幕間/散華
赤華咲き誇る地。
まるで血を吸ったかのように、鮮やかな赤色の彼岸花。
桜の下には死体が埋まっていると言うが、この彼岸花の下に埋まるものは何と呼ぶべきか。
人間? サーヴァント? それとも……何も埋まっていない? 空っぽ?
宮本武蔵は地下室の中央に立ち、地面を爪先で突いてみる。特に何の反応もない。
このままではこの花畑は破壊されてしまう。影も消えてしまう。
その反抗に刺客の一つでもけしかけるかと思ったが、どうやら向こうはその気はないらしい。
それが「影自身」の選択なのか、糸を引くアデール家当主の選択なのかは……わからないが。
「左様ならばそれで良し。其方の思惑に乗りましょう。お望み通り、綺麗に叩っ斬ってやる!」
二刀を抜き、軽く試し振り。風一つない地下で、花々が戦ぐ。
漂流者である彼女には、時間がない。
主人とはろくな別れも言えなかったし、そもそも言う気もなかったし。
あの子のサーヴァントらしいことは、ぶっちゃけ何も出来なかったなあ、とバーサーカーは思う。
自分の好きなうどんを食べさせてやれなかったのとか……「おいしい」とか「まあまあかな」とか、「あんまり好きじゃないな」とか、なんでもいいんだけど……好きなものを共有して、その反応が見られなかったのは、少し心残りだ。
「南無、天満大自在天神。剣気にて、その因果を断つ!」
時間がない。
そう遠くないうちに、彼女はこの世界からも弾き出される。そして二度と、同じ世界に戻ることはない。
「この一刀こそ、我が空道、我が生涯」
ここまで特に何も出来なかったからこそ、誇れる戦果を一つくらいは。
例えば、あの影をもう出てこないようにする、とか!
やだ、こんなの大戦果すぎ!
「——伊舎那大天象!」
いや、逆にちょっと大きすぎたかしら。
後で「あれはバーサーカーのおかげだよ」なんて教えられて、挙動不審になるあの子のことが目に浮かぶような……浮かばないような。
まあいいか、とバーサーカーは軽く笑う。
とかく、斬りましょう。
奇妙に絡まり合った、いや、絡まりすぎた因縁の根。
あれとこれとそれと……って、沢山のものと絡まりすぎて、めちゃくちゃになってしまったもの。
もう、ほどきようがないもの。手の届きようもないもの。
時間がないから、狙えるのは一つだけ。ならば断つべきは——
——斬。振り抜き終える。
うん。これで、よし!
きっと、私が呼ばれたのはこれを斬るためでしょう!
そうして彼女が斬ったのは、花そのものでもなく、球根でもなく。ここに留め置かれた「概念」だ。
前回召喚されたバーサーカーを軸に、継ぎ足し継ぎ足し削ぎ落とし、絡めて重ねて、作り上げた概念。
もはや、軸とされた原形は微かに留めているばかり。
慣れきった棍棒を振り回す所作はつつがなく行えても、それを奇妙に外してしまった後の対応は弾き出せないような……どうしようもない欠陥品。
斬り終えて十秒。無数に咲く花のうち、一つがぼとりと頭を落とした。
一つが落ちたのならば、他の無数も並ぶが道理。
ぼとぼとと花びらは落ち、際限なく生み出されていた命は急速に消えていく。
「………ん!」
険しい顔だった宮本武蔵は、それを見届けてからやっと刀を鞘に納めた。
これならもう安心でしょう。少なくとも、もう影が辺りを襲うことはない。
彼女が斬り捨てたのは、花と最も強く結びついていた概念一つだ。
「この二つは同一であり」「つまり、一つが健在ならば」「残りのもう一つも健在となる」という子供騙しのようなカラクリ部分。復活し続けていた花々の「弱点」とも言える箇所。
この行いは、同時に破壊しなければいけないものを片方だけ破壊するルールブレイク。そんな非論を押し通したのが、因果をも断つ彼女の剣である。
六道五輪・倶利伽羅天象。そもそもの関係を両断して仕舞えば、そもそもルールも何も……
程なく、天元の花はこの世界から退去した。
しかし、杯に魂が注がれることはなく。
つまりは未だ、杯は全くの空のまま……
ああいや、一つは注がれたか。
めでたくも、敗退者は二名。しかし注がれるは一つの魂のみ。
そして根源への到達は、七騎の魂を必要とする。
つまりは本聖杯戦争において、ラジアータ・アデールの望みは果たせない!
ああ、これは朗報だ!
あの当主の企みは、漂流者たる宮本武蔵が参戦した時点で砕かれていたのだ!
……………本当に?