『希望』とイウ名のウソが終わッタ日

『希望』とイウ名のウソが終わッタ日


ある昼下がり。

マホロアは『ソレ』と一緒に散歩に出ていた。

『ソレ』はあるときこの世界に現れた、別の世界の『マホロア』。マスタークラウンにソウルを吸い尽くされた成れの果て。


「たまにはウンドウもしないとネェ」


そんな『マホロアだったもの』は言葉らしい言葉も満足に話せず、移動手段も地べたを這いずり回るだけ。

彼に運動能力を取り戻させるためにも、マホロアはたまにこうして外に連れ出している。


――とはいえ、それもイミがあるのかドウダカ。


「…アレ? アッ、忘レ物しちゃっタァ!」


なんとなく考え事をしていたせいか、マホロアは大変な忘れ物をしていたことに気づく。

今日は散歩ついでにカービィへ商品の配達もするつもりだったのだ。

……もちろん、元々マホロアが知る方の『カービィ』のことではない。ハンターをやっている、この世界のカービィだ。


「ウーン、ドウしようカ…」


マホロアは少し考え込む。

のろのろと這いずる彼と一緒に道を引き返すのは時間がかかりすぎる。

とはいえ今日の商品は大荷物。彼を抱えていては荷物が持てない。


「…チョットだけ、まっててネェ」


このあたりは特に危険はない。

とても大人しい彼は一人で勝手に動き回ったりはしないし、迷子になることはないだろう。

ちょうど差しかかったこの丘と一本の木は、目印になって遠くからも見つけやすく、マホロア自身が見失うこともないはず。


マホロアは木陰に彼を待たせ、一人で荷物を取りに行くことにした。


「ウー」


彼はマホロアの言葉を理解しているのかしていないのか、返事のような声を返した。


★ ★ ★


クラウンから解放された『マホロア』を育て始めてから、もう随分と経つ。


打ち捨てられてうめき声を上げるだけだった『ソレ』をつい連れ帰れば、カービィやワドルディたちは興味津々に近寄ってきた。

そしてどういうわけか、マホロア自身が『ソレ』の世話をすることになって。


『ねぇ! このこの名前はなんていうの?』


『エ!? エェート、ソレはネェ…』


蘇る記憶。


――ドウシテ、『希望』だなんて名づけちゃったんダロウ。


――マポップ。


彼の傷も癒え、赤ん坊のような声ながらもマホロアたちに向けて呼びかけることができるようになってきた頃。

きらきらした目で見つめるカービィに詰め寄られ、マホロアが咄嗟に付けてしまったのは『希望』を意味するその名前だった。


――イマとなっては、ザンコクすぎるナ。


最初に異変に気づいたのは、ある朝。

起きてすぐ、なんとなく感じた違和感。それはマポップの様子がいつもと違うせいだった。

昨日までは、起きるとマホロアのことをたどたどしく『マ、ホ、ア』とか呼んで、這いずり寄ってきたはず。

それが「アー」とか「ウー」しか言わず、ずっと寝床でぼーっとしている。


――チョウシでも悪いノカナ?

