居酒屋時空呼び方編
最近、私はある悩みを抱えている。私しか困っていない気もするけど、放置していると結構困ったことになる悩みだ。それは、
「エランさん」
「なに?」「どうしたの?」「なんだ?」
エランさんを呼ぶと三兄弟全員が返事をしてしまうこと。全員に用事があればいいけど、誰か一人に用がある場合は気まずい雰囲気になるのでなんとかしたい。
「というわけで、エランさんの呼び方やニックネームを考えたいと思います!」
「わー」
パチパチパチとにっこりと笑ったエランさんが手を叩いている。
「?」
キョトンとした表情のエランさんも真似してパチパチと手を叩いている。
「いや、エランさんは俺以外いないだろ」
自信満々な表情をしたエランさんは、何を言っているのか分からないと言いたげな様子だ。
「うわー……兄さんって傲慢だねぇ」
「僕たちもエランなんだけど」
二人のエランさんがお兄さんに反論している。
「そうですよ!だから誰か分かる呼び方を決めたいんです」
「ま、まあ、スレッタが困ってるなら考えようか」
全員が納得したところで机の上にタブレットを置いた。タブレットの画面には呼び方の候補がずらっと並んでいる。
「私のおすすめはエラエラですね」
「エラエラ……鰓……?」
みんな首を捻って微妙な反応だ。あれ……?おかしいな。
「やっぱり、私のネーミングセンスって壊滅的なんですか……?」
お母さんもお姉ちゃんも私が名前を付けると微妙な反応をしていたのを思い出す。
「ごめんね?」
困ったように笑ったエランさんに謝られた。なんだろう、普通にネーミングセンス無いと言われるよりショックだ。
「えっと、あいうえお順?みたいになってるコレは何なんだ?」
空気を変えようとして焦った様子のエランさんが、縦に5つ並んだ名前を指す。
「これはですね、お姉ちゃんが考えてくれたものなんです」
エランさんたちの区別ができなくて困っているとお姉ちゃんに言ってみたら、
『ケレス三兄弟の区別ができない?じゃあ、アラン、イラン、ウラン、エラン、オランの内から好きなの選んでもらったら?』
こう答えてくれたのだ。
「びっくりするほど投げやりか!?」
「ええ!?イランとウランはちょっとアレですけど、アランはカッコよくないですか?」
「アランドロンってか、俺も世紀の二枚目になれるかな!?」
ツッコミをしたり質問をしたり、エランさんはとても忙しない。
「二枚目気取りの三枚目」
「どうあがいても三枚目でしょ」
「わ、私は愛嬌があっていいと思いますよ」
「スレッタ……!」
ハイライトが多めになってキラキラとした目のエランさんに、両手をガシッと掴まれた。そのまま暫く見つめあう暇もなく二人のエランさんに無理矢理引き剥がされてしまった。
「気を取り直してエランさんの呼び方を決めましょう!候補は絞りに絞ってエランさん、エランくん、ケレスさんまで減らしました」
「もはやあだ名じゃないな」
「まあ分かればいいんじゃない。僕はエランくんがいいな♪」
「これがいいという呼び方はありますか?」
三兄弟全員をそれぞれ見ていると、すっと手が上がった。
「どうぞ」
「君のための呼び方だから、君の好きに決めるといい」
エランさんの静かな声に頷いた。候補は絞ったしここからは自分の好きに決めてもいいのかもしれない。
エランさんは物静かで一見近寄りがたい雰囲気があるけど、打ち解けると気安い部分もある彼に合うと思った。
エランくんは気安く色々と話しかけてくれる同級生のような彼に似合う気がした。
ケレスさんは二人のお兄さんだし、バイトにも来ていないから少し距離感がある気がして、何となくこっちの方がいいのかなと思った。
「決めました。あなたがケレスさん」
「おう、まあ当然だな」
自身たっぷりな表情でケレスさんは頷いている。
「あなたはエランくん」
「やった!希望通り」
エランくんは希望が叶って嬉しそうだ。距離感近くていいでしょ?とケレスさんを煽っている。
「あなたはエランさんです」
「別にいいよ。悩み、解決してよかったね」
エランさんは私の悩みが解決した以外はどうだってよさそうだ。
これで区別がつかない悩みからは解放されて一件落着だ。後日、ケレスさん呼びってなんか壁があるんじゃないか……?とケレスさんが悶々とする以外は丸く収まった。