希望の先に
「本当に、ごめんなさい。本当にいいところだったのに、希望が見えたのに、最後まで走りきれなかった…。」
病室のベッドの中で目覚めた彼女はポツリと呟いた。幸い身体に異常は見つからなかったものの、病室で眠る彼女の顔はいつもより青白く見え、僕は彼女が目を覚ますまで、握った手を離すことが出来なかった。
「沢山の人が応援してくれて、嬉しかった。走っているとき、足がすごい軽くて………っなのに…」
ベッドの上の見舞いの品を見ながら彼女は握られた手をさらに強く握り返した。
レースの後というのにすぐに病室へ駆けつけてくれた後輩ウマ娘たちや青冷めた表情で検査が終えるまでの時間待ち続けてくれた彼女の同期たちのメッセージを暫く眺め、目を伏せた。
「…………」
「………だけど、」
彼女は伏せていた顔を上げた。切れ長で深い海のように神秘的な瞳が僕の顔をじっと見つめる。
「あなたが助けてくれて、私…本当に本当に感謝しています。
レースの時、私よりも前の子たちが次々とゴールしていってしまって、コースにいるのは私一人だけ。世界にたった一人しかいない孤独な世界にいるような気がして、目の前が真っ暗になっていった。そんな世界であなたは手を伸ばして掬い上げてくれた。涙が出るくらい嬉しかったんです」
あぁ、やめてくれ。レースの前日に「次こそは一着をあなたに届けてきます!」と意気込んでいた彼女の表情を思い出したら目の前がじわりと滲んできた。
僕は君をゴールの手前で止めてしまった。
後、数センチ。数センチ前へ出ていれば、大差であれ着順が出ていたはずなんだ。
一着どころか、僕の手でゴールすることすら叶わなかったんだ。
泣きそうになる僕の顔を、彼女はじっと見つめたまま、握っている手を解く。
再度、今度はお互いの指を交差するように握った。
何か言いたげに口を何度か開きかけるが、それ以降彼女は何も話すことはなかった。
彼女は僕の気持ちを察していたのだろうか。
「また彼女と勝ちたい」という僕の願いは次第に違うものへと変化していっていた。
決して強くない身体。それでも彼女は一生懸命だった。勝ちが難しいレースでも、必死に脚を動かしていた。
身を削ってレースに挑むその姿が、次にターフで見たときにそのまま帰ってこなくなる気がして怖くてたまらなくなったのだ。