年齢逆転

年齢逆転

先輩コンちゃんはかなり余裕のある人間になると思う。でも焦燥に追われる人間になるとも思う。

仄暗い廊下を進む。あの人に会うために。休み時間、あの人はなぜか旧校舎の2−2に居座っている。別に一人が好きとかそういった話は聞いたことはないが、自由人なのだろう。

七人目の三冠馬。無敗三冠に絞ると、三番目。”英雄”ディープインパクトが目にかけている中でもジェンティルドンナと並ぶ”最高傑作”その名は・・・

「コンちゃん先輩。」

仰々しい紹介とは裏腹に、なんだか間の抜けたあだ名。そう呼ぶことを許してもらえた理由は、未だわかっていない。

「おっ、エピじゃん。」

ボロボロの教卓に腰掛けている先輩。世紀末と見間違うほどのカーテンをすり抜け通ってくる光が先輩を祝福するかのように輝いている。

「先生が「用事があるから呼んできてくれ」・・・って。行きますか?」

「えー?・・・行かない。」

基本は優等生なこの人だが、わけもわからず頑固になる時がある。今はその時らしい。

まあ、ずっと優等生なだけではぼくはきっとこの人になつけなかっただろう。”完全無欠”は、時に息苦しい。

片時も忘れたことはない、出会いのあの日。キズナのやつにダービーで差し切られたことで凹みまくって、(別にいつもは友だちがいるという訳では無いが)独りぼっちで深夜徘徊していたとき、先輩に出会った。次期生徒会長という話さえ持ち上がっているだけあって優等生なんだろうなという思い込みがあったため、逃げようとした。

だが、動き出しよりも疾く服を掴まれ、引きずられた。

わけがわからなかったが、別にぼくを害する気はなさそうだったのでついていくことにした。・・・この人が何をするのか気になってしまったんだ。

この人が向かっていたのは学校だった。真夜中に。

校門を乗り越え、どこからともなく取り出した鍵でグイグイグイグイ進んでいく。

目的地があることは明白だったが、それ以上に夜の学校が恐ろしく、ほぼ目をつぶって進んでいた。先輩の手は優しかった。

たどり着いたのは旧校舎2−2だった。ここで先輩は、話をしてくれた。怪談をするような恐ろしさだったが、先輩の声を聞くと心が安らいだ。

「僕はクラシック三冠を取った。ディープさんと同じ、無敗三冠をね。このことは僕の中で誇りになっている。けど、その後なかなか勝てない日が続いた。悩んで悩んで苦しんで、今の君のようにもなった。君のようにね、エピファネイアくん。」

びっくりした。制服だったから分かったのかと思っていたが、

「多忙な生徒会長が知ってるとは思っていなかった、という表情だね。クラシック有力馬の一人ぐらいどんなに忙しくたって知ってるさ。」

またびっくり。それ以上にむず痒い。無敗三冠馬様から”有力馬”なんて言われるとつんとした態度を保とうとしてもついほほが緩む。笑顔が出てきてしまう。

「話を戻すけどね、僕の言いたいことは信じるものにこそ勝利は転がり込むということなんだ。全く勝てないくらい弱い仔にそんなこと言っても綺麗事に聞こえるけど、君にならそんなことならないだろ。菊花賞と・・・あとジャパンカップ。ここを獲ってみてくれ。

・・・ユーイチが君の話でうるさくてね。君が勝てなきゃやめるとまで言い出してるんだ。そんなに心配はしてないけど、菊花賞は死ぬ気でとって欲しい。

・・・ユーイチのこと、頼んだよ。」

・・・・・そういえば、あの人はぼくと担当が一緒だった。だからどうしたという訳では無いが、なんだか心が軽くなってきた。自分のため、誰かのために戦えるとは思えない。それでも、あの人のことを想い、あの人のためでさえあったのなら、ぼくはこれから先何だってできる気がしてきた。それほどあの人には魅力があった。

そこからは必死だった。とにかく自分の気性の荒さを抑えることに心血を注ぎ、菊花賞を取った。そこまではいい。問題はその後だ。産経大阪杯以降、勝ちの目が遠ざかっているのを感じる。そこで、先輩に会ってなにか言葉をもらおうと思った。いや、別に言葉すらいらないかもしれない。色々理由つけなくても、「寂しいから先輩に会いたくなった」でもいいんだから。

「そろそろジャパンカップか。出会った頃に、僕が言ったこと覚えてる?」

先輩はぼくの迷いを見透かしたように頭をなでてくれた。その思いやりに甘えることにしようかな。

「はい。一瞬だって忘れたことはありません。でも・・・心が折れそうなんです。もうずっと勝ててない。今のままジャパンカップに出たって、掲示板争いに混ざれるかも怪しい。だからあなたに話が聞きたかった。菊花賞の次ジャパンカップに勝利した、心の底から尊敬しているあなたに。」

先輩は頭をなでる手を止めた後、(ちょっと残念)考え込むように拳をあごに持って行った。そのまま数分・・・数秒だったかもしれない。数十分かもしれない。時間を数えることを放棄してしまうほど、その姿に見惚れてしまっていた。再び思考を開始できたのは、先輩が動き出してからだった。

「僕は正直、君のことを今戦う全ての戦士よりも強いと思っているよ。こんなこと言ったら角が立つけどね。君が勝てないわけが分からない。だって君はエピファネイアだろ?こんなこと言うべきじゃないと思うけど、正直後は心の持ちようだ。僕が今声をかけてるのはそこら辺の奴じゃない。菊花賞馬エピファネイアだ。そして今君が声をかけられているのは無敗三冠とジャパンカップを獲ったコントレイルなんだから。」

─────正直、他の誰に言われたって響かなかったと思う。ディープ先輩に言われたらそれはまた変わってくると思うが、あの人はそんなこと言ってくれないだろうしここまで心が透き通るような気持ちになるのはきっとあの人の言葉だからだろう。あの人から愛されるにふさわしい存在になりたい。この名前をあなたの輝きに負けないようなものにしたい。・・・知らしめるんだ。世界に。このぼくの名を!エピファネイアを!

──────エピファネイアだ!勝ったのは、エピファネイアだ!─────





Report Page