届けるのは魂の調べ

届けるのは魂の調べ

モテパニ作者

それは誰も意図していない事であった。

ある存在によって生み出された者が、意図せぬ形である街に降り立った。

これはその者が一人の少女と繋がる小さな物語である。

〜〜〜

調べの館、音楽の街加音町(かのんちょう)にある教会のような建物。

中には立派なパイプオルガンがあり、自由に使えるグランドピアノとレコード盤がある。

そしてそこはある少女達の集まる場所にもなっている。

響「あーもう!奏遅れてるって!」

奏「だから響が早いの!」

エレン「ま〜たやってる…」

ハミィ「ニャー」

グランドピアノで連弾している二人は北条響と南野奏。

幼少期からの幼馴染であり仲良しな二人だが、お互いの性質の違いからそれなりの頻度で衝突している。

今行っている連弾も始めた頃に比べればかなり様になっているが、それでも噛み合わない時が時々訪れる。

その様子を眺めているのは黒川エレンと白猫のハミィ。

彼女らも二人と確かな絆を繋いだ親友である。

エレン「あのパターン入ると全然進まなくなるし止めましょ」

ハミィ「そうだにゃ、二人とも〜そろそろ休憩するにゃ〜」

そして当たり前のように喋るハミィ。そう、彼女はただの猫ではなくメイジャーランドという国の妖精なのだ。

いがみ合っていた二人もハミィ達のストップに少し頭が冷えて休憩に入るのだった。

〜〜〜

そして彼女達は館の外へ出て奏の持ってきたカップケーキを食べていた。

彼女はケーキ屋の娘であり彼女自身パティシエールを志しており、こういった休みの日彼女のカップケーキを片手にのんびりするのが彼女達の習慣となっていた。

響「んー♪奏のカップケーキまた美味しくなってるー♪」

奏「ふふん♪当たり前でしょ」

そして響は好物である奏のスイーツを食べれば、奏はそれを褒められれば機嫌も元通りだ。

エレン「まったく、ん?」

隣のエレンも呆れながら二人を見ていると、前方で何かが光ったように見えた。

エレン「なにかしらあれ」

エレンは光った場所へ赴く。

ハミィ「ニャニャ?セイレーンどこ行くニャー?」

エレン「ちょっと気になるのが見えたから見てくるー」

響「エレン?奏、ハミィ、私達も行きましょ」

駆け出したエレンを響達も追いかけた。

〜〜〜

その先にいたのは気を失った響達と同じくらいの少年だった。

エレン「ちょっとあんた大丈夫!?」

奏「待ってエレン!こういう時迂闊に動かしちゃだめ!まず状態を確認してから!」

響「んん?動いてる?目を覚ましそうよ!」

彼女達の大きな声に反応したのか、少年は目を開いた。

少年「ここは…」

エレン「ちょっと大丈夫なの!?」

少年「ッ!?ええっと…」

奏「エレン落ち着いて、ええっとね、あなたはここで倒れてたの。どこか痛い場所とかない?自分の名前はわかる?」

取り乱したエレンに代わり奏が少年の様子を聞く。

少年「痛みは、大丈夫、どこも痛く無い。名前は…」

少年は少し考えるような素振りを見せてから。

拓海「品田拓海だ」

そう名乗った

〜〜〜

響「名前以外思い出せないの?」

拓海「ああ、自分が元々どこに住んでたかもわからない」

奏「記憶喪失かぁ、名前がわかるのは不幸中の幸い、なのかなぁ?」

拓海「それで、あ、あなた達は?」

響「ああ、そういえば名乗ってなかったわね。私は北条響」

奏「私は南野奏よ」

エレン「で、私は黒川エレン」

ハミィ「ハミィだにゃ…ぷ!」

当たり前のように自己紹介に続こうとするハミィを響が止める。

拓海「ん?その猫…?」

響「ううん!なんでも無い!この子はハミィよ!」

ハミィは少々、いやかなりの天然でしょっちゅうやらかそうとする。

その度に響達は焦るものだ。

奏「そ、それはともかく、品田くんはこれからどうするの?」

拓海「…どうすればいいのかな?」

拓海は途方に暮れる。

見知らぬ土地で記憶すら曖昧な彼にできる事は少なかった。

エレン「…」

それを見たエレンは少し考え込み。

エレン「よかったらしばらく私の住んでるところ来る?」

響奏「「エレン!?」」

爆弾発言をかました。

響「なに考えてんの!?相手男子よ!?」

奏「心配なのはわかるけど!流石にそこまで…」

エレン「だって放っておけないじゃない。二人は家族と暮らしてるからすんなりはいかないだろうし、私は一人暮らしみたいなものだし、それにいざとなったら私は一人で変身できるからダイジョーブダイジョーブ」

