届かなかった手を救うために。
【修正済み】
意外とバレなかったなぁ。そんなに似てるのかなぁ?
瓦礫が片付けられ、ようやく復興の兆しが見えてきたドレスローザ王国。その隅には王家の血が混ざった少女と、誰にも認知されなくともずっと彼女を守ってきた父親が、沢山の小人達と共に暮らしている。レベッカは16歳、自由な世界に歩むことができたばかり。王位に関しては叔母に押し付けてしまって本当に頭が下がる思いだが、生活の援助もしてくれているのだから一層申し訳ない。
現在玉座に座っているヴィオラ女王ともう1人、レベッカにとっての恩人中の恩人がいる。当然あの時助けに来てくれた皆・・・・・・「麦わらの一味」「ハートの海賊団」「革命軍」「コロシアム参加者」、そして復興を助けてくれた「海軍」の面々を忘れる事は無いが、その中でもフローレンス・ナイチンゲールは特別な存在だった。レベッカがぼんやりと見ている写真には、彼女より少し背が低いナイチンゲールの姿があった。
『良いですか、医療従事者たるもの必ず冷静でいなくてはなりません。貴女はたった今その1人になりました・・・・・・ここで血気盛んになっている暇はありませんよ』
2人の出会いはコロシアムだった。ドフラミンゴを騙し取る作戦の一環。髪色が似てることから衣装を交換することになった。成果も当然あった。ディアマンテは窮地に陥りコロシアムより撤退、また乱入してきたバージェスも「ルーシーのお兄さん」と共に倒してしまったのである。その後もルーシーが復活するまでの時間を稼ぎ、自分が後戻りできなくなろうとしていたあの瞬間-そう、ヴィオラを殺すことを強要されていた時-でさえもドフラミンゴの妨害を徹底していた。あの日光に照らされ銀に光る髪と紅い眼が相まってまるで「バーサーカー」の如く様はレベッカにとって忘れることのない情景を生み出した。
何より、2人きりの会話。秘密の約束。誓った証がある。
【決戦直後】
「お疲れ様でした、王女レベッカ」
「フローレンスさん」
肩代わりしてくれていた彼女と会ったのはコロシアムであった。先程はルーシーの仲間?であるローと呼ばれる海賊と何か話していたようだが、どうやらここで待ってくれていたらしい。
「こちらこそです、本当にありがとうございました」
「・・・宿願は、果たせましたか」
「はい!」
「喜ばしきことです」
もう家族に会えない人間も多い。おもちゃにされている内に関係性が歪んでしまったり、粛清や戦死も原因となる。ずっと逃亡生活を続けていたキュロスと「再会」できたことは奇跡と言わずして何と形容できようか。
(フローレンスさんも、家族がいるのかな)
何を考えているのだろうか。レベッカは胸中で自分を責めた。相手のプライバシーに関わる失礼な疑問である。そもそも関係がない。
「お父さんのこと、大切にしてあげてくださいね」
「えっ?」
「彼は貴女の成長をずっと見続けていました。赤子の頃から、おもちゃの兵隊になってしまっても、ずっと。だから、今度は貴女が彼を支えてあげてください」
ナイチンゲールはレベッカを見ていなかった。何処か遠く、コロシアムの窓から広がる夕焼けのずっとその先を見ているようだった。
「フローレンスさん・・・」
「いつの間にか、唐突に。失う時が来るかもしれませんから」
「フローレンスさんも、家族がいたんですか」
(やってしまった)
ついなど、何の言い訳にもならない。
「あ、すみません、失礼し「いました」・・・へ?」
「私にも、いたんです。家族が」
壮絶な話だった。クリミアの出身と聞いただけで多くの人は二度の戦争を思い浮かべるからだ。レベッカはキュロスと逃亡生活をしていた過去に一度立ち寄ったことがあるが、雪と赤い屋根、煙突と石畳が織りなす街はおとぎ話のようであった。
クリミアが巻き込まれた「北の海戦争」。この戦争で彼女は孤児になってしまった。酷いことに、クリミア国内で反乱が発生。新政権は頑迷な思考で固まっており、女性で有ながら医療従事者を目指していた彼女を追放するのに大して悩まなかったという。
この話には続きがある。
「だから、貴女のような人にはつい肩入れしてしまうんです」
今こそそう言って笑ってはいるが、あの日ナイチンゲールがどんな苦境にいたか。レベッカだからこそ理解できる感情であり、またレベッカだからこそ共感できない孤独がそこにあった。
「大丈夫です」
「フローレンスさん、貴女は一人じゃない」
気付けば彼女の手を握っていた。傷だらけの小さな、真っ白な手。せめて自分の温かみで癒やされて欲しいと願いながら。体温は高い方なのだ。
「貴女には、仲間がいる。ルーシーも、ゾロさんも、ロビンさんも、フランキーさんも、ウソップさんも、ローさんも、皆いる。だから、悲しまないで」
「レベッカ・・・」
「ドクトル・トラファルガーは厳密には仲間ではなく同盟相手です」
がっくし!
