平和的邂逅、或いは遭遇

平和的邂逅、或いは遭遇


「食い込め、『裏狩』」

「きゃあっ?!」

友を救うために乗り込んだ瀞霊廷、駆けていた彼女は、不意を喰らってもんどりをうった。


「どーもぉ、旅禍のお嬢さん」

やる気のなさそうな声に釣られて視線を向けると、塀の上で器用にしゃがみ込んだ一人の死神が、手のひらをひらひら振った。にやりと歪んだ口元に薄ら寒さを覚えた少女は距離を取ろうとするが、脚は縫い止められたように動かない。視線を下げれば、いつの間にやら黒光りするトラバサミに下半身を掴まれていた。

「なんで俺のサボりスポットに来ちゃうかな。会わなきゃ見て見ぬふりできたのに」

分厚い前髪に遮られた奥の目を細める。ほんとに似てるんだな、と口の中だけで呟いて、軽薄な雰囲気は壊さない。

「っ⋯⋯」

相手が霊圧も出していないのに、少女は息を詰まらせる。気圧されたアカン、と睨みつけると相手は赤子でも相手にしてるかのように、にこりと笑った。

同時に、妙だ、とも思う。なんでコイツは死神やのに、見たまんま旅禍やて判るアタシを捕まえるだけで殺そうとも何ともして来おへんねや?得体の知れない恐怖を押し込んで、冷静であろうと努める。

「あ、アンタは⋯⋯」

「一応、五番隊副隊長⋯⋯あっ、いっけねー、副官章忘れてら!また雛森ちゃんが俺を探し回ってる、多分!!」


てへー、と舌を出す死神に、少女は胡乱げな視線を向けた。もしかして、馬鹿か阿呆の類か?それなら、と心に余裕が生まれてくる。

「破道の三十三──」

「縛道の六十三、『鎖条鎖縛』」


格上の縛道で押さえ込んだ男は、頭を抱えて何やら諦めた様に叫ぶ。

「ハー、怖ぁ。ひやっとした今。うわー、やっぱり君あの人の子どもかぁ⋯⋯」

ちらりと瞳が覗く。

「あの、人⋯⋯」

鋭い眼光を受け、気付かれている、と少女は身を固くするが途端男は威圧感を霧散させ、わたわたと何か焦りはじめる。それでも怯えた少女の様子に、男は口をへの字に曲げて、両手をひらひらさせた。少女にはそれが降参のポーズに見えた。

膝を付いてしゃがみ込み、少女に視線を合わせて男は精一杯怪しく見えないように笑いかけてみる。


「ねえ。⋯⋯俺の苗字、平子っていうんだけど、知らない?」


死神にとって、それは賭けだった。彼はその苗字を名乗ることを禁止されている。震える自分の手が目に入って、我ながら女々しいな、と独りごつ。

だが、死神の男にとって幸運に、少女には思い当たるものがあった。

「マサキの言うとった⋯⋯!」

「おぉ?」

「オカンの⋯⋯息子⋯!!実在したんか⋯!」

「わ、まーた真生くんが適当言ってら」


「⋯⋯ちゃうん?」

「いやまあ、拾われて居候はしてたけど、息子とかそんなんじゃないよ。平子隊長に聞いても多分同じこと言うと思うけど⋯」

頭を掻く死神に、少女は変なの、と呟く。オカンの懐は広いから、アタシ一人じゃ埋まりきらんから、安心してオカンにしてまえばええんに。

「あー、どうしよ。まあ、何れにせよ平子隊長の娘さんに怪我負わせたくないから、平和的に解決しない?それで君は、なんたって態々尸魂界に?⋯⋯ッ、ぁ。⋯もしかして平子隊長たちになにか⋯⋯!」

「ちゃう!オカンも皆も関係あらへん!アタシが朽木を⋯自分の友達助ける為に、黙って勝手に来たんやもん!」

関係ない、の一言に息苦しい圧は消える。先程と同じ、霊圧でないそれは少女にとってもう気にならないものになっていた。

「⋯⋯⋯⋯朽木?⋯⋯あぁ、ルキアちゃんのことか。そう。そっか。⋯だよねー、あれ絶対おかしいよね、ウチの隊長も何か怪しんでてピリピリしてんの」

何でもないことのように、まるで自分は一切無関係だと言うかのように⋯⋯或いは、投げやりに。妙な空気に、一瞬息を詰めた少女だったが、この瀞霊廷にアタシらに友好的な死神が何人も居る訳ないやろ、と気丈に助力を請う。

「せ、せやったら朽木のこと⋯⋯」

「ごめん、それはできない。こっちの都合で悪いけど、俺ギリギリまで『待つ』って決めてるから」

待つ、とはと少女が問いかけようとした瞬間。

突然の巨大な霊圧のぶつかり合いに、二人揃って振り返る。


「雛森ちゃんと、吉良?」

ぽつりと死神が呟いたのと、少女がケッ、と悪態を付いたのは同時だった。

「何や仲間割れか?」

霊圧のぶつかり合いは、忽ちに鎮まっていく。抑えたのは日番谷さんか、と呟く彼には、彼女の問いかけに答える余裕はない。吉良はギンの所の副官で⋯⋯この騒ぎで、惣右介は何処で何をしている?

「ごめんね、どーも異常事態みたいだし俺行かなきゃいけないから」


いつの間にか、トラバサミも鎖状鎖縛も消えていた。

じゃーね、また後で会えたら。まるで煙の様なその背に、少女は精一杯叫んだ。

「なぁ、ありがとう!⋯⋯⋯お、お兄ちゃん!!」


お兄ちゃん、と言う呼称に慣れないながら心地好いものを感じる。最近ストレスだらけでイラついていたのもあって、純粋な好意が身に染みた。

それにしても、と。

瞬歩で建物の上を駆けていた死神は、我慢していた溜息を思いっ切り吐く。

「にしてもあの子の父親ってさぁ⋯⋯」

少女は自分の零した『あの人』という言葉を、隊長のことを指していると思ったようだったが、違う。彼は確信していた────彼女の父親が誰であるか。

ひとえに彼が、今日までで結果的に最も長く時間を共にしたのは、今は自身の隊長である、『副隊長』であるというだけで。一目見ただけでは、少女は母親にそっくりだった。

兎も角、と歳若い死神は思考を切り替える。軽く聞いただけだったが、昨日に出会って撫でようとしたらブン殴られた夜一さん以外はルキアちゃんの友だちが来ているだけであるらしいので、平子隊長達のことは、一旦考える必要はない。

まぁ、惣右介にあの娘を会わせるべきかどうかについては熟考するべき、なんだろうけど。どうか彼が、自分たちの味方でありますように。

くすりと笑った彼は、飛び込んだ現場。ささやかな願いに反して、当の上官の、違和感があるはずなのに違和感を感じられない死体と、睨み合う十番隊と三番隊の両隊長を目にし、ここ数日、過度なストレスから既にずっと痛む胃と頭のそれを悪化させることになる。

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