響「(エレンが自信満々な時って…)」

奏「(だいじょばない時が多い気がする…)」

ハミィ「ダイジョーブにゃー、今日はハミィがセイレーンのところに泊まってセイレーンを守るにゃー」

響「だめ、ハミィに任せたら心配事が増えるから」

ハミィ「ニャニャー!ひどいニャー!」

異世界出身ゆえ常識が足りていないエレンを素性不明の男と一緒にして大丈夫か、とても不安だった。

しかし拓海を見捨てるような事をするのも気が咎める。

響「まあ後は」

奏「音吉さんに任せましょう」

なので頼りになる保護者に任せることにした。

〜〜〜

それから拓海の事もあって予定より早く解散となったエレン達。

エレンはさっそく拓海をある人の元へ連れて行き事情を話す。

エレン「というわけでして、彼を泊めてあげていいでしょうか音吉さん」

音吉「ふむ」

彼は調辺音吉。

調べの館の管理人で、エレンは館の住居に住んでおり、お世話になっている相手だった。

音吉「きみ、目を見せてくれるかな?」

拓海「は、はぁ…」

普段細目の目を開いて拓海と視線を合わせる音吉。

音吉「(ふむ、ズレておらぬな。少なくとも下心のようなものは見えん。記憶喪失じゃったか?法螺話ではなさそうじゃな)」

音吉は拓海が悪人ではないと判断した。

音吉「いいじゃろう。しばらくあの住居を使うといい。ただし、部屋は別々じゃぞ」

エレン「そ、そんなの当たり前ですよ!」

拓海「流石にそこまでは忘れてませんよ」

こうして拓海は調べの館に住む事が許された。

〜〜〜

響「あの二人どうなるんだろ」

奏「まあ悪い事にはならないんじゃない?」

音吉に託して館を後にした二人、心配しつつも帰路についていた。

響「じゃあ明日エレン達の様子見に行きましょ」

奏「そうね。じゃあ私たちも解散…」

奏太「あれ?姉ちゃんたち」

奏「奏太」

響「それにアコも」

別れようとしていた響たちに見知った二人が話しかけてきた。

響たちより年下の小学生の男女。

片方は奏の弟奏太、もう片方は音吉の孫アコであった。

奏太「いつもより帰り早くない?どうかしたの?」

響「あー、ちょっとね」

少し言い淀む響、事情的に言いふらすのは憚られる。

奏「響、音吉さんが関わってるし、アコには話してもいいんじゃない?」

響「それもそうね。奏太、言いふらすんじゃないわよ」

奏太「なんで俺にだけ言うんだよ!?」

〜〜〜

アコ「へえ、そんな事があったの」

二人に今日あった事を話した響たち。

奏太「つまりエレン姉ちゃんはそいつとどーせーするってこと!?」

響「違う違う、するのは同棲じゃなくて同居」

奏太「それってなにが違うの?」

響「…そう聞かれるとよく知らないけど」

奏「ま、奏太はまだ大人がするのが同棲、そうじゃないなら同居って覚えとけばいいのよ」

奏太「じゃあ姉ちゃんたちはまだ子供ってこと?」

響「うぐっ、否定したいけど状況的に否定できない…」

アコ「どっちにしてもみんなまだまだ子供でしょ」

響「ぐぬぬ」

奏太「ちぇーつまんねえ。みんな彼氏とかいないしようやくそういう話だと思ったのに」

響「奏太、あんたねえ…ん?」

響は気づく、奏が妙に静かだと。

普段なら奏太のこういった生意気な言動に真っ先に反応するというのに。

響「奏?」

奏「そっか、そういうのもありかも」

響「奏???」

奏「さっきは心配とかいろいろあってそこに頭がいかなかったけど、よく考えたら訳ありの異性と二人きりなんて、ロマンスの予感じゃない!?」

響「奏…」

奏「よーし!明日エレンたちの所にいく時二人が接近するような差し入れも持っていっちゃおう!気合いのレシピみせてあげるわ!」

