師直直義 お姫様抱っこ
ぐぬぬ直義のレスくださった方ありがとう…ありがとう…おかげ様で妄想を最後まで形に出来ました
土御門東洞院内裏のとある殿舎でのことだった
どなたの飼い猫が逃げ出して来たのだろうか、白い毛の子猫が直義の足元をするりと掠める
危うく踏み付けてしまいそうになって、避けようとして崩れた体勢を無理に立て直そうとしたのが不味かった
右足に鈍い痛みが走る
直義は側の几帳の陰に隠れ、腰を下ろした
足首を確かめると、踝の下辺りがやや赤く腫れている
捻っただけだろうと見当を付けるが、痛みはしばらく引きそうになかった
今のところ辺りに人の気配はないようだ
しかしいつまでもこうしてはいられない
こんな情けない姿を誰かに見られでもしたら…
途方に暮れる直義の耳に、軋む床板の音、それから聞き慣れた声が届いた
几帳の綻びからそっと簀子縁を覗く
足利家執事の高師直と婆娑羅大名として名高い佐々木道誉が連れ立って歩いている
「それはもう選り取り見取りですぞ」
「人妻はいるのだろうな」
「ええ、ええ、もちろん。瑞々しい新妻から艶やかな熟女妻、未亡人の尼御前、何れも高貴なお家柄の美女ばかり」
「ふむ」
あの二人、また良からぬ事を企んでいるな…
何が「ふむ」だ、師直の奴…!
「それでは日程は後日ご連絡差し上げます」
「ああ…だが、くれぐれも直義様の耳には入らぬように」
「神仏も皇族も全く恐れぬ師直殿でも、流石に尊氏様の御舎弟様には睨まれたくありませんか」
「きゃんきゃん煩くて敵わんからな」
「はっはっはっ!天下の副将軍を子犬呼ばわりとはさすが師直殿ですな!」
道誉の姿が見えなくなるのを待って、直義は懐の帖紙を丸めて師直の頭目掛けて投げ付けた
すこんと面白いように命中し、師直の冠がずれる
今にも人を殺めそうな険しい目がこちらを向く
直義は檜扇を几帳の外に出して見せた
この扇は尊氏からもらったもので、足利二つ引きの置紋が白糸で刺繍されている
「こんな所で何をなさっておいでか」
心底呆れた顔で師直がこちらを見下ろす
その袖を引いて、直義は師直を庇の奥に引っ張り込んだ
「足を挫いて動けない。何とかしてくれ」
「はて。何とかとは…」
「一目に付かぬよう、私を屋敷まで送り届けよ」
師直は惚けて厄介ごとから逃げ出そうとしているが、そうはさせまいと強めに命ずる
大きく長い溜め息を吐いて、師直が冠の位置を正す
「…では、すぐに拙者の馴染みの女官を連れて参ります」
「何?」
「その女官に変装の支度をさせます。女の形であれば、誰も直義様とは気付きますまい。袍を脱いで、髪を下ろし、小袿を羽織るだけで、あなたならそれらしく見えましょう」
「なっ……」
帝の座す御所で衣冠を脱ぐ?
女装をする?
あ、あり得ないだろう!
「葡萄染に花菱紋の小袖などよろしいでしょうな。あなたの白い肌に良く合い、品の良さが引き立つ」
「馬鹿を言うな!私の顔を知っている者に万が一出会したら…」
「そんな時のための衵扇でしょう」
「………」
当然のように答えられ、閉口する
このままでは女装させられてしまう…それは絶対に嫌だ
しかし代替案が思い浮かばない
「では」
「ま、待て、師直!……っ、痛っ……」
力み過ぎて足が痛んだ
「…まずは傷の処置が先ですな。患所は?」
「右足首だ」
指貫を少し捲って見せる
「…………」
「…………」
「…………」
「………?」
「…………」
「……師直?」
なんなのだろうかこの間は…
首を傾げ、師直を見上げる
いつも通りの表情の乏しい何を考えているのかよくわからない顔をしている
調べ辛いのかと思って、更に裾を上げてみる
一つ咳払いをした師直が懐中から包帯を取り出した
いつも包帯を携帯しているのか、と彼の周到さに感心する
脹ら脛を掴み上げられ、もう片方の手で怪我の程度を改められる
「…っ」
「ふむ…軽度の捻挫ですな。安静にしていればその内腫れも引くでしょう」
包帯でキツめに固定される
直義はほっと息を吐いた
器用に巻かれた包帯を撫で、師直に礼を言う
それには反応せずに立ち上がった師直が「準備して参ります」と言い残して去ろうとするのを慌てて止める
「女装は嫌だ…!」
「駄々をこねないでいただきたい」
「嫌なものは嫌だ」
「…では残る手段は一つのみ」
他の方法があるのかと気を緩めた直義を師直が横向きに抱き上げて歩き出す
「!?…何をする!?離せ……っ!!」
「大声を出されますと悪目立ちしますぞ」
「っ!!」
直義は奥歯を噛んで押し黙るしかなかった
往来に出る前に師直の胸に顔を埋め、更に袖で覆い隠す
羞恥に耳まで熱くなった
こんな運び方では余計目立つだろう!だとか肩を貸してくれるだけで充分だったのではないか!だとか相変わらず逞しい胸筋だな!だとか言ってやりたいことが多々あったがひたすら我慢した
今はこの場から離れることが最優先だ
騒つく人々の声は聞かなかったことにした
護衛を務めると言う師直に頷いた
輿に押し込まれ、揺られている内に、気疲れしていた直義はすっかり寝入ってしまった
その行き先が師直の屋敷だということも知らずに…