そのときはそう思った。


数週間すればマポップはまた、マホロアにくっつき回り、たどたどしく呼びかけてくるようになる。

そしてしばらく経って、またぼんやりし始める。


調子に波があるのかと思ったが、そうではなかった。


マホロアはマポップと生活する中、彼に言葉や文字を教える時間を取っていた。

だがマポップの学習は遅々として進展しない。

いや、違う。一度は覚えたはずなのだ。

だが、期間が経つとまるでリセットされたかのように、振り出しに戻る。


何か嫌な予感を覚え、思い起こしてみれば言葉も、運動能力も、マホロアたちへの態度も、同時期に振り出しへ戻っているのではないかと気づく。

――ぞっと背筋が冷えた。


まさかと思いマポップの体を詳しく調べたマホロアは絶句する。

彼の体内にはマスタークラウンの残渣が残っていた。

それがマポップの枯渇しきったソウルに寄生し、枯れたソウルがわずかに再生する傍から喰い荒らしていたのだ。


マホロアは絶望した。

マポップのソウルに深く食い込んだクラウンの残渣は、取り出そうとすれば彼のソウルをずたずたに傷つけることは避けられなかった。

枯渇し弱ったソウルへのダメージをマポップは耐えられない。どうやったってソウルを致命的に破壊され、マポップは確実に命を落とす。


マホロアには、どうすることもできなかった。


幸いと言っていいのか、彼の中に残ったクラウンの残渣が力を取り戻す兆しはない。

マポップから啜れる搾り滓のようなソウルでは、すぐにエネルギーとして消費してしまうのだろう。

このまま何もしなくても、これ以上悪くもならないし、良くもならない。


だが、彼は今もクラウンに蝕まれる苦痛を受け続けているのだ。

マホロア自身もその身で味わった苦しみ。

体を端からじりじりと削ぎ落とされ、貪られていくようなあの感触。自分そのものであるソウルを啜り取られる激痛。


――いっそ楽にしてあげた方がいいのではないか。

そう思ったのは一度や二度ではない。

それなのにマホロアは、決断を下せないでいた。


毎日毎日、何も知らずにマポップに構って楽しそうに笑うカービィたちから目を背けたくなる日々。


マポップはクラウンにソウルを啜られるたび記憶も啜り取られ、マホロアのこともカービィたちのことも忘れてしまっているはずなのだ。

ただ、元々喋れないマポップだからこそ、鈍感なカービィたちは気づかない。

万一様子がおかしいと言われても、拍子抜けするほどの能天気たちだ。『キョウはちょっとキゲンわるいのカナァ?』だとかマホロアが言えばあっさり納得してくれた。


この『平穏』は、継続可能だった。

停滞した『絶望』がそこにあった。


★ ★ ★


「……」


マポップを置いて一人でよろずやに帰ったマホロアは、一人物思いに耽り、ぼんやりと動きを止めてしまっていた。


自分が無意識にマポップのことから目を逸らし、一人になりたかったことに気づく。


「――イケナイ、イケナイ」


けれど、いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。


配達には行かなきゃいけないし、そこまで心配ないとはいえ、彼をあまり一人にしておくわけにもいかない。


配達の商品を準備し、荷物をまとめてマホロアは出発する。


……しばらくすればマポップを置いてきた丘が見えてくる。

その丘の上、ピンク色の背中が見えた。


――アァ、カービィカァ。


どうやら配達の手間は省けそうだ。


――アノコがひとりダッタカラ、見ててくれたノカナァ?


そう思っていた。

けれど、もう少し歩いて距離が縮まってから、何かが違うとマホロアは感じた。


草原に吹き抜ける風で大きくはためく帽子。

そのカービィは、ソードを手に持っていた。


――マホロアは、カービィが今その剣を振り切った後なのだと疑いもなく思った。

何故だろう。

思い出す。

剣を振り切った姿勢で静止した、勇ましくもどこか寂しげなピンクの戦士のその後ろ姿は――。

マホロアにとってどうしようもなく、見覚えのある光景だったから。


――爆ぜる視界。

疲弊した体は全身を切り裂かれ、耐え難い痛みを訴える。

そのまま全身から力が抜け、冠によって与えられた強大な力は失われていく。それが自然な事象のはずだった。

それなのに不自然に力が満ち溢れ、その力によってマホロアの意識は塗り潰されていく。

真っ白に染まっていく視界の中で、マホロアは憎しみと、それ以外の何かの感情を持って、その背中を確かに見ていた。

――たった今自分を切り捨てたその戦士の背中を。


「――――ァ」


――マホロアが思わず荷物を取り落とし、小さく声を上げたことで、丘の上にいたカービィが振り向いた。

その表情が信じられないものを見た驚愕に染まっていく。


「マ、ホロア…? …え……」


「カービィ…?」


――『カービィ』なんだと思った。


マホロアのトモダチである、カービィ。

マホロアが騙し、戦い、そしてマホロアを斬り捨てた、星のカービィ。


――ボクを探してコーンナところまでワザワザきたノォ? キミってホーントおひとよしダヨネェ!