響「ま〜た奏がおかしなテンションになってる」

人に話した事で少し冷静になったのか、いつもの調子ではしゃぎ始める奏だった。

〜〜〜

そして夕方となりエレンと拓海の二人はというと。

エレン「それじゃあ夕飯作っちゃうからちょっと待ってて」

エレンが夕飯の準備に取り掛かろうとしていた。

すると拓海が。

拓海「なあ、世話になる立場だし俺が作ろうか?」

エレン「え?大丈夫?あんた記憶ないんでしょ?」

拓海「まあ、自分の事はわかんないけどなんとなく料理はできる気がするんだよ」

エレン「なんとなくって…それ大丈夫なの?」

拓海「まあ不安になるのもわかるけど、俺もただお世話になるのは嫌だしさ」

エレン「うーん、そこまで言うなら試しに一回やってみなさい。じゃ、時間も空いたしちょっと練習するか」

拓海「練習?」

エレンはそう言うと部屋を出て何かを取ってくる。

戻ってくると持っていたのは。

拓海「ギターか」

エレン「へえ、ギターもわかるんだ。ちょっとうるさくするけどいい?」

拓海「ああ、いいぞ」

そしてエレンはギターを弾き始める。

拓海もそれを聴きながら調理を開始した。

拓海「上手いな、ずっとやってんのか?」

エレン「んー?あーギターはこの街に来てから始めたからまだ一年未満くらい。故郷でも音楽には関わってたけど、歌うのばっかで楽器にはほとんど触れなかったなぁ」

拓海「へえ…」

エレン「あんたはなにか音楽を…ってわかるわけないか、記憶無いんだから」

拓海「ああ…でもなんかそうやってギター弾いてる姿を見てると俺も何かやってたような…」

エレン「何か楽器やってたの!?」

拓海「そうだな、ギターっぽかったけどちょっと違うみたいなの」

エレン「ひょっとしてベース?」

拓海「それだ!」

エレン「ちょっとちょっと、料理から手を離さない」

拓海「あ、悪い」

自分のことが一つわかってついエレンを振り返るが、エレンの注意で再び料理に向き合いしばらくして料理が完成する。

エレン「ん〜♪美味しい〜♪ちょっと料理上手すぎてびっくりしたんだけど」

拓海「お気に召したならなによりだ」

エレン「ふーむ」

拓海「どうかしたか?」

エレン「私と変わらないくらいみたいなのにそんなに料理が上手いとなると、実家が料理屋とか?」

拓海「どうした急に」

エレン「さっきのベースの話みたいに思い出せそうな部分は思い出しといた方がいいじゃない。で、どう?」

拓海「ん〜?料理屋って言われてもピンとはこないな」

エレン「えー、じゃあ食べさせたい相手がいた!」

そのエレンの一言に拓海の脳裏には一人の人物がよぎる。

ただし、顔立ちはおろか性別すら判断できないほどほんの一瞬だったが。

エレン「え!?もしかして当たり!?どんな子!?」

拓海「あー悪い。誰かは浮かんだんだが、男か女もわからないほどボヤけてた」

エレン「あそっか、好きな女の子とは限らないよね。そんなに焦らなくていいか、ご飯食べちゃいましょ」

拓海「そうだな」

そうして二人はゆっくりと夜を過ごすのだった。

〜〜〜

ピーちゃん「ピー!」

アコ「ピーちゃん、パパと連絡するから少しの間静かにね」

ピーちゃん「ピー」

そして別の場所では。

普段とは違う出来事が起こったもののアコにとってはまだ対岸の火事、それほど気にするでもなく普段通りの夜を過ごしていた。

メフィスト『アコ〜!最近どうだ?変なことが起こっておらぬか?』

アコ「パパ。うん。なにもないよ」

メフィスト『本当か!?本当になにも無いのだな!?』

