差し伸べられた手を握り締めて少女は歩く

差し伸べられた手を握り締めて少女は歩く

Nera

真夜中の民家の中で彷徨う少年と少女が居た。

黒髪の少年は紅白の髪型の少女に手を繋がれて先導されている。



「ごめん、1人だと寂しくて…」

「もうルフィったら!夜中にトイレに行けないなんて!」



そう言いつつもウタは風の音や何か物が崩れる音に反応する。

角灯で前を明るく照らしてルフィをトイレに先導しているのにこの有様。

2歳上のお姉ちゃんとして弟を導いてやらないといけない。



「なあウタ、やっぱおれ1人で行くよ!」

「ダメ!なにかあったら大変でしょ!?」

「でもよ!もうトイレに着いたぞ」

「わかった、トイレの前を見張っているから入ってきなよ」



こうしてルフィはトイレに入ってウタはそれまで待機する事となった。

ルフィがトイレに籠って数分経った頃だろうか。

何か物音がして耳を澄ませると何かが近づいてくる気配がする。

照明はルフィに貸してしまった為、真っ暗な中で何も見えない。

恐怖で怯えたウタはトイレに籠ったルフィに泣きついた。



「ねえルフィ!!そろそろ出てきなよ!!」

「まだだ!先に帰ってくれよ、帰りは1人でいいから!」

「こんな暗闇で1人で帰れるわけないでしょ!!」



ルフィとの会話で不安を吹き飛ばそうとするが物音はどんどん迫って来る。

ハァハァという何かに興奮して息を漏らす声が聴こえてくる。

ウタはイヤホンを持ってこなかった事に本気で後悔した。



「ねえ…ルフィ!早く出てきてよ!!」



しかし彼からの返答がなく何度話しかけても同じだった。

まるで暗闇の中に置いて行かれたようである。



「嘘でしょ!?ルフィ!!出て来てよ!!」



トイレの戸を何度も叩いてルフィに助けを求める9歳児。

そんな可愛らしい彼女の元に忍び寄る影。



「なんだよ!手を洗ってたのに!ウタもトイレに行きたくなったのか?」



ウタがうるさいのでルフィは手を洗うのを中断してトイレから出て来た。

あまりにも名前を呼ぶのでウタもトイレに行きたくなったと彼は思った。

仕方なく手洗いを中途半端で済ませて出て来ると泣きそうなウタと出会った。



「ルフィ!!なんか居るの!!助けて!!」

「確かに犬が居るな!」



ウタの指差す方向にルフィが角灯を照らすとそこには犬が居た。

その犬は2人も認識があった。



「おっ!チキンレースで世話になった犬じゃん!」



ルフィが犬の頭を撫でていてウタは何だか恥ずかしくなった。

いつの間にかルフィに抱き着いており、まるで妹のようだ。

しかし、ルフィが頼もしく思えて安心してしまったのも事実。



「ん?トイレに行かないのか?」

「バカ!女の子に向かってそんな事言うなんて!デリカシーは無いの?」

「わりぃわりぃ、じゃあ帰るか!」

「私もトイレに行かせて…」



ウタはルフィから角灯を受け取ってトイレに籠った。

さきほどまでの恐怖で少しだけ下着が湿ってしまった。

ルフィにバレない様に念入りに拭いて用を済ませた。



「ただいま…」

「遅かったな!犬は帰っちまったぞ」



トイレから出てくると犬と触れ合えて満足したルフィが居た。

それを見て精神的に負けているとウタは自覚してしまった。



「一緒に帰ろ」

「おう!今度はおれが手を繋いで引っ張るよ」

「ありがとう」



差し伸べてきた7歳の少年の手は少しだけ湿ってて温かった。

「シャンクスの娘だから大丈夫、安心しなよ」って言った自分が恥ずかしい。

度胸があるルフィの方が海賊として大成していくだろう。

何とかお姉ちゃんムーブで誤魔化せたウタは2歳年下の少年と離れたくなかった。



「明日、フーシャ村から出るんだろ?」

「そうね、しばらくお別れになっちゃうね」

「また戻って来るって約束してくれるよな?」



ルフィの質問を聴いて寂しがっていると理解したウタ。

