幕間/出撃
そうして一行は、ラジアータによる術式発動の反応がある花畑の地下へと向かう。
「俺はランサーが抱えて! マルちゃんはセイバーが抱えて! ライダーのマスターとバーサーカーのマスターの二人がライダーに乗ってて! アーチャーのマスターをライダーが抱えて! ……三人乗せてもだいじょーぶ! よっ! ウマちゃん四本足に二本腕! ……あれ? これ六本足?」
「フッ……! この呂布、後十人くらいは余裕で乗せられますが……敵襲のことを考えると、リスクの分散もまた大切でして……!」
ライダーの背にて未だに動かない社畜を、ずり落ちないように必死に押さえる写真家のマスター。
ライダー自身もご老人を抱えながら、背に乗る二人の負担が最小限になるよう努めて走行中。
さてさて。街のそこら中に人が倒れ、何とも不気味な空間であるが。
「……これっ、どうなるんですかね」
不意に、バーサーカーのマスターが口を開いた。
「どう、というと?」
「こんな大ごと、経験したのが一人や二人なら『嘘だ』ってされて、お、終わりだと、思うんですけど。ま、町中が巻き込まれてたら、信じられるんじゃないかって……」
「んー? その為の教会じゃねーの? 神秘の秘匿! ランサーが大声出してただけで怒られたぞ? 考えてみろよ、たかが大声でキレるみみっちいとこだぞ? 今も必死にお仕事してるんじゃね? 時間あったら仕事っぷり見に行きたいねえ!」
「いや俺の声は神秘宿ってるだろ」
「とおくまで聞こえるし! 窓とか、われそうだもんね!」
「割れそうじゃない、割ってるんだよマルちゃん!」
「いやまだ割ってねえよ」
「秘匿……じゃあ、この事は嘘にされちゃうんですね……」
「教会なら、記憶の処理も施されるから安心して。嘘を嘘と認識する人もいないだろう」
「でも、運悪く思い出したりとかしたら……やっぱ何でもないです。聞かれても困りますよね」
「そうだね、この後どうなるかは分からない。街一つを巻き込むなんて、神秘を重視する魔術師のすることとは思えないんだけど……」
「あ! じゃあさじゃあさ、知ってるやつ全部消せばいいんじゃね? 名案! 街まるまる消すとなると、グレイユルちゃんもマルちゃんもだけど」
「成る程ね、口封じ……否定出来ないのが辛いところだなあ!」
「だめだよ!? セイバー!?」
ラジアータの目的は依然不明だ。
それもそのはずだ、何せ当人と顔を合わせて会話したことがない。暗躍ばかりで、その理由の一つも見えてこない。
マルグリットを狙っているというグレイユルの言葉も、その根拠は伝えられていないし……。
聖杯戦争に参加せずに聖杯を望むというのも、また不思議な点だ。
何故、幼い娘をそのまま参加させたのか。
何故、このような大掛かりな事態を引き起こしているのか。
勝ち抜くための手段として、人を操るのはいい。(いやよくないが)
影をけしかけるのもいいだろう。
しかし相手は英雄だ、その程度の障害何するものぞ。実際、アーチャーただ一騎に対処されてしまった。
そうして影と人の混じった大群を捌き切った彼は、ほんの数分の隙に敗退してしまったのだが。
ほんの数分で、五体満足の彼を退去させたカラクリとは何だろう? 「自害を命じさせる」という反則寸前の行いなのか? それとも、また別の何かなのか。
真実を知るはずのアーチャーのマスターは、未だに目覚める気配もなく。
「……ん?」
「どうした、ランサー?」
「いや、蜂がこっちに飛んでくるなと」
「おっ? ランサーも目ぇいいやつ?」
「いや、風の揺らぎの方だ。ずっと風の操作に気を張ってたからな、それで引っかかったらしい」
「あー! そういやランサーってずっと風動かしてたんだっけ。もしかしなくても重労働か? ダメだぞ、ちゃんとやったことはアッピール(巻き舌)をしないと。ちゃんと評価できないぞ!」
「別に評価はどうでもいいが……ほら、アレだろ。キャスター陣営からの——」
ランサーの言葉通り、一団の元へ蜂が数匹飛んでくる。そのサイズは平均的で、特に違和感のない一般的な蜂。……一般的?
「……でもグレちゃんの使い魔って、もっとバカっぽい見た目してなかった?」
——ちゅどん!
