言葉と贈り物と
藍染少年と平子♀少女その本を藍染少年が平子へ渡したのは、彼女の誕生日だった。
(この本ならシンジさんでも読めるんじゃないだろうか)
少年はふと、幼馴染の誕生日に何かを贈りたくなったのだ。
いや、ふと贈りたくなったなんて嘘だ。何かをしなければ、許嫁としてそれらしい事をしなければ。
子どもながら藍染少年の中で焦燥が生まれたのだ。
男勝りだった年上の許嫁(平子はこの言い方が好きではない)はこの頃少女然とした装いをする事が増えている。藍染少年は簪や花を手に取っては、違う、と放り出し、あらゆる場所を見て回り、とうとう贈り物を決めた。
誕生日とは何か、なんて酷くつまらない話を平子とした事がある。その日は少年の誕生日近くで、平子が『そうすけ誕生日やな、何か希望はあるか?』と言ったからだ。
「シンジさん、どうして祝おうとするんですか。僕がこの世界に生まれた日だなんて、保証は無いじゃないですか」
「あんなァ、コッチはお前がオギャー言うて産まれた日をヨォ覚えとるンやわ。元気におっきくなっとるから、そのお祝いに母ちゃんも父ちゃんも俺もいつもと違う特別な事したくなるンや」
「ぼくは覚えていません」
2人きりの時は妙に賢こぶる物言いをする年下の少年が可愛いと、平子は密かに思っている。
「じゃあ俺の言うこと信じとき。行くでそうすけ」
「えぇ、嫌です。あっ、僕を何処に連れて行こうとするんですか、わぁぁ貴族の子攫いだァ」
「人聞きのわるいこと言わんとキリキリ歩きや。ほら!」
平子は藍染少年の手を引いて歩き、ある店の前で止まった。
「これやな、この日記帳がええ。どうやそうすけ」
「ぼくにですか?」
「そうすけは色々考え過ぎてんねん。文章に書いたらちょっと落ち着くかもしれんやろ。父ちゃん母ちゃんには秘密やで」
「はい」
「お前が産まれた日の事覚えとる記念や。素直にありがとう言うとき」
「…そういうところ、シンジさんの美点ですね」
「いやありがとう言わんのかい!」
そうして日記帳は、幼い藍染に取っては宝とも言える品物になった。
いくら幼馴染とはいえ平子に会えない日は幾日もある。だが日記帳があれば家族にも、誰にも知らせず、ひとりでひっそりと自分だけの平子を見詰め直す事が出来る。昨日、黄紅色の着物を着て美しく装った平子の様子も勿論書いている。
***
どうしても今日渡したかったから、藍染少年は侍女に平子の家に行ってくると言い捨て、返事も待たずに家を出た。
藍染少年の家から平子の家までは少し距離がある。それでも、ほとんど休憩なしに向かう事が出来るだろう。
こんなことはとても口には出来ないが、とにかく早く会いたかったのだ。
転ばぬように気をつけながら、大きく右に曲がる。そうして曲がり角を曲がり、平子家に向かう道へ足を踏み出す。
会いに行ったらまずこの本を渡そう。白い手を掴んで、買い物に出かけるのもいい。それとも一緒にこの本を読むか。
彼女の誕生祝いの催し物が終わった次の日である今日なら、ゆっくりと時間をくれるだろう。平子は自分を姿を見付けた瞬間、なんと返事をしてくれるだろうか。
早く会いたい。
小さなからだに大きな欲望を詰め込んで、藍染少年は駆けていった。
***
「これには三界のしんじつが書かれています。一度読めばシンジさんも読む手が止まりませんよ」
「ハァ…どうもアリガトウゴザイマス」
今日の平子の着物は柄のない橙色で、長い髪の毛をサラサラと揺らし、急に訪れた藍染少年の贈り物を見つめている。
「一緒に読みましょう」
「ええケド、お前は茶飲んでからな。
しかし誕生日の贈り物なら昨日渡してくれたら良かったのに」
「昨日は見つからなかったんです」
藍染少年は素直ではないので、みんなと同じじゃあ嫌だ、と口に出せないのだ。
終わり