幼児化潔オリ
左右で色の違う瞳が、ゆっくり見開かれ、瞬いた。濃い睫毛が鳥の羽ばたきみたいに揺れるのを間近に見て、潔世一は、こいつきれいな顔してるんだな、と冗談みたいなことを思った。
フィールドの中でも、外でも、映像でも、何度となく見た顔なのに、憎たらしい余裕の笑みも、切羽詰まった真剣な眼差しも、清々しく己を讃えて握手を求める表情だって見てきたのに、どうして今更そんなことを思うのだろう。疑問が頭をよぎったら追いかけずにはいられないのは世一の長所であり、短所でもある。ただ今回は、答えはすぐに見つかった。この子どもは、前髪が短いのだ。
19の彼は前髪が目にかかるほど長く、ともすれば目元が隠され表情が読めなくなる。目の前の、10の子どもの彼は、それよりはまだ前髪が短くて、利発そうな眉もきらきらした目元も、幼いふくらみを残す頬の輪郭も、はっきり分かった。それに、この子どもは世一のことをきちんと正面から見るのだ。何も怖いものなどないかのように、思いのまま咲き誇る花のように、10歳の彼は世一に顔を寄せ、目を見て笑う。その子どもが、今は、不意を突かれたような表情で立ち尽くしていた。
声を吐き出すため開かれた唇が、かすかに震えるのを世一は見た。ため息のような息遣い。
「……俺、ディフェンダーなの?」
世一の手元にあるタブレットには、19の彼が躍動する姿が映し出されていた。恵まれた体格と、視野の広さ、分析力を活かし、ディフェンダーとして活躍する姿が。元U20日本代表主将、背番号2、センターバック、オリヴァ・愛空。
言葉こそ疑問系だったが、子どもは確信しているようだった。プレーを一目見れば誰でも分かる。まして本人ならいやというほど分かるだろう。この男が、付け焼き刃のポジションチェンジでなく、何年もディフェンダーをやっているということが。
今の自分のプレーが見たいとねだられたから、世一は喜んで見せたのだ。成長した彼がどんなに厄介で、頼もしくて、すぐれたセンターバックか教えてやりたくて。
『閃堂はいじわるして見せてくんないんだ。俺のほうが活躍してるから見せたくないんだぜ、ぜったい!』
無邪気にこぼされた不満を、もうちょっとちゃんと受け止めて、考えるべきだった。後悔しても、もう遅い。子どもは世一がなにか言う前に、ふいと目を伏せうつむいてしまった。前髪が、きらきら宝石みたいに輝いていた両目に影を落とし、陰らせる。
「俺、フォワードなんだよ」
10歳の愛空は言った。世一は、そういえば彼について調べているときそんな記事を読んだな、と思い出した。中学生の時まで彼はセンターフォワード、つまりストライカーだったと。
成長に応じ体格にすぐれた選手がDFへポジションチェンジするのは珍しいことではない。中学で全国制覇までいったレベルのフォワードが、というのは、流石に珍しいし、だから記事が残っていたのだが、世一が読んだ記事で愛空は『ディフェンダーとしてフォワードを倒すほうが楽しいから』と答えていた。似たようなことを二子も言っていたし、ディフェンダーとしての愛空の厄介さは重々理解していたから、特に気に求めず頭の片隅へ押しやっていた。
こんな顔をするなんて思わなかった。こんな、咲き誇っていた花を散らされたような顔を。
「俺、世界一のストライカーになりたいんだ。なれると思って、みんなにもなれるって言われて、信じて…… でも……」
柔らかそうな唇がきゅ、と噛み締められるのが見えた。体の横にだらりと垂れ下がった両手が握りしめられるのも。しかしそれは、世一が声をかける前にゆるりとほどけた。ほんの10歳のうちから、オリヴァ・愛空は物分かりの良すぎる大人だった。
「なれなかったんだな、俺は。諦めちゃったんだ」
「愛空」