思わず口をついて出てきそうになった言葉がすんでのところで止まる。


「……あぁ、そっか。そっか、そうだよね」


だって、悲しげに何か納得するように頷いたカービィが見ていた『マホロア』は、自分じゃなかったから。


「あのマホロアもぼくも、別の世界からここに来たんだもん」


カービィがソードのコピー能力を解除し、その帽子も剣も掻き消える。

見慣れたまんまるなピンク色の姿で言った。


「きみはこの世界の『マホロア』?」


初対面の相手に向ける顔で言った。


「――ソッカ」


その言葉ですべてを理解した。


――無意識にマホロアが目を逸らしていたこと。

この付近にいるはずのマポップがどこにも見当たらない。

そしてカービィが大事そうに抱える布切れ。マホロアには見覚えがある。

いや、見覚えがあるどころの話じゃない。

マホロアには一目見ただけでわかる。

その布でマポップの服を作ったマホロアには。


――マポップは、カービィに解放シテもらったんダネェ。


すとん、と胸に落ちるような理解は、マホロアにとって案外あっさりとしたものだった。


「…ウウン、ボクもベツの世界からココにやってきたカラネェ。

 ココとも、キミとアノ小さなマホロアとも、ベツの世界。ソコでの『キミ』とトモダチの、マホロアダヨォ」


マホロアはカービィの問いに答える。


「そうなんだ…。……あれ、小さなマホロアって…もしかして知ってたの…? それじゃあ…」


存外にも察しの良かったカービィは、辛そうな顔をして布切れに目を落とした。


「そうダヨ。ボクはかれのシリアイ。

 トイウカ、かれをミツケタのも、かれをズット世話シテタのも、かれにそのフクをツクったのも、ボクナンダ」


だから肯定してやった。


「サイショはうめき声上げてボーッとするしかデキなかったンダヨォ? ソレがタドタドしくボクの名前をヨボウとスルようにナッテェ…

 コノ世界のカービィやワドルディたちともタクサンアソんで、コトバのおベンキョウもシテタンダ」


ついでにマポップとの日々を話してやれば、そのたびにカービィの顔がどんどん泣き出しそうに曇っていく。

マホロアが元の世界で見たままの、カービィの星空みたいな瞳が潤んで、彼が悲しむほどに煌めきを増すようだ。


「…ごめ――」


カービィが謝ろうと口を開いた瞬間、マホロアは言った。


「――アリガトネェ」


「……え…?」


カービィは、涙をこらえすぎてきらきらした目をぱちくりさせて、わけがわからないという顔。

――マホロアは、カービィのこの顔が見たかったのかもしれない。


「かれはオボえるソバからワスれてイッタヨ。

 コトバも、モジも、カラダのうごかしカタも、ボクらのコトも」


「…そんな……」


カービィは絶句する。


「かれはネ、タイナイに残ったマスタークラウンに、ソウルをエサにされてたンダ」


「…だからマホロアは苦しそうにしてたんだ」


納得したように言うカービィの言葉に、マホロアは内心で驚いていた。

マポップが苦しんでいたことには、この世界のカービィたちは気づかなかった。

マホロア自身でさえも、気づいたのはかなり経ってからのこと。

それをこのカービィは、最初に見ただけで理解したのだろうか。

……それに対してどうだとか、殊更話題に出してカービィに伝えようとは思わないけれど。


「マホロア、ぼく謝らなきゃ。おわかれも言わせてあげられなくて、ほんとうにごめんね。

 …こっちのカービィやワドルディにも、やっぱりごめんなさいしに行かないと」


「ヤメトキナヨォ、わざわざツラい思いサセルツモリィ? メンドウだし、ボクからかれはモトいたバショに帰ったッテ言っておくヨォ」


まっすぐな目で訴えるカービィの提案を切って捨てる。

カービィはうつむいた。


「アァ、もしかしてボクのコトもシンパイしてくれテルノォ? カービィ」


返事のないカービィに、マホロアは言った。


「ヘイキヘイキ、ボクはむしろ…セイセイしてるぐらいナンダ!」


それはふと出来心で、つい口をついた言葉。


「かれはホント〜に手がかかるし、ズーットセイチョウしないでそのままなんダヨォ? そんなの世話スルほうはもうウンザリだヨネッ!」


そうなれば言葉の続きはいくらでも出てきた。


「ソウ、ボクはズット…メンドウだったンダ。

 デモ、ボクがアノコになにかシタってバレたら、ココでの立場がなくなっちゃうデショォ?

