第二話 「甘い茶会」 (中編)

第二話 「甘い茶会」 (中編)

概念不法投棄の人


※アドビス砂漠の砂糖本スレまとめのリンクから来られた方へ

 2023/12/29 に物語の構成を変更したためにサブタイトルが一部改変されています。

 この物語の旧タイトルは『幕間 -甘い茶会- (中編)』で合っています。





 私はハナコさんに今このトリニティで起きている事件とその黒幕の正体、それらについて可能性と推察をすべて話しきったところ、ハナコさんからこれは大事な事なので直接二人だけで会ってお話しませんか?と言われ、彼女から指定された時間と場所――、深夜の大聖堂へとやってきました。

 少し開いていた聖堂の大きな重い扉を閉めて中に入ります。手探りで電気を付けようと分電盤へ近づこうとしたら――。


「灯りは付けないでください、目立ちますから」


 澄んだ綺麗な声が聖堂内に響きます。よく見れば天窓やステンドグラスから差し込む月明かりで照明無しでも歩けるくらいの明るさがありました。


「ハナコさんですか?どこに居らっしゃるのですか?」


「此処に居ます」


 良く見ると礼拝所の祭壇の前に人影が見えるのがわかりました。その人影にゆっくりと近づいて行くと、淡い月明かりに照らされ浮かび上がった彼女の姿に思わず息を呑んでしまいました。


「ハナコさん……あなた……その姿は……」


 そこには美しい桜色の髪を修道服のヴェールから覗かせた一人の聖女が居たからです。


「サクラコさん、まずは主と貴女の許可を得ずこの神聖な衣に身を通す無礼をお許しください。これが私なりの"覚悟"の証明です」


 いつもなら私達の"覚悟"を揶揄うはずの彼女の声と瞳には淫靡な色は無くその鋭くも優しさを兼ね備えた光を帯びてます。


「これを貴女にお渡しします。この浦和ハナコ、正式に我らの主とサクラコ様の傍にお仕えし、己が持つすべての力を持ってこのトリニティを救い、学園を飲み込もうとする巨大な悪に立ち向かいたいと思っています。これがその証です」


 ハナコさんから渡された書類――、一点の不備も記入漏れも無い美しく整った文字で必要記入欄がすべて埋められ署名に捺印まで押された浦和ハナコのシスターフッド加入申請書が目の前にありました。


「ハナコさん……ハナコさん……」


 いけません、ちゃんと受け取って確認して、長である私がサインしないといけないのに……目の前の景色が滲んでぼやけて、書類を持つ手が震えて……ああっ、ポタポタと音がして紙に染みが……ハナコさんの決意に、覚悟に私の情けない涙が落ちて汚してしまいます。

 そこにそっと白くやらかい布が触れるのに気づきました。ハナコさんが私の涙を拭いてくれたのでした。


「ハナコ……さん……」


「泣かないでください、焦らなくても大丈夫です。私ならずっとサクラコ様のお傍にいますから」


「ああっ、ハナコさんっ!!」


 私は思わず彼女に抱き着いてしまいました。そんな私を彼女は嫌がる事もいつものように揶揄う事もせず、ただただ優しく抱きしめ返して震える私の背中を撫でてくれます。


「ぐずっ、ハナコさんっ!ぐしゅっ、ハナコさぁんっ!!ありがとうございますっ!ありがとうございます!」


 ずっとこの日を夢見てました。

 忘れもしない彼女がこのトリニティ総合学園へ入学してきた日、入学式でその年の入学年度生主席でトリニティ始まって以来の全教科満点合格の天才、その才能に驕らない人柄。付け焼き刃ではない、生まれてからずっと大事に育まれてきた知性と教養あふれる新入生代表挨拶。

 この日からこの学園のすべての派閥が彼女を取り込もうとなりふり構わない激しい争奪戦争を始めました。浦和ハナコを手に入れる事、それは即ちトリニティの頂点へ立てるのと同意義と言われ、すでに将来のティーパーティーのホストの座が約束されてると言われた彼女。現ティーパーティのパテル・フィリウス・サンクトゥスの三大派閥はもちろん、その下の下位派閥達も下剋上を狙いその王座に就くべく彼女を取り込もうと躍起になっていました。

 朝の寮の起床時刻から彼女の部屋の前には人だかりができ、学園どこへ行っても彼女を中心に人の黒い巨大な輪が出来ます。一日が終わり寮に戻っても消灯時間が来て彼女が自室に戻り部屋の鍵が落ちるまで続いたそうです、平日も休日も問わず。