世一はたまらず呼びかけた。夢を砕かれ、傷つき、打ちひしがれて、自分には才能なんかないんだと項垂れる者たちの顔はブルーロックでいくらでも見てきた。けれど何度見ても慣れるものではないし、相手が10の子どもであれば、なおさらだった。この子どもにそんな顔をさせた人間へ、理不尽な怒りさえ覚えた。彼のきらきらしい夢を砕いて、花を散らせ、瞳を曇らせたどこかの誰か、それが、自分ではないことに。
しかし世一が言葉を重ねる前に、愛空は身をひるがえした。
「愛空!」
「スナッフィーんとこ帰る」
口も聞きたくない、誰の顔も見たくないくらいに傷ついているだろうに、ちゃんと行き先を告げるあたりに、19の彼が重なった。我儘で適当に見えるけれど気の回る男なのだ。駆け出す彼の背中は小さく、世一は追いついてその手を掴むこともおそらくできたが、しなかった。ちょうどドアが開き、なにやら焦った顔で部屋に飛び込んできた閃堂に、愛空がぶつかる。
「うぉ、あ、愛空! どうした、どこいくんだ」
「うっせ、ヘボストライカー!」
「はぁ?! おま、待てコラッ!」
いきなりすぎる罵倒に閃堂は愛空を掴まえようとしたが、伸ばした手はするりとかわされてしまった。廊下を駆けていく彼を呆然と見送り、ややもして、閃堂は部屋の中の世一を見る。
「…………潔世一、テメー」
「……ごめん、愛空が見たいって言うから、俺、今のプレー」
「あーっもう! やりやがったなこのっ…… バカ! バーカ!!」
わなわなと肩を震わせて、それでも単純な罵倒しか出てこないあたり、閃堂はなんだかんだ気の良い男だし、育ちが良い。稚拙すぎる悪口を、甘んじて受け入れた。知らなかったとはいえ、子どもにあんな顔をさせてしまったのは確かなのだ。
「ゴメン……」
深刻な表情でうつむく世一を見て、閃堂も口をつぐんだ。ばつの悪そうに前髪をかきあげて、目を逸らす。
「いいよ、もう…… ちゃんと言っとかなかった俺も悪かったし……」
沈黙に満ちた部屋に、ため息が重たく沈む。世一の手元にあるタブレットでは、相変わらず試合動画の再生が続いている。画面の中では19のオリヴァ・愛空が、スーパークリアを決めたところだ。観客の歓声を浴び、キャプテンマークをつけた腕を誇らしげに突き上げる。
──お前らは知らないだろうけどさ。中学んときの愛空ってすごかったんだよ。そう、フォワードとして。
部活で全国優勝して、U-15選手権も優勝して、タイトル総ナメして、糸師凛みたいな…… つったら糸師冴に怒られそうだけど、でもトロフィーたくさん持ってた。どの大会に出てもあいつがいてさ。将来の日本代表エースとか言われてて。……言いたかねえけど、俺よりよっぽどすごかった。
だから、急にディフェンダーになって、驚いた。
理由は知らない。聞いたことねえけど、言わねえってことは、言いたくねえようなことがあったんだろ。ディフェンダーのほうが楽しいからとかインタビューでは言ってたけど、嘘くさいなって俺は思ってて。
あいつ…… 10才の愛空見たら、やっぱ嘘だなって思ったよ。だってあんなきらきらした目で、世界一のストライカーになるって言うんだぜ。そんな…… そんな簡単に乗り換えられる夢じゃねえだろ。
今はさ、ディフェンダー、楽しいと思うよ。好きでやってんだと思う。あいつすげえし。うん、分かるだろ、お前も。だけど、10才のあいつは、ちげえじゃん。馬狼がワントップだって知って、『俺は?』って不満そうに言うんだ。『俺はなにやってんの』って。思わず、トップ下だって嘘ついた。お前はディフェンダーだよなんて、言えねえだろ、だって。お前は夢を諦めたんだよなんてさ…… 何日かしたら、元に戻るんだろ。わざわざ傷つくことないって思ったんだよ。結局、ばれちまったけど。
いいよ。俺も、うまく誤魔化せなかったし。お前がバラさなくてもきっとそのうちバレてた。小さくても、愛空だからな。周りをよく見てる。
謝んなくていいから、あいつのとこ行ってやってくれよ。あいつ、俺よりお前に懐いてるじゃん。てか俺のことナメてんだよな、生意気な。……なんだよその顔。納得してんじゃねえよ。いいからもう、行けって。……頼む。
