オーバーサイズ攻防戦

オーバーサイズ攻防戦



「どうすっかな…」

ある日の仕事終わり、スウェットの積まれた棚を前にローは悩んでいた。まだまだ続く本格的な冬に備えて、新しい服を買いに来たのだ。ここにいるのはローただ一人である。ペンギンやシャチ、ベポには今日は時間がかかりそうだからと適当に理由をつけて先に帰ってもらった。理由は単純明快、からかわれるからだ。

一足先に成長期に入ってメキメキと身長を伸ばすペンギンとシャチは、最近何かにつけて4人の中で一番背の低いローをからかってくる。おばちゃん達が井戸端会議をしている表通りを4人で歩いたときなんか、ペンギンとシャチがわざとローを挟むように横並びになってきやがったせいでおばちゃん達に「かわいい」やら「癒される」やらと盛大に冷やかされたものだ。彼女たちにモフモフされて喜んでいるベポだけがローの癒しだ。ぶすくれて歩くローの両脇で、ペンギンとシャチはニヤニヤ笑っていた。本当に、腹立たしいことこの上ない!後で二人は港で魚とシャンブルズの刑に処してやった。

「ローくん、こっちじゃなくていいのかい?」

服屋の女店主が指したのは子供服のコーナーだ。確かにローはいつもそっちに置いてある服を買っていたが、今日からは違う。なぜなら今に身長がぐんぐん伸びる予定だからな。

「ああ、これから成長期だし大きめのサイズを買うことにしたんだ」

「あらあら思春期ねぇ」

……違ェ!!成長期だ、成・長・期!

それにしても、どのサイズを買ったものか。目標は勿論コラさんくらいだが人間限度というものがある。とはいえ父さまも母さまも背が高かったから、ローだってそこそこ高身長になれるはずだ。よしと意気込んでLLサイズから順番に体に当てていく。ニコニコと微笑ましそうにこちらを見る店主のことはなるべく視界に入れないようにした。

悩みに悩んだ末、ローは結局Mサイズのスウェット2着とそれに合わせてこれまた大きめのボアコート1着を購入した。スウェットは黒い無地のものを一つと、胸元に『KUMA』の文字と白熊のワッペンが縫い付けられていたものを一つ。後者はワッペンがベポに似ていたのが決め手だ。Mサイズでも裾は太ももを覆うくらいまであるし、袖もかなり余っている。が、問題ない。だってすぐに大きくなるからな。


服を包んでもらって家へ帰ると、キッチンから良い匂いが漂ってきた。今日の夕飯当番はシャチだったか。リビングにいる皆に声をかけるとそそくさと寝室に引き上げて、早速袋を開封した。タグを切って、姿見の前で実際にスウェットを着てみる。

「……まあ、こういうデザインと思えばイケるか?」

店でただ当てたときよりもほんの少し裾は上がったが、やっぱりブカブカだ。だだ余りしている袖を2回ほど大きく折ってもまだ手の甲まで覆われていたが、指はちゃんと露出している。上半身はゆるっとしたシルエットで下半身はラインの出る細身のスキニー。仕事中は流石に衛生的観点から着られないが、仕事の行き帰りや休みの日に着る分には良いんじゃないだろうか。

「ローさんご飯出来たって〜。…わっ、それ新しい服?」

「えっ!?」

姿見を前にローが一人でうんうん唸っていると、いつの間にか部屋に入ってきていたベポに声を掛けられた。人の気配にも気づけず悩みこんでしまうなんて、完全に想定外だ。ちょっと待ってくれ。今はまずい。

「似合っててかわいいよ!…そうだ!折角だしヴォルフたちにも見せに行こうよ!!」

「いや、もう脱ぐから…おい待て!腕を引っ張るな!!ベポッ!!!」

呆然としているうちにベポに腕を取られ、あっという間にリビングへと連れてこられてしまった。

「ローさん、ま〜た医学書読んでた、の…………へェ〜」

「あらあら〜♡」

「……なんだよ」

こちらを見た途端ニマニマと顔の緩んだ二人とは対照的に、見られたローの機嫌は急降下だ。

「いやァ?すごっく似合ってて可愛いですよ」

「うんうん、オーバーサイズでシルエットが丸っこくていい感じっていうか?」

「ほらね、ペンギンとシャチもそう思うでしょっ?」

こいつら…。ベポに邪念がないのを盾に言いたい放題とは良い度胸だな。

「…るせェよ!!」

「いいから早く席につかんか、飯が冷めてしまうじゃろう」

「いいか、今に見てろ…。お前ら二人の身長くらいすぐに追い抜いてやるからな…!!」

ため息混じりのヴォルフに促されてアイア〜イ!と息ぴったりに返事をする二人を睨みつけたが、全く効いていないようだった。ちびのローに身長を抜かされるとは夢にも思っていないらしい。本当にすぐにデカくなるんだからな!

コラさん見ててくれ、いつかアンタくらいまで身長伸ばしてやる…!


