帽子に引っかけさせられるカク

帽子に引っかけさせられるカク


「私の前でおしっこしーしー♡してみよっか♡」

「なっ……」

 カクはその幼い子供に対して言うような卑しめるような表現に反射的に拒否を示したくなったが、どうせ反対したところで聞き入れられることはないだろうと歯を食いしばって言葉を飲み込む。大丈夫だ、良いように考えれば放尿などまだ大した行為ではない。目の前で自慰をして見せろなどと言われるより余程マシだ。適当に命令に従って隙をついて逃げ出せたらそれでいいだろう。今は黙って耐えるしかない。

『じゃ♡そっちの広い方でやろうね♡沼のお水におしっこしちゃ駄目だよ♡』

「分かっとるわそれぐらい……」

 するも何も全ては貴様の支配次第じゃろうがと、移動する際に女神像を睥睨する。一般人なら恐怖すら感じる殺気の放出。しかし人工物にとってはそんなものは何の意味も持たず、それすら煽る材料にしてカクを口撃する。

『おちんちん出しながら睨みつけても全然怖くないよ♡歩く度ぷるぷる揺れてて可愛いね♡おっきいから遠くから見ても分かりやすいね♡』

 像の言葉を一言聞く度にカクの眉間の皺が深くなり、瞳に暗い影が差す。耳を塞いで頭を振り回したくなるものの、この声は脳の奥を直接響いているので、何をしようと逃れられはしない。貯まり込んだ怒りを吐き出すように一つ溜息をつく。その時、女神像が信じられないようなことを言い出した。

『ただおしっこ♡するだけじゃないよ♡君のお帽子にしーしー♡しようね♡』

「は……」

『その真っ白いお帽子、自分のおしっこで汚しちゃったら♡とっても無様だと思わない?♡やってみよ♡』

 この像は何を言っているのか。カクの額に目に見えてじわりと脂汗が滲み始めた。かなり動揺している。

「嫌……嫌じゃ。よさんか、それだけは……」

 カクにとって帽子とは、大仰な言い方になるが大袈裟でなく彼の一部と言ってもいい。ただ生きるだけなら必要不可欠なものではないが、確かにそれと共に生きてきた。それはルッチで言うハットリのようなものであり、カリファにとっての眼鏡のようなもの。物心ついた頃から彼の側には帽子があり、CP9に就いてからもガレーラに潜入しても支給された帽子を被り、そしてきっとこれから先も帽子を着けて生きていくのだろう。

 この場に替えがあるならまだしも、碌に荷物も持てずに身一つで島に来ることになり、島に来てからも様々な物を奪われていったカクにとって、帽子は下着と同じくらい、彼の心の最後の砦になるものだった。なくなったところで死にも弱りもしないが、間違いなく折れる遠因にはなり得る。それを自分の手で汚せと言うのだ。それは自傷にも近しい行為だった。

(わしは……わしはどうしたら……)

 それでも体は命令に従い、ゆっくりと頭上の帽子のつばを取り、内側を上にして地面に置き出す。手放したのは自分なのに、己の手から離れていく帽子を絶望に満ちた目で見つめるカクの顔は、他人や親に大事なものを奪われ捨てられる子供のような表情をしていた。

『じゃ♡おしっこしーしー♡しよっか♡ちゃんと帽子に当ててね♡』

 女神像の声に合わせ、カクの手は彼の隠部を柔く掴み出す。意識するほど尿意を感じていた訳ではなかったものの、腹に力を込めていればその内排泄を察した下腹部が重くなり始め、ショロショロと軽い水音を立てて淡く黄色い液体が溢れ出した。

「ふっ……ぅ……」

 ガレーラカンパニーの清廉さを表すような真っ白なキャップが、他の誰でもない持ち主のカクの手によって、濁った黄色へと色を変えられていく。染み込みきれない尿が内側に溜まり、帽子の中で小さな池を作った。カクが尿を出し切る頃には、中もつばも外側まで、白い部分が見当たらないほどに薄汚い黄色が染み込んでしまっていた。これでは洗ったところできっとシミになってしまうだろう。臭いだって取れるかどうか。潜入した当初笑ってこれを渡してくれた気のいい船大工達の顔が目に浮かび、罪悪感がカクを襲う。

『おしっこしーしー♡ちゃんと出来たね♡全部帽子に出せて偉〜い♡』

 まるで子供に躾をするように優しい声色で誉めてくる女神像に、一体どんな顔をすればいいのか分からなくなって、カクは無惨に汚された帽子を前に言葉も出せずに俯く。それでも像は情けや休憩など与えてはくれない。彼女の命令はカクを更に驚かせ、また苦しめるものだった。

『その帽子また被ろっか♡』

 カクは濡れて汚れ切った帽子を見つめながらぎゅっと目を見開く。キャップの中には今も彼自身の尿が溜まっていて、僅かな湯気と強いアンモニア臭が漂っている。

『おしっこ捨てちゃ駄目だよ♡溢さないように着けてね♡大事なものなんでしょ?♡被れるよね♡』

 像はどこまで自分の尊厳を捨てさせれば気が済むのだろう。拾い上げた帽子は外側まで温かく湿っていて、染み込んだ尿がポタポタと天頂から垂れている。胸元まで近付けると酷い臭いで咽せ返りそうになった。中に溜まった生温い液体がカクの震えで水面を揺らす。いっそこの震えで全て零してしまえたら。

『被って♡』

「……ウゥッ!」

 目を瞑って一気に帽子を被り直す。ビシャッ、と水を引っ被る音と共に、髪の毛から顔や肩まで温い液体が濡らし、泣きたくなるような悪臭を放ってカクの体を汚していった。温かった体液は外気に触れて広がったことで急速に冷えていき、それがまた不快感を増させる。目に沁みる。傷に沁みる。心がズタズタに引き裂かれていく。目を開けられず、口も開けず、手で拭うことも出来ないまま、帽子と髪の間で蒸れ、顎の先や腕を伝う冷たい尿を、ただ黙って耐えるしかなかった。

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