子どもはゴールに向かってひとりボールを蹴っていた。
放たれたシュートをブルーロックマンが伸ばした両手の間をすり抜け、鋭くゴールネットへ突き刺さる。ゴールラインの内側に転がったボールの数は数十、彼が決めたゴールの数を示していて、逆に、ゴールの外にボールはなかった。
こいつ、二次選考突破するな、と、世一は数ヶ月前の出来事を思い出す。もしも、彼がブルーロックに参加していたら。もしも、彼があと3年遅く生まれていたら。
夢のような想像を、世一は振り払った。
「隣で、ユーヴァースのみんな模擬戦やってるぞ」
ことさら明るく、何もなかったかのように声をかける。
「混ざってくれば。ブルーロックマン相手のゴール練、お前には簡単すぎてつまんないだろ」
「……いーよ、気つかわなくて」
ユニフォームの胸元をぐいと持ち上げ、愛空は顎を伝うあせをぬぐった。上着の裾から、まだ薄い腹がのぞく。
「今の俺があいつらに混じったって、できることなんか何もねえし。あいつらも扱いに困るだろ。俺、ディフェンダーなんかやったことねえから」
あどけなく、やんちゃそうな顔立ちに反して、彼はとても落ち着いていた。
「へんだと思ったんだ。俺のゴール記録もアシスト記録もねえのに、年俸ランキングあんな高くて。試合映像誰も見せてくんねえし。ディフェンダーなら、ノーゴールノーアシストでも値がつくの、わかるよ」
「愛空は、……未来のお前は、すごいから」
世一は、彼から数メートル離れたところに立ったまま、声を張り上げた。なんとなく近づいてはいけない気がしたが、伝えたいことはあったから、届くように大きな声を出した。
「すごいセンターバックだから、年俸額も高いんだよ。ディフェンダーで一番高いし、ずっとベスト10に入ってる。ずっと、1試合目からフルで出てるし。そんなやつ、何人もいない」
愛空はちらりと世一のほうを見たが、その目に1時間前までのかがやきはなかった。自分の言葉が彼の気をひけなかったことを理解して、世一は悔しさにぐっと拳を握った。汗ばんで濡れた前髪を、愛空はうっとうしそうにかきあげる。
「……俺さ。モテたくてサッカーやってんだけど」
「えっ」
思ってもみない告白に、世一は間の抜けた声を出した。えっ、急にどうした? 子供らしいっちゃらしいし、愛空らしいっちゃらしいけど、ええ……?
世一の戸惑いをよそに、愛空は淡々と喋り続ける。
「ストックホルムだとサッカーあんま人気なくて。アイススポーツのが断然モテんの。俺もホッケーしてた。けど日本にきたらホッケーなんか全然じゃん。だからサッカーはじめて、そしたらまあなんか、けっこう楽しくて」
「……はあ……」
ストックホルム出身というのも世一は今はじめて聞いた。北欧系のミックスだというのは知っていたが、スウェーデンだったのか。というか、聞いていいのかこれ。
「やっぱりフォワードがいちばんモテるじゃん? シュート決めたらキャーキャーいわれるじゃん。だからストライカーがいいなって」
「そう……なんだ……」
なんか閃堂みたいなこと言ってるなこいつ、と世一は頭の隅で思った。どういう顔をして聞いたらいいのか分からない。まじめに聞く話だろうか。俺はストライカーしてても全然モテなかったけど、とか、笑って言うべきだろうか。
「戦略組み立てるのとか…… 相手の動き読んで、裏をかくのとか、面白いし」
「ああ…… うん、分かる」
「いちかばちかで走って、ドンピシャ穴突けたときなんて、ゾクゾクするしさあ。分かる?」
「分かるよ。それで相手のディフェンダーが絶望顔したら、サイッコーに気持ちいいしな!」
「なにそれ、やべーやつじゃん」
「えっ……」
いきいきと話に乗ったら、ドン引きの顔をされてしまった。少女めいて美しい顔立ちをした10歳の子供に眉をひそめられ、「ヘンタイ?」と言われるのはだいぶ心にくる。潔世一だってへこむことはある。人間なので。
「ヘンタイでは、ないと…… 思うけど……」