まだ年若い娘が自分と離れて暮らしている。

メフィストは不安でアコに確認しまくる。

アコ「んー私はなにも無いけど強いて言えばエレンが男の人を拾ったくらいかな」

そのしつこすぎる質問につい漏らしてしまった。

メフィスト『な〜に〜!セイレーンに男ができただとー!』

そのメフィストの大声に反応するように、あちらの扉が大きな音を立てて開いた。

〜〜〜

バスドラ「メフィスト様!」

バリトン「今のは本当ですか!?」

ファルセット「セイレーンに男が出来たと!?」

メフィスト「あ、こらお前達!親子の会話を盗み聞きするでないわ!」

飛び込んできたのはかつてトリオ・ザ・マイナーと呼ばれていたメイジャーランド三銃士であった。

バスドラ「も、申し訳ありません…」

バリトン「ですが、近くを通っていたら扉越しでもよく聞こえました」

ファルセット「とても高い声でしたよ」

バスドラ「それよりも話はセイレーンの事です!」

バリトン「我々はいろいろありましたが、セイレーンとは元同僚」

ファルセット「メイジャーランド三銃士の名にかけて仲間を下手な相手と付き合わせるわけにはいきませんね」

バスドラ「なのでメフィスト様!我々に加音町へ行く許可を!」

メフィスト「ふーむ(こうなったこいつら説得するの正直面倒だなぁ…)わかった。ただしアコやお義父様に迷惑をかけるでないぞ」

三銃士『はっ!』

メフィスト「というわけだアコ。こいつらそっちに行くからよろしくな」

アコ『……』

自分の漏らした話で予想以上に面倒そうなことになったとアコは少し後悔するのだった。

〜〜〜

そして翌日、響たちは調べの館へエレンたちの様子を見に行くのだった。

響「それにしてもアコも来るなんて意外」

アコ「まあ、ちょっと…」

奏「あ、見えてきた。おーいエレーン!品田くーん!」

エレン「奏、響、それにアコまで。様子見にきてくれたの?」

拓海「ん?こっちの子は?」

エレン「この子は調辺アコ、昨日会った音吉さんのお孫さんよ」

拓海「そうなのか、よろしく調辺」

アコ「よ、よろしく」

奏「それより!品田くんは記憶を失って知らない場所での生活!心細いよね!」

拓海「ッ!あ、ああ…」

奏「それにエレン!急に一緒に住む相手が出来て気苦労してるでしょ!」

エレン「え?別に。拓海意外と家事できるしむしろ…」

奏「してるでしょ!」

エレン「…そうかも」

響「(今何気に名前で呼んでた?)」

奏「そんな二人のために!じゃーん!特製のカップケーキを作ってきました!まだ味見した私以外食べてない新作よ」

エレン「そういうことね、ありがと奏」

拓海「いいのか南野」

響「奏、私のは?」

奏「はいはい後で用意してあげるから、さあ食べてみて」

差し出された箱の中には少し大きめの色違いカップケーキが二つあった。

エレン「二つ、これって味が違うの?」

奏「そうなの。せっかくだから半分ずつ食べてみない?」

奏の企みはそこだった。

味が違う二つのお菓子を分け合って食べる。

とても仲の良い関係の者がやりそうな事をやる展開を用意すれば二人の中も縮まるかもと企んだのだ。

エレン「どうする?」

拓海「エレンがいいならいいけど」

エレン「じゃあそうしましょ」

響「(こっちも名前で!?)」

そうして二人はそれぞれカップケーキを手に取りそれを半分に割ろうとした瞬間。

『待てーい!』

突如大声が響く。

響「その声は!」

奏「まさか!」

アコ「来ちゃったかぁ…」

響奏「「トリオ・ザ・マイナー!」」

バスドラ「えーい!それはノイズに操られていた時の名だ!」

