幕間/別視点
「新免武蔵守藤原玄信、つまりは宮本武蔵! 一飯の恩、この刀にてお返し致す!」
食事が不要なサーヴァントの身で一飯の恩というのもよく分からないし、それを刀で返すというのも意味不明。
対する男は、両の拳をただ構えるのみ。
「ランサーだ。故あって真名は明かせんが、卑怯とは言わんだろう?」
……いや。正確には、腕にのみ金の鎧を纏うスタイルだ。確かに、刃相手に徒手では分が悪かろう。
「無論! 名乗りはやりたい人がやればいいのです! どちらかが降参、または大怪我した時点で勝敗決定ね! さァかかって来い、異邦の美丈夫! 全力でお相手させて頂きます!」
あの男、ランサーなのに槍を使わないのか?
両の手に刀を握る武蔵……いや女武蔵ってなんだ……?
何故ランサー陣営はそれをあっさり受け入れているんだ……?
いくつの疑問が湧こうが、戦闘に入ろうとしている彼らがわざわざ答えてくれるわけもない。
瞬きの次には、二刀と二拳が交錯する。あっさりと始まった試合は、真剣のやり取り故に張り詰めながらも、戦好き同士楽しげな雰囲気が漂っていた。
「おっ、結構やるな。ンな細い剣、折れちまわねーかと思ったが」
ぎちりぎちり、と双方の得物から嫌な金属音が響く。
「この程度の衝撃、流せずして何が二天一流か! ……いや、真正面から受けたら私飛んでっちゃいますけどねっ!」
ひょいと飛び退き、一回宙返り。大きく距離を取ってからの仕切り直し。
「嵩張りそうな服でよく身軽に動くもんだ。吹っ飛んだところで問題なさそうだし、容赦無く飛ばすか!」
「えーっ、軽くて羽みたいですってぇ!? やだなもー! 確かに貴方なら指一本で人とか持ち上げられそうだけど!」
「いや羽とまでは言ってねえぞ、流石に!」
重い一撃を当てに行くランサーに対し、武蔵はそれを躱し、いなし、時に逃げ回り……と、のらりくらりで応戦。
フィールドを大きく使い、身軽に駆け回っては撹乱めいた戦法を次々と繰り出す。正面から向き合えば押し負けると語った通り、「如何に、真面目に打ち合わないように切り抜けるか」を重視した立ち回り。
そのくせ、逃げを打ったそのひと踏み込みで、一転攻勢。くるりと反転して、あるいは逆手で刀の冴えを叩きつけに行く。
「なんというか……あっ、ぶね! シンプルにやりにくいなお前!?」
「ふふっ、そうでしょうそうでしょう! 負けなきゃ勝ちってね! 今まで色々な人と戦ってきましたが、パワータイプにパワーで戦うなんて無茶はしないと決めています!」
視認できぬ速さで刀を振り抜いたと思えば、次はがくりと速度を落としてみたり。剣技一本で行くのかと思えば、足払いも辞さな……なお、体勢を崩したのは武蔵の方である。
「い゛、くぁ〜〜っ!? 何これ! まるで大木蹴った時みたい! かった! すっごいのね、貴方の体幹!」
「いや一瞬ビビった、そういやルール無用だったなこれ。体幹は……ま、伊達に長物振り回してねえからなぁ! そっちこそ、えげつない柔の体幹だと思うがね」
対するランサーはその場から殆ど動かず、受けの構えに入っている。律儀に彼女を追い回していては、向こうの撹乱勝負に引き込まれてしまうからだろう。
そうして攻めきれない立場に抑えられている時点で、武蔵の目論見は成功と言ったところだろうか。
このまま撹乱を続けていれば、武蔵の優勢で話が進みそうだが……いや、武蔵の策を見切ってランサーが押し返すか……?
「ねえ、じゃあその長物だしてよ! やっぱり使ってるんじゃない、武器! まあランサーだもんね! どうせ死なないんだし、楽しく武器同士でガンガンやりましょ!」
予想は大外れ、ここでまさかの突飛な提案。自分が不利になる可能性が大きいというのに、この武蔵……わりと、欲に弱いのか?