「ひいいっ!?!?」
「落ち着いて、落ち着いて下さい、首絞めてますバーサーカーのマスター。私の背に乗っているのです、あの程度なら直撃しても死にませんからご安心を」
「あなたはよくても! 僕は絶対死にます!!」
「えっ? 呂布は死にませんでしたが……」
「えっ? 呂布はあなたじゃないんですか!?」
「ええ、私は呂布ですよ?」
突然の爆発はランサーの風に遮られ、一行を脅かす事はなかった。被害といえば、バーサーカーのマスターが悲鳴を上げたくらい。
不意打ちを無効化したランサーはにやりと笑って、自らのマスターに問いかける。
「……ようギカレーダ、今のでアピールになったか?」
「ばっ、爆発したぁ! あの大きさから考えられない威力で爆発した!! 特攻蜂とか蜂さんに謝れよ! あとランサーはナイスな! 見えないバリアはやっぱ強えわ!」
「一体今のは……キャスターの攻撃? いや、ラジアータの策かな。こちらを油断させようとしたのか?」
「おとうさん、虫も使ってきたんだ……ハチさん、花にすっごく大切なのにな……」
「んもー! グレちゃんからの連絡かと思ったのにー! これからはややこしいのは全部迎撃してくか! グレちゃんはなんか、他の方法で連絡頼むわ!!」
目的地へは、あと数分足らずで辿り着くだろう。
仮にもラジアータが居座る花畑へ直接向かうのだから、一行の行動がバレるのは時間の問題。
こちらから声を掛けるまで気がつかない、なんて間抜けなオチはないだろう。
となれば、もしかすると。
頑なに目的地や情報を口にしないことで得られるのは、ほんの一秒の猶予もないかもしれない。
ほとんど何の意味もない、ただの自己満足かもしれない。
それでも。
その一秒が、明暗を分けることもあるかもしれないし。
あと、色々策は練っておくに越したことないし。
「…………」
どうせなら、やれるだけやっとこうじゃないか! と、ギカレーダは楽観的に考えているのだった。
『あー! あー! 聞こえているな! 聞こえているよな? 大丈夫かな……ともかく、グレイユルだ! 今回も例に漏れず貴様だけに伝えているぞ、ギカレーダ!』
『というか何で屋外で人に伝えてるんだ馬鹿なのか! この私がどんな思いで伝えたと……ああもう! これだから! これだから!!!』
『屋敷の中は言わずもがなだがなあ! この街はそもそもがあのクソ親父の本拠地みたいなものだ! 使い魔が聞き耳を立ててるかもしれないんだ、もう絶対に話すなよ! 絶対だぞ!!』
『伝えるなら念話で話せるランサーだけにしておけ! 他は捨てろ! というか何で戦えないメンバーまで連れてきたんだ貴様!? この考えなし! 大馬鹿! 知ってたが!』
『コホン。全く、別に焦ってなどいないが? 違うが? ……こちらはある程度の地脈を掌握した、故に通信が安定している。これからは貴様にのみ、定期的に連絡を送る。だがもう絶対に! この内容を発声するなよ! ……フリじゃないからな!?』
『お、グレイユルと呼んだ……つまりオレの言葉は聞こえているな、よし!』
『……いや待て待ってくれ!? おい、蜂なんか送っていないぞオレは! 違う、絶対に寄せ付けるな、あれは……!』
\ちゅどーん/
『あのサイズの割に随分な爆発……よしよし、よく切り抜けたなギカレーダ。一般人にしては中々やるな!』
『お、おい? オレは今も連絡してるぞ……あ、ああ、そういう……? 周りには、連絡がないように見せかけておくつもりか? 相変わらず小手先で人を騙くらかすのは上手いよな、貴様……』
『とんでもないろくでなしだよ……案外、クソ親父と気が合ったりしてな……いや何でもない。暴言がすぎた、すまん』
『すまない、ギカレーダ。オレが信じて言葉を投げられるのは、現時点では貴様だけなんだ。故に貴様も、信じるべきと疑うべきは分けておけよ。冷徹と思われるかもしれんが、それは魔術師として必要な割り切りで……』
『……フフ……何で貴様を信じられるかとか、聞くか? ……聞くだろぉ? ……あれっ、別に良い感じか? 興味があるなら話してやらなくもないんだがなー。また何か合図を…………ってそっちでも黙るなよ! おい!?』
『分かった、微塵も無いんだろ! いいよもう! オレも別にいいしな! くそっ! 精々オレ達の代わりに走り回っていればいい! 下っ端のようにな!』
『コホン、別に取り乱してなどいないぞ。さあ話を戻そう! それではこちらの計画と、それに付随する懸念についてだが——』
『——まずはアーチャー殺しについて。使い魔越しに見ていた我々から、最低限の情報を共有しておこう』