バリトン「今の我々はメイジャーランド三銃士」

ファルセット「覚えておくんだね!」

エレン「あんた達なにしに来たのよ」

バスドラ「決まっておるわ!お前に男ができたと聞いて飛んで来たのよ!」

エレン「はぁっ!?」

そして三人は拓海の方を見る。

バリトン「フッなかなか美しい顔立ちじゃないか、わたしほどでは無いがね」

バスドラ「つまりバリトンのようになよっちい男かもしれんというわけか、減点だな」

バリトン「なんだと!」

ファルセット「まあまあ喧嘩しに来たんじゃ無いだろ?」

あまりの出来事に理解が追いつかない響たち。

響「なんでこいつらが品田くんを知ってるのよ?」

アコ「ごめん…私のせい」

奏「えっ、アコの?」

アコ「昨日パパとの連絡でちょっと話したらこいつらも聞いてて、しかも断片的にしか知らないから付き合ってるって勘違いしてるみたいで…ごめん、エレン」

エレン「いいのよ。押しかけてきてるこいつらが悪いんだし」

バスドラ「女を守るならまず体力!オレさまが確かめてやるわ!」

バリトン「女性と付き合うなら必要なのはやはり思いやり。わたしが確かめてあげよう」

ファルセット「人となりを見るならやはり歌!さぁ〜ボクと歌お〜🎶」

エレン「うるっさいわあんた達!拓海、こいつらに付き合う必要ないからね」

それぞれ違う方法で試そうとしてくる三人に拓海は。

拓海「いや、この人達の挑戦受けてみる」

エレン「そんな、こいつらが口出す権利なんてないのよ?」

バスドラ「薄情だぞセイレーン!」

拓海「確かにエレンがそう言うならそうなんだろうけど、俺が怪しいやつなのは本当の事だ。なら周りを納得させるのは必要な事だよ」

エレン「拓海…」

奏「(おおー!思わぬハプニングかと思いきやむしろ接近イベントだー!)」

そうして拓海はバスドラたちに立ち向かう。

バスドラ「若僧が!向かってきた事を後悔するがいい!」

バリトン「フッ我らを簡単に認められると思うな!」

ファルセット「ラ〜ラ〜ラ〜🎶」

〜〜〜

数十分後。

バスドラ「ゼェッゼェッバカな、オレさまが遅れをとっただと…!」

バリトン「フッ見事だ。これは認めざるをえないな」

ファルセット「素晴らしい〜🎶こんなに楽しく歌ったのは久しぶり〜🎶」

拓海は見事三銃士を認めさせたのだった。

エレン「やったじゃない拓海!無駄に偏屈なこいつらを認めさせるなんて」

拓海「はは、まあなんとかな」

奏「すごかったよ品田くん!ちょっと目的が変わっちゃったけど、勝利のお祝い代わりに今度こそ特製カップケーキを召し上がれ」

三銃士に挑む際カップケーキを預かっていた奏が再びカップケーキを差し出してくる。

響「奏〜(泣き)」

奏「あーもう!いつものカップケーキあげるからあっちで大人しくしてて」

響「わーい」

奏は念のため用意しておいたいつも用意しているカップケーキを響に渡した。

アコ「あるならなんでさっきあげなかったの?」

奏「我慢できそうな時は我慢させて、限界そうならあげるのが響を扱うコツだよ」

アコ「(躾けられてる…)」

とまあそんなやりとりもあったが、ようやく拓海とエレンの手元に特製カップケーキが届く。

エレン「はいこれ」

拓海「ああ、じゃあこっちも」

手で半分に割り、その片方を互いに渡し合う。

すると…

拓海「…分け合う、美味しさ」

エレン「またなにか思い出したの!?」

奏「またって?」

エレン「拓海はきっかけがあると自分のこと思い出すみたいなの。ちなみに今わかってるのは楽器のベースが使えることと、料理上手で誰かに作ってあげてたことと、ご飯の時割と何にでも胡椒をかけることよ」