私が傍に居てあげないと可哀そうだと思ってしまった。



「決めた!私、シャンクスを説得してルフィを船に乗せてもらう」

「えっ!?いいのか!?」

「もちろん!こんな泣き虫を1人置いていくなんて私にはできないもん!」



実際は、こうやってルフィと手を握っていてウタは安心している。

もはやルフィから別れたくないのは彼女の方である。



「ウタは赤髪海賊団の音楽家だろう?おれは何の役目なんだ?」

「あんたは…海賊見習い!それで充分よ」

「そっか、海賊見習いか!」

「うん、ルフィならすぐに1人前の海賊になれるよ!」



ルフィの左頬に付いている傷が彼の覚悟の証。

シャンクスも赤髪海賊団もウタもルフィが覚悟を決めて短剣で負傷させた時!

パニックになってしまい、いい大人がマキノさんに泣きついたくらい動揺した。

今のルフィなら痛みですら我慢できるだろう。



「でも…おれはウタと同じ音楽家になりたいな」

「ルフィが?何をするの?」

「歌って踊って!太鼓を叩くんだ」

「あはははは!太鼓ならルフィでも演奏できそうだもんね」



ウタは、ルフィが夜中に太鼓を叩いて怒られた姿を思い浮かべた。

それを考えるだけで笑いが止まらない彼女。

もしかしたら無理なのかな…とルフィは拗ねたように黙り込んだ。



「大丈夫、ルフィなら赤髪海賊団の音楽家になれるよ」

「ホントか?」

「うん、赤髪海賊団の音楽家ウタが!認めてるんだよ!自信持ちなよ!」

「ししし!ありがとうな!」



ルフィとウタは寝室に戻った。

さっきまで別々に寝ていたがウタはルフィと添い寝をする事にした。

いきなり女の子が自分の布団に入ってきてルフィは驚いた。



「いいのか?見つかったらシャンクスに何か言われるぞ?」

「ふーん?寂しくなった女の子を慰めてくれないの?」

「あー分かった!一緒に寝よう」



掛け布団を被って2人は同衾した。

ウタからは甘くて心が安らぐ匂いがしてルフィはすぐに眠ってしまった。

ウタも明日でルフィとお別れだと分かってしまい、いつもより長く抱きしめて寝た。



「ルフィ…いつまでも一緒に居たい」



幼馴染と一緒に居たいと考えていた少女の願いは叶ってしまった。

当日、赤髪海賊団がウタを置いて出航してしまいウタは泣き叫んだ。

麦わら帽子を受け取ったルフィはシャンクスとの約束を改めて誓う!



「シャンクス!!置いていくな!!なんでだよおおおお!!」

「ウタ」

「なんだよ!!私を馬鹿にしに来たの!?」

「シャンクスと約束したんだ。おれはウタを守る」



その言葉は、ウタが19歳になっても覚えている。



「ほげえええええ!?」

「チャルロス聖がルフィ大佐に殴られた!?」

「ルフィ大佐がご乱心!!援軍を呼べ!!」



この日、チャルロス聖が無理やりウタを娶ろうと動いたせいで全てが変わった。

目の前に居る天竜人を自分から守るために殴打したルフィの頼もしい姿。

充実した人生にヒビが入って崩れ落ちる音を聴きながらもウタは彼の姿に涙した。



「ありがとうルフィ」



今の彼女は海軍本部の准将を務めている歌姫ではない。

天竜人に狙われて恐怖で動けなくなった19歳の女であった。

そんな彼女を救ってくれたのは、またしてもルフィだった。

怖い存在を発見して動けなくなった自分を救ってくれる救世主。

あの真夜中のトイレの時からルフィの頼もしさは変わってない。



「逃げるぞ」

「……うん」



全てを捨ててまで差し伸べて来たルフィの手を握ってウタは走り出した。

あの時と同じで、彼の手が湿っているが温かい。

だが、今は昔と違って状況は違う。

ルフィとウタは逃亡海兵として命を狙われながら生きていく事になる。

どんな事が起ころうとも彼らはいつまでも一緒だった。



END

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