平子♀と白哉が
意識が闇から浮上する。
目を覚ますと、平子真子は見知らぬ部屋にいた。
「…アァ?」
行灯を模した電気照明の、仄かな灯りに照らされた寝台、清潔感の漂う敷布の上に彼女は横たわっていたが、その寝台もまた、見知らぬものだった。
「ここ、どこやねん………白哉?」
状況が分からないまま、ベッドから身を起こすと、朽木白哉が白い床に頬を貼り付かせて倒れ伏していた。
平子は、とりあえず白哉を起こすことにした。
「…私は……」
「どないしてんお前ほどの男が寝転がるタァ面白絵面やろ、まあ知っとる顔がおってちょっと安心や。体に違和感ないか?大丈夫やな…ってココどこやねん!わかるか?わかるわけないわな」
頭を打っている可能性もあるため慎重に起こしてやろうと思ったが、そんな配慮を知らず、白哉は朽木家当主らしからぬ動きで跳ね起きた。
「……!?……そんな勢いで起きんでも、というかお前そんなコミカルな動き出来るねんな」
「済まぬ」
「いやエエけど。俺も今目ェ醒めたトコでここがどこか、何で俺とお前の2人きりなんかがナァンも分からんくて困っとんねん…取り敢えず鬼道の一発でも叩き込むか」
「落ち着け…あそこに扉が」
白哉は頷くと、軽く振り返って扉に掛かっているプレートに『セックスしないと出られない部屋』と書いてあるのを、平子に伝えようとした。
だが。
平子が先にそのプレートを一目見て、足早に扉までドアノブに手をかけ回してみるものの、がちゃ、という音が虚しく響き渡るだけで、扉が開く兆しはない。その後の判断は早かった。
「斃れろ 『逆撫』ー部屋の因果を逆にしろ……クソがっ
ー…破道の十二『伏火』……破道の五十八『闐嵐』……散在する獣の骨ー……破道の六十三『雷吼炮』!!」
爆音と共に風が舞う。
「全然びくともせんやんけ」
扉はヒビ一つ入らず、珍しく苛立った様子の平子が扉を蹴り上げる。
「ココは何処ー?俺は誰ー?何で俺とコイツやねーーん!関わりゼロやんけ…選手交代や白哉やったれ、力技で脱出や」
「………済まぬ………」
白哉はなんとも難しい顔で、平子を見、しばらく思案した末、一言告げる。
「この扉を開ける為だ、協力してくれ」
「あぁ?何でや、お前の一発で吹っ飛ばすんちゃうんかい。俺よりお前のが強いんやからさっさとやれや」
平子がベッドサイドの引き出しをガチャガチャ無作為に開けていけば、この場に相応しい備品の数々。
ぺぺ、避妊具、ナース服、スク水、玩具まで詰まっている。
「……ラブホか?ならそう書いとけや壁に……」
そう言って平子が壁に目を向けると、『セックスしないと出られない部屋』というプレートが貼ってある扉の横の壁に、『2人がセックスした証拠があれば扉が開きます』と白い文字が浮き上がった。文字が綺麗すぎて余計に腹が立つ。
「アカンわ」
平子が頭を抱えてベッドに座り込んだ。
「見たか白哉」
「……」
白哉は沈痛な面持ちで頷いて、少し気まずい顔をした。
「完全に同じ事考えてたわ。これアカン、最悪や」
「仕方あるまい」
白哉が淡々と言うので、平子は益々ガックリと肩を落とした。
「お前自分が何言うてるか分かってんのか?」
平子の弱りきった声に、白哉は訝しげな表情で見返す。
「……何?」
「いや、何?やなくて。セックスした証拠て何かわかっとるんか?お前俺とスるんか?いや出来るんか?」
「それしか方法がないのならやむを得まい…済まぬ……」
「……お前がええなら、異論ないわ。俺は藍染とのアレソレ見られとるし…産婦は始めてちゃうか?誰とも比べんといてくれや。そんでどれ着て欲しい?リクエストにお答えすんで。俺のお勧めはこの忍者や」
平子の明け透けな物言いに、流石の朽木白哉も苦い顔をして目を伏せた。
「平子……」