***


ローが大きなサイズを着るようになって以来、大変不本意なことに、ローが町を歩いていると「カワイイわね〜♡」と声をかけられる頻度が前よりも更に上がってしまった。それを面白がったシャチが自分の服をローに押し付けてきたので、仕方がないから次の日ローがそれを着て診療所に向かったところ、何故かおばちゃん達に「あら、それシャチくんの服よね」「おんなじ服着るなんて仲良しさんねぇ」などと即効バレた。なんでだ。今度はそれを見ていたペンギンが「今度はおれの!」と自分の服を着せ、町の人にバレ、シャチが着せ、バレ、ペンギンが着せ、バレ…以下無限ループを繰り返した結果、3人のクローゼットはすっかり共有されるようになった。下は流石に丈とウエストが難ありなので無理だが、上は誰が何を着ようと気にすることもなくなった。

さらには町を歩いているとおばちゃん達から古着を貰うことが増えた。

「あらぁローくんいいところに。これうちの子のお古なんだけど、良かったら貰ってくれるかしら。最近大きい服も着てるみたいだし」

「アンタんとこの子大きかったし、ローくんだと服に着られちゃうけどそれもきっと可愛いわねぇ」

「……」

完全にいらない言葉を掛けられた気がしたが、服飾費が浮くのはありがたいので素直に礼を言って受け取った。ペコリとお辞儀をすると、他のおばちゃんからも「今度うちの子のも持ってきてあげるからね、ローくんかわいいからきっと似合うわよ」と言われた。ありがたい。でも、素直に喜べない。どうせ褒められるならカッコいいと言ってほしい。複雑な男心というやつだ。ローはモヤモヤとした想いを抱えたまま帰路についた。


そんな微笑ましいエピソードが気に食わない人物が一人いた。そう、ベポだ。わいわいと服の押し付け合いで盛り上がる3人をベポは羨ましそうに眺めていたのだが、とうとう寂しさが限界を越えたらしい。夕飯を食べた後、4人の身長が刻んである柱の前で膝を抱えて落ち込んでいた。

「ローさん達、服お揃いにしてていいなぁ…おれも着回ししたいよぅ」

3人でちらりと顔を見合わせる。ペンギンとシャチの顔には「しゃあねェなァ」とでかでかと書かれているのが見て取れた。

「そうは言ってもベポ、お前デカいからなぁ」

「やっぱりダメ…?そうだよね…分かってるんだ…。おれクマだし。デカくてすいません………」

「違う!そんなことはねェ!!」

「えっじゃあローさんおれの服も着てくれるっ?」

「……………」

前門のベポ、後門のペンシャチ。退路は…――断たれた。




あっはっはっは!!!!



ペンギンとシャチが最早声を抑える努力をする気配すらなく大笑いしている。その後ろで、いつもは保護者目線で見守っているだけのヴォルフですらクツクツと喉を鳴らしている。ベポだけが、ただ純粋にキラキラとした目で嬉しそうにローを見つめていた。

うるうるとした目でローを見つめてくるベポに根負けして、結局ローはベポのニットを着ることになってしまったのだ。ベポはペンギンたちよりも更に頭一つ分ほど大きいし胸囲もかなり違う。服だって当然二人よりも2サイズは上だ。それをローが着るとどうなるか?そんなこと着るまでもなく分かるだろう。

袖は5重に折ってやっと手が出てきたし、裾にいたっては膝が完全に覆われている。これじゃあまるでワンピースだ。町の女の子がこういう格好をしていたのを見たことがある。ニットワンピってやつだろう。それに襟ぐりも広く、鎖骨がガッツリと覗いている。

「いやぁ、ローさん…くっ、それ、すごく、似合って、て…んふふっ」

「ベっ、ベポっ、ふっ、…良かったなぁ…っ、着てもらえて…っ、」

「かっかっか!よく似合ってるじゃあないか、ロー!」

「こんの……!」

ローはむすりと口をひん曲げた。人が恥を忍んで着たのを笑うなんて何事だ。腕を組んで3人を思い切り睨みつけて不機嫌です!と全身でアピールするが、効果はない。服のせいで、ペンギンたちから見たら可愛いだけだ。

すっかりへそを曲げていたローに目を輝かせたベポが飛びついてきた。

「ローさんありがとう!!おれすっごく嬉しいよ!!!」

「…………そうか。なら、まァ……良いけどよ…」

ベポがそんなに喜んでくれるなら頑張って着た甲斐があったってもんだ。とりあえずこれでノルマはクリアしたのだ。よし着替えよう…と思ったところでさらなる爆弾が落とされた。

「今度からおれの服も着てくれるっ?」

「んぐふっ」

「うひひっ」

よし決定。お前ら明日早朝に新雪とシャンブルズだ。

わくわくと期待に胸を膨らませるベポにはすごく申し訳ない気持ちになったが、こればっかりは譲れない。

「それはいくらなんでも無理だ………ベポ…」

「…わがままばっか言ってすいません」

「違う!そうじゃねェ!そうじゃねェんだが…」

ベポだけを蚊帳の外にしてしまったロー達にも責任がある。かと言って、これを着て町を闊歩するのは流石にまずい。色々と。ローの中の何かが確実に減る。何かベポを満足させられて且つローがこれを着なくて済む方法はないか。医学書を読んでるときと同じくらい頭を回転させて暫く、ローはハッと閃いた。

「あー…………、じゃああれだ。こういうのはどうだ?」

頼みを断られてしょんぼりとしていたベポだが、ローの提案を聞いてどんどんと目の輝きを取り戻していった。


「それすっごくいいよ!さすがローさん!!」




***


次の日、服屋で4人仲良く服を選ぶローたちの姿があった。さらにその日以降お揃いのニットを着て町を歩く4人の姿が目撃され、町の人達からは仲良く盛大に可愛がられることになるのであった。



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