 だからキミが、かれをけしてくれテ…、ホ〜ント、カンシャするヨォ! クックク…。アリガトネ、カービィ!」


「…マホロア……」


「ソウダ、ミンナってばアノコのコト、いつもアカチャンみたいにあつかうンダカラァ、ホントのオヤが見つかって親元にかえしたトカ言えば、きっとナットクしてくれるネッ。

 コレでもうダーレモシンパイしないヨォ。メイアンダナァ、ヨカッタヨカッタ」


捲し立て、マホロアはポンポンと手袋を打ち合わせて笑って見せる。


「……やっぱり、こっちのマホロアもすごいうそつきだ」


カービィは低く呟いた。


「ヒトギキわるいナァ。コレはミンナのタメを思ったウソなんダカラ。ククック!」


「…ううん、そのことだけじゃないよ。

 ――きみ、ほんとうはあのマホロアのこと、だいすきだったんでしょ」


「――エ?」


――どこをどう聞けばそんな風に受け取れるんだろう。


確かに消してしまいたかったとまで言ったのは、カービィをからかうためのウソ。

けれど、マホロアが彼の世話を面倒に思っていたのは本当なのだ。


だいたい、『大好き』なんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。

――別の運命を辿った自分自身の惨めな成れの果て。

目を逸らしたくなりこそすれ、好きになれるなんてありえない。


ただ今にも消えそうな『自分だったもの』から、マホロアは目を離すことができなかった。

それで連れ帰ってしまったのがそもそもの間違いだった。

……連れ帰ってどうしようと特に考えていたわけじゃない。

ただ、彼を見たカービィやワドルディたちから、マホロアが考えていた以上に関心を持たれ、心配されてしまい……あれよあれよという間に、マホロアが世話をするしかなくなっていた。


ボロボロの彼を看病するのにもひどく手間と根気がかかった。

弱りきり、溶け崩れそうな体を保ってやるため、魔法を使って試行錯誤した。細心の注意を払って行わなければいけないそれには、ひどく神経を擦り減らされた。

常に気にかけていないとすぐに死にそうになる弱い弱い自分。

物を食べることすら自分一人ではできず、普通の食べ物を喉に詰まらせ死にそうになる。

彼のためにリンゴをペースト状に潰したり、魔力を練り込んだりしながら、自力で生きることすらできない自分自身が存在すること自体に、嫌気が差した。


彼が回復してからも苦労ばかりだった。

ボロボロの服のままにしておくわけにもいかず、よろずやとしての仕事の時間を削り、彼専用の服を縫った。

彼は元気を取り戻してからはやたらとくっつき回ってきて邪魔だったし、だからといって引き離せば、アウアウ言いながら這いずり回り、なんでも口に入れようとするから危なくて目を離していられない。

『マホロア、おかあさんみたい』なんてカービィに言われてとても微妙な気持ちになった。

自分が自分の親なんていうのも馬鹿馬鹿しくて仕方ないし、別の自分が赤ん坊のように扱われるのも面白くはなかった。


それでもマホロアは毎日毎日彼の世話をしたし、彼とともに寝起きした。

彼はカービィたちにたくさん可愛がられ、ご飯を食べさせてもらったり、たくさん遊んでもらったりしていた。


――クラウンにすべてを奪われた、もしもの自分の成れの果て。『ソレ』にも未来はあるのだろうか。

だとすれば『ソレ』の未来は――。


カービィに名前を訊ねられたとき、「マポップ」――『希望』だなんて名付けてしまったのは、もしかすると願いだったのだろうか。

だんだんと、心と感情、体力、わずかな知性を取り戻していく彼の未来への。


――そして。


――そしてそれはすべて、意味がないことだった。


……。


……。


……本当はとっくにわかっていた。


「……ボクは、ナントモ思ってないンダヨ」


それでもマホロアは――虚言の魔術師はそう紡いだ。


「だからナンニモ気にしなくてイインダヨ、カービィ」


マホロアは笑う。

カービィは笑わなかった。


「ごめんなさい」


「謝るヒツヨウはナイヨ」


「きみはあのマホロアと、ずっと一緒にいたかったんでしょ?」


「ソンナわけないにキマッテンジャン!」


「うそだ。とっても大事にしてたに決まってる。…ごめんなさい。

 そして、ぼくのともだちを大事にしてくれて、ほんとうにありがとう」


カービィはマホロアの言い分を無視して、まっすぐな目で感謝を伝えた。


「…………」


マホロアは少し黙って、考えた。

なんと言ってやるかを考えて、考えて……。


「……ア〜ア。ボク、バカみたいジャン。カービィもダマせないナンテさ!