 心の広い彼女は来る人達を拒むことはありませんでした。どの派閥のどの学年の人がどんな時間どんな場所に来ても嫌な顔もせず笑顔で対応していました。それが皆の慢心を抱いたのでしょう。"浦和ハナコならどんなことをしても許してくれる"と

 彼女の目の前で始まる、他人を罵る汚い言葉の応酬、他組織へのありもしない流言飛語、人の尊厳を著しく損なう誹謗中傷侮蔑発言、揚げ句の果てには目の前での戦闘行為などなど、きっと彼女は四六時中このトリニティの暗部を見せつけられ、心を砕かれこの学園へ絶望を抱いたんだと思います。


 彼女は壊れてしまいました。まるで今までの自分を捨てるような奇行を行うようになりました。授業をさぼり、服装は乱れ、言動は淫売そのもの。最初は動揺しつつ様子を伺ったり、何とか説得を試みる者も居ましたが直に離れて行きました。

 やがて気が付けば彼女の周りには誰も居なく、遠巻きに見つめるか陰で罵るか、そんな状態になっていました。

 私達シスターフッドは、それでも彼女を擁護しつづけました。当初は政治的活動はしないとスカウト活動を自重していて、ライバル達が次々と離れて行くなか、生徒を見捨てない人道的活動を建前に彼女に接触できるようになったからです。

 上級生の中には彼女とこれ以上関りを持つことはシスターフッドの沽券に関わると反対する声もありましたが一部の上級生徒と私はそれを押しのけていました。彼女の奇行は演技であり本当の姿ではないと信じていたからです。あの礼拝堂事件が起きるまでは……。


「あぅぅっ、ぐすっ、ハナコさぁん、うぅっ……」


 彼女の修道服をしがみ付き、涙で染みを付けながら、私は彼女を見捨てなくてよかったと神に感謝しました。何度も何度も彼女を弾劾し、この学園から追放しようか、そう思った浅ましい過去の自分を呪いました。ハナコさんはそんな低俗な人ではないと。


「ふふっ、サクラコ様ったら子供みたいなんですから」


 彼女の優しい手が私の修道服の中へと入り込んできます。不思議と嫌悪感はなく自然と受け入れることが出来ました。彼女に頭を耳を首元を優しく撫でられます。


「すみません……ハナコさ……いえ、シスターハナコ。、お恥ずかしい所を見せてしまいました」


「うふふ、構いませんよ。ああっ、そうだ。こちらの紙にもサインいただけますか?」


 シスターハナコが指をさします。彼女が手に持つシスターフッド加入申請書の下にもう一枚、書類があり、少しずらして、長である私の署名欄が見えるようにしてありました。機転の利く彼女の事です。加入後に何かするための申請証でしょうか?私は何も疑わずに続けてその紙にもサインしました。


「ありがとうございます。これで"何もかも上手くいきます"♡」


「――?それは」


 それはどういう意味ですか?という私の言葉は声として出る事が出来ませんでした。シスターハナコの、私の修道服の中に入り首筋を撫でていた手に何かが握られており、そこからチクリと痛みが走ると共にナニかが身体に入ってきました。

 最初は冷たいそれは身体に広がっていく感覚とともに熱を帯び始めました。


「あっ!?はぁあああっ!?かはっ、んっはぁっ!?」


 身体の力が抜け、ずるりと床へとへたり込みます。身体の中で暴力的な熱を持ったナニかが暴れ回り、身体と心と脳を焼き焦がしていき、その衝動で口からは喘ぎ声が漏れだします。


「カハッ、ァァツ、ハァッ、ハァッ、シスター……ハナコ……貴女は……」


「シスターなんて呼ばないで貰えますか?サクラコ"サマ"?」


 見上げた彼女の顔は先程の美しい聖女の面影などひとかけらも無い、今まで見た事のない邪悪な笑みを浮かべていたのです。


※イメージ画像です。脳内変換してお楽しみください



 その時、私はようやく気付いたのです。これはすべて罠であったと。この事件の本当の黒幕は――。


「グゥッ…ハァッ、ハァッ、……貴女が……犯人……」


「ええ、ええ、そうです♡ 私がこのトリニティに砂漠の砂糖をばら撒き、ティーパーティーと正実を堕としたんです。うふふっ、ミカさんとナギサさんそれにセイアちゃんも砂糖に狂う猫ちゃんになった姿、とても可愛かったですよ♡」