「でも、ありがとうございます。貴女の手は本当に暖かい。温度は、人の治療やリハビリにおいて最も重要です。この暖かみの使い方、けして誤らないように」
「・・・・・・1年前の、ですか」
「えぇ」
ナイチンゲールが全く誤魔化さずにはっきりと肯定したことで、レベッカは確信した。キュロスに教えて貰ったことがある。クリミアを襲った「第二次北の海戦争」の顛末を。
北の海で軍事拡張に勤しむ政府加盟国シュタンダルテ。旧フレバンス領を飲み込み、一斉にクリミアに攻めかかった。フレバンスを占領したのは、この加盟国にとってあの「病気」が化学兵器に転用できたから。そしてジェルマ王国、並びにドフラミンゴによる武器や兵站の支援を得てクリミアの大半を占領した。
ナイチンゲールが突如として帰国したのは2年前だった。この時クリミアは絶望的な首都防衛戦を行っていた。ここから反撃に転じシュタンダルテを滅ぼしたのが1年前。「鋼鉄の天使」という夥しい異名が世界に鳴り響いたのは、彼女がこの戦争を終わらせたからである。文字通り、彼女の尽力によって。
「私の境遇はさておき。レベッカ、貴女のことを信じています。力の使い方が如何に全てを左右するかもお分かりかと。それを決めるのは貴女自身のみです」
レベッカは慰めの言葉をかけることも、彼女のために涙を流すこともできなかった。しなかった。そんなことをしても失ったものは帰ってこない。
だからこそ、口火を切った。
「私、決めたことがあるんです」
「決めたこと、ですか」
「はい。この先剣を取ることもないでしょうから。人生の目標を考えてたんです」
「私、看護師になります」
「フローレンスさんのように、絶対に優しさを忘れないような、皆に慕われる看護師になってみせます」
「今は知識も何もありませんが、それでもフローレンスさんの仲間になりたいんです」
「初心忘るべからず」
「?」
「剣士ゾロの故郷に伝わる格言です。その思いを忘れないように。そして、私は貴女の心で癒やされましたから。医療従事者として、「初診」を忘れずにしておくのも大切です。学びは必ず生かせるように」
「・・・・・・」
「・・・どうしました?」
「・・・ました」
「分かりました、ドクター!」
【現代:復興過程のドレスローザ】
レベッカが大切にしているものとして、写真の横の小瓶がある。中には小さな赤いスカーレットの宝石。彼女のぶれることのない瞳と、産んでくれた母を忘れないためのもの。それに、世界では赤は白と共に医療を象徴するという。
『これを、貴女に』
『これ・・・』
『戦争が終わった後、残っていた実家から持ってきたものです。小さき私に医学を教えてくれた父母が大切にしていた宝石の一つ。お守り代わりです。共に道を進む同志として、貴女に差し上げたいのです』
『ありがとう、ありがとうフローレンスさん。私、絶対に大切にします』
(次に会うときは、同志として)
レベッカの人生は始まったばかりである。