奏「うーん、なにもわかってないよりはマシだけど…」

拓海「思い出した…昔ご飯を分け合う美味しさを教えてもらった事があるって事を」

奏「なんかご飯のことばっかり思い出してない?」

響「ごふぁんがふきなんてしょ」

奏「響、飲み込んでから喋って」

エレン「ま、どんな小さな事でも一つ一つ思い出していけばいいじゃない。きっとそれが遠回りに見えて一番の近道よ」

拓海「…ああ、そうだな」

エレンの前向きな言葉に応える拓海だが、その胸中にはなぜか不安がこもっていた。

〜〜〜

それからいろいろあった。

奏太に会わせたり、ピーちゃんが行方不明になったり、いろいろだ。

そして拓海も一つ一つ記憶を取り戻していき、もうすっかり普通の生活が送れていた。

しかしそれでもまだ何か引っ掛かりがあるようだが。

エレン「拓海が来てから一週間かぁ、あっという間ね」

拓海「ああ…」

エレン「それにしても一週間経っても拓海の知り合い見つからないわね。音吉さんが探してくれてるみたいなのに」

拓海「………ああ」

拓海が来てから音吉に頼み、品田拓海という行方不明者がいないか届けを探した。

名前がわかっているのだからすぐわかると思いきや、そういった届けは見つからなかった。

拓海の様子も段々沈んでいっているように思える。

むりからぬことだろう。

どんどん自分を取り戻しているというのに、戻れる目処はまったく立たないのだから。

エレンもどう接すればいいのか…

拓海「なあ」

エレン「な、なに!?」

拓海「もし俺が全部思い出して、帰る場所がわかったらどうなるかな…?」

エレン「えっと、そりゃあ拓海は家に帰って一旦お別れでしょうね」

拓海「…だよな」

拓海が沈んだ表情になる。

最近よく見る顔だ。

エレンは理解した、拓海が暗かったのは戻れない不安ではなく自分達との別れだったと。

エレン「なに暗い顔してんのよ!」

エレンは拓海の背中を思いっきり叩いた。

拓海「て、なにすんだよ」

エレン「お別れって言っても一生の別れじゃないでしょ。もう拓海は他人じゃないし会いに行くわよ。それからあんたも会いに来なさい、じゃないと毛毟ってやるわよ?」

拓海「やめろよそういうの!」

エレン「あっははは!」

エレンは笑った、拓海にとって自分達が大きい存在と知った事が嬉しくて思いっきり笑ったのだ。

そしてその屈託のない笑顔は拓海の最後の引っ掛かりに触れた…

拓海「ッ!……………ゆい」

エレン「え?」

拓海「えっ…………これって、う、うわぁぁぁ!?」

エレン「拓海!?」

拓海が何かを思い出した、そこまではわかる。

しかしこの発狂はいったい…?