「ハァッ、ハァッ、……そんな、どうして?何故あなたが……?なんのために……」


「何のために?それはこの薄汚い腐敗しきったトリニティを浄化して綺麗な更地にするためですよ♡ 

 ……本当に貴方には失望しましたよサクラコさん。貴方の口から犯人としてヒフミちゃんの名前が挙がった事を。いいえ、まるで最初からヒフミちゃんを犯人だと断定し、どうやって吊るし上げれるか必死に証拠を集めようとしてる貴方の醜い腐った姿に。

 貴方も所詮は彼奴等と同じ、権力闘争に溺れる腐った政治屋の狗だったんですね。私はもう呆れて果ててます。

 一体どうしたらヒフミさんを疑う事なんて出来るんです!!あの子はっ!あの子はっ!!そんな事をする子でも思う事すらもしない子なんです!!綺麗で真っすぐで!!私なんて一緒にいる価値なんてないくらい素晴らしい子なんです。ヒフミさんほどトリニティに必要な子はいないんです。なのに!なのに!!お前らはくだらない噂や一部の表面的な印象だけですぐ彼女を断定する!!排除しようとするっ!!ナギサ様もそうだ!!彼女が何をした?エデン条約事件の時、彼女にどんな仕打ちをした!!それなのに彼女は頑張ってくれた!!悪意と地獄の塊の試練を乗り越え、憾みごと一つ言わずにこの学園を救ってくれた!!そんな彼女の功績を顧みず、昔の様に上っ面だけで再び彼女を陥れようとする権力闘争に狂う腐った政治屋の狗ども!!自分達の面子と保身の事だけを考え、ここまで砂糖を蔓延させておいて犯人が見つからないと今度は適当に見繕った彼女に罪をかぶせる気です?いい加減にしなさいっ!!このキヴォトスの恥さらしどもめっ!!」


「アグッ!?」


 激昂した彼女が一気に捲し立て、そのままの勢いでもう一本の注射器を取り出し、私の胸へと突き刺します。


「あ"あ"あ"っ!!」


「うふふ……どうです?濃厚なアビドスシュガーのお味は?……ああっ、頸動脈と心臓じゃじっくり味わえませんですね。残念です♡」


「あ"あ"あ" ……グ、ウウッ…ハナ……コ…さん……」


 身体が中から爆発ししそうな衝動に襲われどんどん意識がかき消されながら何とかハナコさんへと腕伸ばそうとしますが、無情にも彼女の足に踏みつけられます


「うぐっ…」


「もう、そんな権欲に染まった手で触らないでください。はぁ~それにしても熱いですね。もうこのうっとおしい服脱いでしまいましょう~♡ えいっ♡」


 乱暴に修道服を掴むと一気に脱ぎ捨てるハナコさん。その下は水着姿を晒し、身体の豊かな凹凸は月明りを浴びて濃い陰影をつけ淫らに輝いてました。


「あは♡…あはは♡……あははははははははは♡」


「……砂漠の魔女め」


 ふと、そんな言葉が漏れます。今のハナコさんは神聖な聖堂の祭壇を汚し、悪魔の手先となって砂漠の砂糖を振りまく魔女。それがとても似合っている、そう思えたのです。


「あはっ♡ "砂漠の魔女"ですか……うふふっサクラコさんにしては良い二つ名を考えますね♡ 素敵ですので採用しますね♡」


 これは採用記念プレゼントです。と飴玉を一つ口の中へねじ込まれます。既に甘味の耐え難い魔力に身体の制御と理性を失いつつある私はそれを抵抗なく受け入れてしまいます、甘い…美味しい…もっと欲しい……。


「あらあら?もうお眠の時間ですか?意外と頑張りましたねサクラコさん♡ 次に目が覚めた時はヒナタちゃんやマリーちゃんとお砂糖パーティしましょうね♡」


 もう指一本すら動かせない私に、脱ぎ捨てた修道服をゆっくりと覆いかぶせていくハナコさん。意識が落ちる寸前しゃがみこんだハナコさんが耳元で囁きます


「ああ、意識を失う前に言いたかった事一つ忘れてましたのでお伝えしますね♡ 」




"うふふ、楽しかったですよ♡ サクラコ様とのお友達ごっこと修道女ごっこ♡"





ミ……ネ……団……長……、先……生……、わ………た………し……は………





(つづく)

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