇子が善い男だろうが、祖国がどうなろうが、扉間を攫ってしまうつもりだった。マダラが忠誠を誓ったのは扉間であって国ではない。その忠誠もマダラは主としてではなく、男として扉間を守ってやるという誓いだった。扉間の王子様としてふさわしくないそれらのことを明かす気はマダラにはない。