「ああ、もうええわ。お話はこの辺にして始めようや…アナタァ、ご飯にする?お風呂にする?それともワ・タ・シ?」
果てしなく棒読みだった。
白哉の死覇装に手を掛ける平子の眼は死んでいたが、てきぱきと準備を進めて行った。脱がすのを手伝いながら、自分も少しずつ衣服を取り去っていく。
顕になった、白哉の鍛え抜かれた胸筋は、子を産み育てている最中の平子のものとは違い、男らしいしっかりとした筋肉に覆われている。
白哉の腰から背中へゆっくりとなぞり上げる。白哉もそれに応えるように、平子の身体へと手を滑らせていった。
「風呂どうする?俺はええわ、さっさと済ませたい」
「あぁ……」
平子は横たわり、そっと足の間を開けた。
※
事が終わって暫く経っても平子はふらついており、身を清め、死覇装を身につけるのを白哉は手伝ってやった。
「大丈夫か?」
「すまんな、やっぱちょっとアカンみたいや」
「一人で立てぬなら私に捕まるが良い」
そう言って、白哉は平子の細い腕をとって、背中を支えた。平子も、気怠い身を起こそうと力を入れた。だが上手く行かず、結局白哉に完全に身を預ける形で収まった。
「ほんますまん……やっぱ若さが違うな」
「……気にするな」
白哉は言葉を返すが、どうにも歯切れが悪い。
「ノブも動いて…開いたー!よっしゃ白哉、いくら俺の身体が気持ち良かったとしてもココ出たら忘れとき」
「……済まぬ」
「お前それしか言ってなくない?どないしたんや全く元気ないな、いや元気やったなガハハ…社会常識言うといて毛を、巻き込んで痛い目合わせて悪かったな。そのせいで時間食ったし。次は気をつけよ」
白哉は平子に肩を貸しながら、扉を開けた。
そして出ようとしたその瞬間、平子だけを押し出したのだ。
「……!?」
平子がよろよろと後ろ向きに倒れそうになるのと、白哉が後ろ手で扉を閉めるのが同時だった。
「オィ」
扉を蹴破ろうとしてもビクともせず、ただ白い壁だけがそこにあった。
「おかしいやろ!お前その部屋残ったら、また誰かとセックスするまで出られへんヨォになるんやぞ。何のための協力やってん、助けて言うても助けてもらえへんぞ、ええんか!?」
扉の中の白哉に平子の罵声が届くわけがなく、無慈悲に扉は閉ざされている。
あの部屋にいる限りランダムに女が現れて、セックスを終えると新しい女が現れる…もしかすると白哉は、誰かにー例えば、死んだ妻に再び巡り会う為に、あの部屋に残ったのか?
この部屋の成り立ちは全くわからない。どうなるかもわからない。ただ、白哉には渇望だけがあるのだ。
それを知るのは、1人残された平子だけだが、そこで、平子真子の意識はぷつりと途絶えてしまった。
※
目を覚ましたとき、平子はリサの部屋にいた。
「な……うあああー!!」
飛び起きると、もう夕方も過ぎていて、窓の外は日が沈み始めていた。
「うるさいわ、アタシと赤ン坊に迷惑やで」
リサが冷たい視線で平子を見返す。
「珍しく親子スヤスヤ寝てるから寝かしたままやったのに……夢でなにしてはってん」
「リサ、俺、さっきまで白哉と……」
「白哉?相変わらず年下好きかシンジ」
「いや………俺、変な事口走ってなかったか?…お前それ」
「『窓越しの純情 隣の美少年』。この作者、基本ハードやのに美しい文章で読まされるわ。隣の家の情事を今日も窓越しに盗み見る草太シリーズ」
リサは本をパタンと閉じて、テーブルに置いた。
夢かい!!
どっと力が抜け、はぁ、とため息ついてごろりと寝転がる。天井に手を伸ばし爪の具合など確かめながら、平子は欠伸をひとつした。
後日談
ルキアより第二子にと、ゆらゆらワカメ押し手車を贈られた平子だが、結構な高額であり、実は白哉の代理だという事に首をひねりつつも、それはそれとしてありがたく使わせてもらう事にしたという。