師と弟子の話
「師匠、ただいま戻りました」
「ああ、おかえりなさい沖田君。大阪への出張お疲れさまでした」
縁側で茶をすすっていた彼はそう言うと、沖田へ座るよう促しながら立ち上がる。
その足で台所へ行くと沖田の分の茶を入れ、買っておいたどら焼きを取り出すと盆に乗せ縁側へと戻ってくる。
「ご苦労さまです。これは特別ですよ」
「やった!ありがとうございます、師匠!」
パッと表情を輝かせた甘味好きの弟子へそっと盆を差し出し、彼女が美味しそうに菓子を食べ茶を飲む様子を彼はニコニコしながら見守る。
そうして沖田が一息ついたところで、彼は口を開いた。
「大阪はどうでした?また芹沢さんが騒ぎを起こしたのは聞きましたが」
「そうなんですよ師匠。あの人、橋でお相撲さん斬っちゃったんですよ。それもいきなり」
「ああ…やっぱりそれ本当だったんですね」
「え、もう京で噂になってるんですか?」
「はい。その後小野川部屋の力士達と大喧嘩になったことも」
「うわぁ。じゃあ私達壬生浪士組の評判最悪じゃありません?」
「隊服着て買い物に行ったら店主が慌てて店じまいする程度には」
「ゆすりたかりする連中と同じような眼で見られてるじゃないですか!やだー!」
全くもって沖田の言う通りだ。
そういった連中を取り締まるはずの自分達だが、今の現状はそれらよりタチの悪い集団としか言いようがない。
思わず苦笑いを浮かべていると、茶をすすり喉を潤した沖田が彼の顔をジッと認めながら口を開いた。
「それで、師匠は殺すんですか?芹沢さんのこと」
「そうですね…まあ、殺さないといけませんね。あの人」
「ですよね、師匠の性格的に」
「性分ですからねえ、これは。私にも如何ともし難いです」
事もなげにそう言った弟子に対し、師もまた何でも無いことの様に答えた。
「まあ立場が立場なので殺すにしても色々考えないといけませんが」
「そうですね。芹沢さんは筆頭局長で、師匠は平ですし。平ですし。ひ・ら、ですし」
「なんで平なことを三段突きしてくるんですか!?」
心底衝撃を受けた表情をする師に向けて、沖田は勝ち誇った様に胸を張りながら渾身のドヤ顔をして見せる。
「私、副長助勤。師匠、平」
「ううう…子供の頃はあんなに可愛らしく純粋だった沖田君の性格が悪く…」
「失礼な!今でも沖田さんは可愛らしい美少女ですよ!」
「見た目は確かにそうですけど中身がまるで土方さんのように…」
「中身も汚れなき美少女ですけど!?むっつり女好きの師匠と違ってまごうことなき乙女ですけど!?」
「女好きじゃありませんよ私!人並みです、人並み!それこそ土方さんじゃないんですから!」
「だいたい見た目と中身で言うなら、剣術に一途で格好良くて爽やかだった師匠は何処行ったんですか!」
「私は試衛館塾頭、天然理心流門下生として今も剣術に一途ですよ!?」
ギャーギャー声を上げて騒ぎ出す師弟。
先程までの話を忘れたかのように見えるが、そうではない。
彼は芹沢をいずれ殺すと決めた。
彼女は師が芹沢をいずれ殺すことを察し確認を取った。
しかし、この師弟にとってそれはただそれだけの話であり重大なことではない。
殺すと決めた。だから殺す。ただそれだけの話。
この師弟にとって、筆頭局長であり嫌っているわけでもない相手を殺すというのは────
────ただ、それだけの話なのだ。