 ……もう、イイヤ。ソレで」


脱力して呟いた。


「……ずっとイッショにいたカッタ…か。ウウン、どうダロウネ。

 タダ、なんだかボクはケッシンがつかなかったダケナンダァ」


結局今でもマホロアから彼への思いの本当のところは、はっきりとはわからないままだ。

わからないままで、永遠に進まなくなって、そして終わったんだ。


「マホロアは、優しいね」


カービィは寂しそうに笑った。


「――――」


見たことのないカービィの表情に、気を取られたマホロアは否定の返答をするタイミングを逃してしまった。


「それでもぼくは、ぼくのしたことを間違いだとは思わないよ」


次に彼が口を開いたときには、カービィらしくなかった儚さはウソのように掻き消えて。彼は迷いなく、静かに、けれどまっすぐな剣のような信念を感じさせる声で言った。


――アァ、カービィは、ナニがあってもかれをカイホウしてくれたンダナァ。


「……ボクも、キミでヨカッタと思ウヨ。

 ……ゴメンネェ。キミのトモダチを苦しめテ。

 …ナニモできなかったボクのカワリに、かれをカイホウしてクレテ…アリガトネェ」


言葉はごく自然にマホロアの口を出ていた。

自分でも、こんなにあっさりとそんな言葉を言えるだなんて、驚きだった。

『ゴメンネ』と、『アリガトウ』の本当の意味。それを伝えることができたマホロアに、カービィは優しい微笑みを向ける。

その微笑みは、本来自分のものではないことを忘れるぐらい、優しかった。


「――アァ、ホント〜にマポップはシアワセモノダナァ」


ぽろりと口から出た言葉。


「――マポップ?」


カービィはきょとんとした顔をする。

――しまった、まさかこんな失言をしてしまうなんて。

彼の名前はカービィには伝えないつもりだったけれど、こうなってしまってはもう言うしかない。


「アー……ボクもマホロアなんダカラ、アノコをドウよんだラいいカ、迷うデショォ?