「自覚ねえの、余計やばくね? まーいいや、とにかく俺、ゴール決めるのがいちばん楽しくて」
愛空はちょっとため息をついて、高い天井を仰いだ。
「世界一点取るやつに…… 世界一のストライカーに、なりたくて。
なりたいんだよ。それしかキョーミないんだけど…… 未来の俺は、違うんだな」
言葉を探すように、大きな瞳が揺れ動く。世一は言いたいことがいくつか浮かんだが、黙って飲み込み、彼自身の言葉を待った。
「……世界一のストライカーになるの、諦めて。自分には無理だって、思ってさ」
ひとりごとのように、愛空は口にした。
「それでも俺、サッカーやめなかったんだな。
ディフェンダーなんて全然モテなさそうなポジションにかわってまで、俺は、サッカー続けたかったんだな」
ゆっくりと瞬き、彼はそのまま目を伏せた。
「俺、そんなにサッカー好きだったんだな……」
噛み締めるような子どもの口ぶりに、世一は、いつかの彼がその選択をしたときの絶望が垣間見える気がした。絶望して、打ちひしがれてそれでもフィールドから離れられなかった、自分の花は散っても、せめていつか咲く花を守るためにそこに立ち続けようとした、彼の。
10才のオリヴァ・愛空は、幼くて、まだ世一より背も低くて、体もうすく、顔もかわいらしくて、やんちゃで、わがままで、無邪気で、それでもちゃんと世一の知るオリヴァ・愛空だった。彼は、彼自身の選択の重みを誰より理解している。世一にはそれが感じ取れたから、自分のフォローなんてもはや必要ないと思った。だから、準備していた言葉をぜんぶ捨てて、彼に歩み寄った。
「これだけは、言っとくけど」
「なに?」
「お前はディフェンダーでもしっかりモテてるよ。年上のキレーなお姉さんにモテてる」
二股かけて引っ叩かれてる、とは流石に言えなかったが、遊び相手に困っていないのはたしかだから、そう言った。現金なことに、子どもの顔がぱっと明るくなった。
「マジで?! やるじゃん、俺。アンタは?」
「俺は…… そんな、お前ほどはモテないよ。言わせんな」
「そうじゃなくてさ。アンタにはモテてんの? 俺」
「は?」
思わず立ち止まりぽかんと口を開けた世一に、愛空はたっと駆け寄ってきた。あっさり距離を詰め、上目遣いに見上げてくる。唇の端をもちあげたいたずらっぽい笑い方は、世一の知る19の彼と同じだ。
「アンタは、俺のこと好き?」
「はっ…… な、何言って」
「嫌い? だったらやだな、悲しい」
「嫌いなわけない、すっ…… すき、だ、けど……」
勢いよく言えたのは最初だけだった。足元でボールを転がしながら、にやにや笑う愛空を見てカッと首の後ろが熱くなるのを感じる。こいつ、ガキの頃からこうなのかよ!
「けど、なに?」
「……からかうなよ。大人のお前は、俺なんか相手にしてくんねーよ」
視線から逃れるように顔を背け、やけになって言い捨てる。19の愛空ときたらそれはもう百戦錬磨で、世一のことなんか片手でころころ転がしてくる。世一が彼にひかれているのを分かっていて近づいてくるし、からかってくる。それなら、と手を伸ばせば、拒まないし、逃げないし、押し倒されてさえくれる。背伸びしても唇をくっつけるだけのキスしかできなかった世一の頭を笑ってなでて、大人のキスのやり方を教えてくれた。その先も教えてくれた。それでも、まだ、好きと言われたことはない。名前で呼ばれたことさえない。
「俺のこと、仔犬ちゃんとかコソ泥ちゃんとか、ふざけた呼び方ばっかするし……」
「コソ泥ちゃん? てなに」
「ディフェンダーはおまわりさんで、フォワードは点を盗むコソ泥なんだってさ。俺に点は盗ませねえって」
「あは、なにそれ、完全にディフェンダーサイドだな、俺」
「そーだよ」
「それで? 俺はちゃんとアンタのこと捕まえられてんの?」