エレンは訳もわからないまま拓海を落ち着かせようとする。

すると意外なほど拓海はすんなりおとなしくなるが、そのかわり気を失ってしまった。

エレン「拓海…?って、今度はなんなの!」

気を失った拓海から粒子のような物が浮き出て、それが空気中に消えていく。

まるでこれから消えゆくように。

響「エレーン調子はどう?」

そこにタイミングよく響たちがやって来た。

エレン「響!奏!アコ!ハミィ!拓海が、拓海がおかしいのよ!」

響「え…?いったいなにが…」

奏「ちょっとなにこれ!?」

アコ「まさか…消えようとしてるの…?」

ハミィ「大変ニャー!早く病院に行くニャー!」

響「どう見ても病院でどうこうできる問題じゃないでしょ!」

ハミィ「じゃあどうするのニャ!?」

響「それは…」

まったくの異常事態。

エレン達はどうしていいか途方に暮れていると。

???「ふん、まさか本当にいるとはな」

エレン「誰!?」

後ろから聞こえた声に警戒するエレン。

声の主はやや童顔の成人男性のようだ。

???「そいつの関係者だ」

〜〜〜

そして少し時間が経ち、拓海をベッドに寝かせてみんなは事情を知っていそうな来訪者から話を聞くことにした。

ナルシストルー「自己紹介しておこうか、俺様はナルシストルー。ただの天才発明家だ」

響「な、ナルシスト…?」

奏「確かに言葉の端々からちょっとそういう部分見えるよね」

エレン「こいつの事はどうでもいい!それより関係者って言ってたでしょ、拓海について教えて!」

ナルシストルー「ふんっ、俺様をどうでもいいとはな。まあいい、黒胡椒の事だったな。いや、黒胡椒もどきか」

エレン「もどき…?」

ナルシストルー「結論から言ってやる。あいつは本物の人間じゃない。俺様の発明で作り出したコピー人間だ」

響「はぁっ!?」

奏「コピー人間!?」

ナルシストルー「俺様の知り合いにめんどうな女がいてな。そいつが自分の意中の相手を増やせなんて言ってきたんだよ。まあ俺様は天才だからやってみせたがな。それが誤作動か何かわからんがこの街に現れてしまったようだな」

アコ「いくら頭がよくっても現代の技術でそんな事…」

ナルシストルー「ま、お前達には理解できない領域があるのさ。ともかくあれは俺様が連れ帰るさ」

エレン「…連れ帰った後はどうするの?」

ナルシストルー「消す。もうあれの役割は終わったからな」

響「消すって、そんな事する必要無いじゃない!

奏「そうよ!そんな事するなら絶対連れ帰らせ無いんだから!」

淡々と決断を下すナルシストルーに対して響たちは反抗する。

ナルシストルー「ふん、そうか、なら好きにすればいい」

それに対してナルシストルーは驚くほどあっさり引き下がる。

ナルシストルー「あれは俺様にとって使い終わったおもちゃ以下の存在だ。面倒がみたい物好きがいるならくれてやるさ。だが忠告しておくとあれはそのうち消滅するぞ」

エレン「消滅…!?」

ナルシストルー「キサマらもあの様子を見ればなんとなく察しているだろう?あれは消滅の合図だ。いくら天才の俺様でも半永久的に存在し得るコピーなどぽんぽん作ったりなど出来ん。あいつは設計上短ければ半日、長くとも3日程度で消える仕様だ(まあ同じ装置を使って消えないどころか増え続けるわけのわからん小娘はいるが)」

エレン「なんとかする方法はないの!?」

ナルシストルー「ない。少なくとも現状ではな」

淡々と事実だけを語るナルシストルー。

そこに寄り添おうとする気持ちなど微塵も感じられない。

ナルシストルー「俺様が手を尽くしてやればあるいはなんとかなるかもな。だがあいにくと時間が足らん。黒胡椒もどきのあの様子ではその前に消える」

エレン「…そんな」

ナルシストルー「やはり連れ帰ってやろうか?なんなら本物も紹介してやるぞ?」

エレン「いらない!さっさと帰りなさい!私たちは最後までなんとかする方法を探すわ!」

ナルシストルーのそれは彼なりの気遣いだったが、一方的な気遣いは時に人の感情を逆撫でする。

ナルシストルー「無駄だと思うがな。しかし万が一あの黒胡椒もどきをなんとかできるなら俺様としても興味深い。俺様もなんとかなるよう祈っておいてやるさ、また来る」

響「もう来んなー!」

〜〜〜

響「なにあいつ!むっかつく!」

奏「でも本当にどうしよう…?このままじゃ拓海くんが消えちゃう。あの人確かに腹は立ったけどヒントだけでもわかるように追い返さなければよかったかな…?」

エレン「いまさら言っても仕方ないわ。それにあいつの態度見ればわかる、あいつ真剣に考えるつもりなんてない。ならいたって茶々を入れられるのがせいぜいよ」

アコ「………」

響「アコ?」

アコが何やら気になっている様子。

アコ「ねえ、あいつの話でいくつか気になったんだけど、あいつ拓海が存在を維持できるのは長くて3日って言ってたよね?」

『あっ!』

先程は冷静になれていなくて意識できていなかったが確かにそう言っていた。

しかし拓海が加音町に現れたのは一週間前、ナルシストルーが嘘を言ってない限りそこがおかしいのだ。

意味ありげに登場したので理解していると思っていたが、思い返してみればナルシストルーには拓海がいつ現れたかは話していなかった。

ならばそこに秘密が…?