「今持ってんのはあんま慣れてねえんだよな……そっちの期待には応えられんかもしれん」
「あら? そうなの?」
「俺は有ればなんでも使うタチだし、最悪振り回せりゃ何でも良いんだけどよ。それにしたって、主武装が生前ろくに使ってねえ頂き物の槍ってのは……まあいい! 確かに、どうせなら慣れといた方がいいよな!」
「応とも! 何なら試し振り、付き合うわ! こっちはその隙に一本取るからね!」
……。
まだまだ続きそうだ。もうそろそろ終わりにならないだろうか。
一合、二合。
打ち合えば飛び退き、振り回せば吹き荒れて。
白熱する一戦は——
「お!! 前!! らーーッ!!!! 特にそこのランサー!!!!」
——不意に響いた大音量の怒号により、冷や水を浴びせられる。
「うおっ!?」
「おっとっと!? ……貴方のマスターさん、急にどうしたのかしら」
怒号の発信源はとあるホテル。十を優に超える階の窓から、地上へ向けての大絶叫。
完全に位置がバレているがいいんだろうか、ランサーのマスターは。
「お前らの声は聞こえないが!!! 深夜のご迷惑とか、マルちゃんのお休み時間とか、その辺も考えとけよなパッパラパー共ー!!!! 俺も寝れねえー!!!!」
「あ? マルちゃん?」
「多分あの可愛い子ね! ……でも、あっちの方が迷惑かけてない? 私達、結構静かよね? 何も壊してないし」
武蔵の疑問が出るが早いか、ランサーは大きく息を吸い。
「おい!!! お前がまず煩えぞ!!!!」
「な……何だとこのランサー! お前なんかこれでも喰らえ!!」
「何する気だテメ……ッ!?」
……そして、数秒ほどの沈黙。出方を伺う女武蔵に、何やら苦い顔のランサー。
「……ああクソ念話でも煩えぞアイツ! 分かった分かった、もう切り上げるから……」
「その感じを見るに、前は使ってなかったんだ?」
「一般人だしな……誰かに教えて貰ったか、ノリで使ってきてるかの二択だな」
「ノリで使えるのね、念話」
「お前そこはさあ! 『脳内に直接……!?!?』 とかいうとこだからな!!! マルちゃん直伝、俺の渾身の一発芸だったのにさあ!!!」
「知らねえよ……良い加減、マスターは声落とせ、ちゃんと聞こえてるから。……って、念話でもマスターに伝えてる。ちゃんと向こうに聞こえてるからな、俺の声も。声張ってねえけど」
「ええ、それは分かります。お気遣いどうも! そういえば、切り上げるって言ってたのは何?」
「流石にそろそろ終わりにしろって現在進行形で煩くてな」
「えー! ここからが熱いところなのに!?」
ここからが……? 一時間以上も切り結んでいたような気がするが。
武人の感覚はズレているのかもしれない。
「……『じゃあ一回だけ殴り合って終わりにすればいいじゃん! この一撃に全てを……みたいな!』だと」
「おっ、結構似てるわね?」
「止めろ? ……まあ、夜遅いのは確かだな。そろそろ飯も作らねえと」
「そっかー、なんか残念ね。でも仕方ないか」
両者それで合意と相成ったようで、改めて二人は向き直る。
十メートル以上も離れた立ち位置なれど、英雄となればそれは一足に超えてしまえるのだろう。
遠く、けれど近過ぎる距離。
両刀を構え腰を落とし、大槍を天へと振り上げて。
「——この一撃、伊舎那天にお納め奉る」
先んじて女武蔵が口上を述べる。爛々と輝く瞳とその刀。今にも目前を切り伏せたいと、全身の闘気が物語る。
「伊舎那天……? ああなるほど、遠方へ伝わるにつれて転じたか……?」
一瞬怪訝な顔をしたランサーは一転、獰猛な笑顔を浮かべて語りを引き継ぐ。
「——ならば! 此度の我は、シヴァにこの一撃を捧げよう!」
槍を握る黄金の手甲が輝いた。
伊舎那天。シヴァ。
たしか、片方は仏教のもの、もう片方はヒンドゥー教のもの。
伊舎那天は「三千世界の主たる大自在天」より派生した神性とされる。
また、大自在天とは仏教におけるシヴァのことである。
であるならば。
伊舎那天とはつまり、シヴァと認識してもそう間違いはなだろう。
「急に二つも捧げられて驚いちゃったりして?」
「別に大丈夫だろう、戦士の時代では引っ切り無しに捧げられていただろうからな」
軽口が飛び交い、それで隠しきれない殺気が飛び交う。
きっと死人は出ないが、両者とも相手を殺す気で構えている。
何か一つきっかけがあれば、この張り詰めた空気は一気に弾けて————
——ポロロン。
そこに、場違いにも竪琴の音が響いた。
ブツン。ツー。ツー。ツー…………
*
竪琴の音と共に途切れた映像を前に、その人物は放心していた。
偵察のために放っていた幾つもの使い魔が、音一つであっさりと掃討されてしまったことに対してではない。
その絶技に対しての賞賛でもない。
「シヴァ! シヴァと言ったか、あの男は!?」
彼、あるいは彼女は悲鳴を上げ、なりふり構わず頭を抱えた。
この戦いに臨むにあたって調べ上げた、前参加者の従えたサーヴァント。並び、その原典の情報が頭の中を駆け巡る。
「しかも、あの出力は恐らく神代のもの! 金の鎧に、生前ろくに使わなかった頂き物の槍……となる、と……ああ……あああ……何ということだろう、キャスター」
使い魔〈サーヴァント〉の主人の脳内は、最早一つの絶望で一杯だ。
今まで観測した状況の全てが、実現しないだろうと跳ね除けつつも怯え続けてきた懸念を指し示している。
「あのランサーはカルナだ、間違いない……! "あの野郎"と合流される前に、何としても全力で叩かなければ!」
せめて、料理人についての情報を一つでも掴めていれば……。
勘付かれるかもと懸念して、ホテル内に使い魔を放つのを避けたから……!
微妙にズレた勘違いにキャスターのマスターが気がつくのはいつになるのか? それはまだ、時が過ぎてみないことには分からない。