楽しげに笑う愛空を見下ろし、世一は考える。さてどうだろう。世一が愛空を抜いてゴールを決めたのは3度。しかし防がれた回数は体感で倍以上だ。彼の裏をかけた瞬間より、邪魔だ、ウゼエ、と思った瞬間のほうが強烈に残っている。先日の3点目に関しては、愛空は自分ではなくカイザーのマークについていたし。思い出したらちょっと腹立ってきたな。何でだよ。俺につけよ。俺を警戒しろよ。
無言で眉を寄せた世一をどう思ったのか、愛空は世一の胸元を拳で軽く叩いた。
「無視すんなよ」
「してない。お前のこと考えてた」
「……アンタ、モテないって絶対うそだろ。モテるだろ」
「モテねえよ。仮にモテてたとしても、好きなやつにモテないと、意味ない」
「ほら、そういうこと言う。タチわりー」
「なにがだよ! タチが悪いのは絶対大人のお前!」
心外だ、とばかりにむきになって言い返すと、愛空はくすくす笑って、胸元を叩いた手できゅっと世一の服の端を握った。
「いいこと教えてやろっか。大人の俺、絶対アンタのこと好きだよ」
「なっ……んで、そんなこと、わかるんだよ」
「分かるよ。だって俺だもん。大人になっても大事なとこは変わんないんだろ、きっと」
きっと、と付け足した愛空は、言葉と内容の軽さに反して、どこか祈るような目をしていた。だから世一も、そのあざとすぎる手を振り払えなかったし、大人をからかうな、とは言えなかった。
「年下相手に夢中だなんてかっこつかないから、余裕なふりしてるだけだよ。とっくに捕まってるってバレたらもう追いかけてくれないかもって、怖いから、逃げてるだけ」
「そんなこと…… いや、そんなこと、俺に教えていいのか」
「いーよ。大人の俺は死んでも教えたくないだろうけど」
愛空は片目をつむり、唇に人差し指を押し当ててみせた。
「俺の夢裏切ったのはやっぱムカつくから、嫌がらせ」
その仕草にときめくより先、世一は突き動かされるようにして口を開いた。
「裏切ってなんかない。"愛空"は、お前を裏切ってなんかないよ、絶対に」
世一の知るオリヴァ・愛空は、目の前の子どもの無邪気な夢を裏切ってなんかいない。捨ててもいない。砕けた破片をかき集めてきっと大事に持っている。
「愛空を見てたら分かる。愛空とプレーしたら、分かるよ。あいつは本当に厄介で、どんなに裏かこうとしても読んできて、追い抜いたと思ってもすぐ俺のプレー見て進化して、ほんとウゼエっていつも思ってたけど、今日やっと分かった。あいつはお前だから、フォワードだったから、あんなにも俺の動きが読めるんだ。
お前は裏切られてなんかない。捨てられてなんかない。今も愛空の中にちゃんといて、お前ごと、あいつは前に進んでる」
静かに目を見開いた子どもの両手を、世一はぎゅっと握った。
「俺が、連れてくよ。
俺たちはU20W杯で優勝する。そのとききっと愛空もいる。お前もいる。俺が、お前を、世界一に、連れてってやるから」
こみあげる激情のままに、世一は口にした。愛空の瞳が揺れ、うっすらと濡れて、かがやくのを見た。
「すげえ、プロポーズみたい」
花のように、愛空が笑うので、世一はじわっと顔が熱くなった。それでも握った手は離さなかった。連れて行くというのは本心だったから、きっとずっと、離さないつもりでいた。
「だから、やっぱり、"俺"はアンタのこと好きだよ」
ぐっとつま先だって背伸びして、愛空は世一に顔を近づけささやく。前髪が触れ合うほどの距離で。
「俺、なんにも覚えてないけど大事なことひとつだけ覚えてたんだ。アンタを見たとき、分かった。俺はずっと、このひとを待ってたんだって」
吐息がかかる。唇が、触れ合いそうになる。幼い子どもの唇に、まさか、触れるわけにはいかない。咄嗟に身を引こうとした世一の首筋へ、愛空は両腕を回して引き寄せた。そうして、ぎゅっとしがみつきその首筋に顔を埋めた。
「アンタも覚えといてよ。
好きだよ、世一。俺が大人になったら、キスして。待ってるから」
そう耳元へささやくついでのように、音を立てて頬へキスをされたので、世一はたっぷり3秒かたまったのち、真っ赤になって彼をひきはがした。