アコ「それからあいつが拓海を作ったのはやっぱり今の技術じゃ絶対おかしい。それに対してあいつは私たちには理解できない領域って言ってた。これってひょっとして自分がすごいって言ってるんじゃなくて、答えを濁した可能性もあるよね」

響「ど、どういう事?」

アコ「周りには秘密のなにかって事。私たちプリキュアみたいな」

奏「それって…」

アコ「そして最後になんで拓海はこの街に、ううん、調べの館近くに現れたの?さっきの二つと合わせるととても偶然とは思えない」

ナルシストルーの話を聞いて沸いた疑問。

繋げていくとなにかが見えてきそうになる。

エレン「つまり、私たちの周りになんとかできる力があるかもしれないってこと?」

アコ「可能性はあると思うの」

希望が見えてきた、あとはそれがなんなのかがわかれば…

ハミィ「わかったニャー!」

響「ハ、ハミィ!?」

ハミィ「ハーモニーパワーニャー!ハーモニーパワーが拓海を元気してるニャー!」

エレン「ハーモニーパワー…!」

ハーモニーパワー、彼女たちスイートプリキュアの力の源であるお互いが心を通わせる事で生まれる絆の力だ。

確かにプリキュアの力の源泉であるこの力ならば可能性は高い。

ならば可能性をより明確にするために詳しい者に聞く必要がある。

エレン「聞きに行きましょう。クレッシェンドトーンに」

〜〜〜

そしてエレンたちは、今は音吉が管理しているヒーリングチェストを借り受けてクレッシェンドトーンと久しぶりに対面した。

クレッシェンドトーン『なるほど、話は理解しました。…このような事態は私自身初めて、なので断言は出来ませんがおそらくハミィの推測は当たっています』

響「偉い!ハミィ!」

ハミィ「ニャフフ〜♪」

奏「ならやっぱり拓海くんが必要としてるのはハーモニーパワー?」

クレッシェンドトーン『ええおそらく。あなたたちはプリキュアとしてマイナーランドとの戦うため多くのハーモニーパワーを作り出せるようになりました。そして戦いは終わりましたが、あなたたちがともに時を過ごし絆を育む事でハーモニーパワーは生まれ続けています。しかしそれは無限に貯まるわけではなく次第に周囲に溶けていくでしょう。そしてそれが一番集まっていたのが…』

エレン「調べの館の近く!」

クレッシェンドトーン『そのとおり。ナルシストルーという男がどういった方法で人間を複製しているかはわかりませんが、その原料はハーモニーパワーに類似した力である可能性が高いですね』

奏「だったら話は簡単!私たちのハーモニーパワーを拓海くんにあげれば…」

クレッシェンドトーン『いいえ、それはできません。ハーモニーパワーとは絆の力、絆とは生まれるものであり与えられるものではありません。拓海が消費していたのはあくまで皆が持て余していた余剰、そのような行きどころの無いものならともかく、あなたたち自身から与える事は不可能でしょう』

響「だったらどんどん作ってその余剰を増やせば!」

クレッシェンドトーン『そちらは不可能ではありません。ですが焼け石に水でしょう。事実あなたたちから溢れた数週間分以上のハーモニーパワーは彼を4日永らえさせる事しかできなかったでしょう?』

アコ「それは…」

エレン「なにか方法はないの!?」

クレッシェンドトーン『…上手くいく保証はありませんが、一つ方法はあります。この中で拓海と一番深い中なのは誰ですか?』

響たち三人は一斉にエレンを見る。

エレンはそれに無言で応じた。

後半へ

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