 かれがモトモト『マホロア』ダナンテ、ココではボクしか知らないシネェ。

 コノ世界のカービィに名前を聞かれチャッテェ…ソレデ、『マポップ』ッテ…」


「マホロアが名づけたんだね」


カービィは微笑んで頷く。

あまり言いたくはなかった。


「……『マポップ』ッテイウのはネ、…『希望』って意味ナンダ。

 ――オカシイデショ? バカだヨネ、ヒニクにもホドがアルヨネッ。ホーント、ドウシテコンナ名前付けチャッタンだろうネェ!」


そんな自分が恥ずかしくて惨めで、ヤケクソになって早口で言葉を畳み掛ける。

けれどもカービィはそれを聞いて、ゆっくりと笑って言った。


「希望――『マポップ』……。すごくいい名前だと思うよ」


「……」


もはやマホロアは、何も言えなかった。


「……ねぇ、マポップとどんなふうに過ごしてたか、聞いてもいい?」


そしてカービィはどこかわくわくした顔をして、マホロアに訊ねてきた。

マホロアは少し困って頭を掻いてから……、マポップと過ごした日々のことを話し始めた。

カービィに彼のことを返してあげるような心地で。

たくさんたくさん、喋って聞かせてあげた。

みんなでピクニックしたり、こっちでのカービィと、一緒にお昼寝したり、ご飯を分け合って食べたりしていたことを――。


☆ ★ ☆ ★


★ ☆ ★ ☆


「――ありがとう、マホロア。マポップのこと、いっぱい聞かせてくれて。

 ぼくのともだちに――マポップに『希望』をくれて、ありがとう。

 マポップはきっと、きみたちと過ごしてるあいだ、すっごく幸せだったと思うよ。ほんとうに、ありがとう」


そう言って笑うカービィに、マホロアはうまく言葉を返せなかった。

ずっと苦しめていたのに。それでも彼が幸せだったと、カービィは言うのだろうか。

彼を苦しみから解き放った、他ならぬ彼が、バカ正直な彼が言うのならそれは、紛れもない真実だろう。


「こっちのカービィと、ワドルディたちにも、いっぱいありがとうを言わなきゃ。

 …ごめんなさいを、しなきゃ」


カービィは優しく穏やかな顔をして、でもそれから、固い決意を持った目をした。

マホロアは、なんだかどうしてもそれを止めなきゃいけないような気がした。


「ヤメテヨォ、カービィ。

 ボクらがソレをツタエなきゃ、かれらのなかではアノ楽しいヒビがシンジツのままナンダヨ」


「マポップがいなくなっちゃっても、楽しかったときはなくなったりしないよ」


カービィはまっすぐに答える。

きっとその通りなんだろう。正直者なカービィの答えは正しい。

けれど、ウソつきの答えはそれと違う。


「――ウソでも『希望』のままにさせてクレヨ」


――目をまんまるにするカービィの顔を見て初めて、マホロアは自分が感情を露わにしていたことに気づいた。


「……マポップは、ドコカ遠く、デモ、優しいカゾクとか、トモダチのいるトコロに帰ったンダ。

 かれらにとっては、マポップは『希望』のままナンダ。

 ……ボクは、ソレがイイ」


それが本当の気持ちだった気がする。


「――、――――。

 ――そっか。それなら、わかったよ」


カービィはじっとマホロアを見てから、頷いた。


「マホロアはほんとうにほんとうに、優しいなぁ」


「…………」


マホロアはカービィの言葉を否定することすらできなかった。


「――それじゃあ、ほかのだれかに会っちゃう前に、ぼくはいかなきゃ。

 ぼくはマホロアみたいにうそがうまくないなら、悲しませちゃう」


「…ソウダネェ」


「マホロア、返すよ。これはきみがマポップのために作ったものだから」


そう言ってカービィはマポップの服だった布切れを差し出す。


「ウウン、ダメダヨ。そんなズタズタのヌノキレ、ダレかにミツカッタラ、オカシイって思うデショォ?

 ……ボクらのウソが、オワッチャウ」


マホロアが首を振れば、カービィは悲しそうな顔をした。


「ソレはキミがモッテテ。キミのトモダチの形見ダヨ」


カービィは一度マホロアの方を見てから、布切れを大事そうに抱きしめる。少しの間、そのままそうしていた。


「――ねぇ、きみも……きみのもといた世界のカービィに会いたいって思う?」


「ボクはカービィのイチバンのトモダチだからネェ。ソリャア、ハヤク帰って会いに行ってアゲナキャ」


胸を張るマホロアに、カービィは少し嬉しそうに笑う。


「……デモ、キミがツレテってクレルっていうンナラ、いらないヨォ。

 ボクはジブンのチカラで帰るカラさ。まだココでヤラナキャいけないコトもあるしネェ」


「……それなら、おわかれだね」


カービィは小さく呟いて、じっとマホロアの方を見た。


「――ありがとう。

 あのね、ぼく…きみとおはなしできてよかったな」


まっすぐ、まっすぐに、マホロアが苦手に思っていたあの眩しい笑顔が向けられる。


「……ほんとうに、ぼくのともだちのマホロアそのままみたいなんだもん。

 うそつきで、いじわるで…でも、だいすきなぼくのともだちなんだ」


カービィの笑顔も、その瞳も、満天の星空みたいだった。


「アァ、キミもボクのトモダチそっくりで、マヌケ顔してルヨ、カービィ」


「……ひどいなぁ」


カービィは涙声で笑う。


「きみがマホロアに――マポップに希望をくれたから……ぼくはともだちと、いつかどこかでまた会えるよね」


「――ウン、会えるヨ」


根拠のないウソだった。


「ねぇ、きみはぜったい、ともだちのところへぶじに帰って、会いに行ってあげてね。きっと、とっても心配して待ってるから――」


「アア、もちろんソウするヨォ。あのおひとよしを安心させてアゲナイと、カワイソウだモンネェ!」


きっと限りなく近い世界の住人だったカービィがそう言うのなら、マホロアは絶対にまた彼とトモダチになれる。


「――きみの一番のともだちはぼくじゃないけれど、ぼくたちも、もうともだちだよ」


最後にカービィはそう言った。


「またね」


「――アァ、ホントウにキミは、おひとよしダナァ」


★ ★ ★ ★


一人になったマホロアは、この世界のカービィの元へと配達に行く。


時刻はすっかり遅くなってしまっても、呑気に寝ていたカービィは気にしたりしない。


「あれ。きょう、マポップはいないの?」


――そしてマホロアは、カービィに希望いっぱいのウソの話をした。


fin.

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