居酒屋時空ハロウィン編
「荷物よし!服装もバッチリ!」
鏡の前で身だしなみを確認する。今日の服装はいつもとは全く違っている。
ベネリット商店街ではハロウィンフェアの真っ最中だ。仮装して商店街に行くと福引券を貰えたり、小さい子だとお菓子が貰える。また仮装して買い物をすると割引してもらえたり、購入金額におうじて福引券がついてくる。
というわけで商工会の催しにのって仮装をしてみた。
「スレッタ、出掛けるの?あ、それって前に買ってたコスプレ衣装?」
「コスプレとはちょっと違うけどそんな感じ」
リビングでくつろいでいたお姉ちゃんが声をかけてきた。
「へーえ、デート?最近バイトにきた子、イケメンだよね。二人いるけどどっちにしたの?」
「いやいやいや!そういうのじゃないから!」
お姉ちゃんがニヤニヤしながらからかってくる。びっくりするからやめて欲しいのに、面白がってやめてくれないのだ。
「そういうことにしておいてあげるよ」
「もう!違うんだからね!」
否定してもお姉ちゃんはニヤニヤしたままで全然信じてくれない。
「いってきます!」
「はいはい、いってらっしゃい」
お姉ちゃんのにやけ面から逃げるように家を飛び出した。背中から緩い見送りの声が聞こえた。
商店街の前の待ち合わせ場所にエランさんたちは既に来ていた。遠目から見ても長身の男の人が三人固まっていると目立つのに、仮装をしているから更に注目を集めている。
注目をものともせずにエランさんがこっちをジッと見ながら近寄ってきた。
「時間ぴったりだね」
「お待たせしました。エランさんにエランくんとケレスさんも」
遅れて二人もこちらにやってきた。どちらもジッと私の方を見てくる。
「大丈夫だよスレッタ。魔女の仮装、よく似合ってる」
「ああ、モルガン・ル・フェのようだよ」
「も、もる……?えっと……ありがとうございます?」
いつものことだけどケレスさんの言ってることは難しくて意味が分からないことがある。もっと賢ければ分かるんだろうか……
「兄さんのことは気にしなくていいよ。僕も似合ってると思う」
エランさんも褒めてくれて面映ゆい気持ちになる。
「エランさんとエランくんの仮装は魔術師、ですか?カッコイイです」
二人はお揃いの黒いローブを纏っていて本物の魔術師みたいだ。まあ、私は本物の魔術師なんてよく分からないのだけど……
「スレッタは魔女の仮装だけど、白色って珍しいね」
「そう思いますか?でも、面白いと思いません?」
エランくんに珍しいと言われて、くるりとその場で一周回ってみる。確かに魔女の仮装といったら黒色が定番だけど、白い魔女というのもなんだか面白くてこっちにした。
「ケレスさんは吸血鬼の仮装ですか?お話の中から飛び出してきたみたいです」
黒いマントに昔の貴族が着ていたシャツみたいな首元がヒラヒラしたシャツを着ている。
「正解、それじゃいくか」
連れ立って商店街の中に入っていくと福引券を一枚もらえた。
人通りは普段より少し多いけど、仮装をしている人はまばらで少し恥ずかしい。
「顔を上げて。堂々としていれば気にならないよ」
エランくんが背中にそっと手を添えた。彼の温かな体温が伝わってくる
「そういうところ、気持ち悪いって言われてるよ」
エランさんが添えられた手をぺしっと払ってしまった。
「テンションが低いか高いかの違いだけでお前ら似たようなもんだからな?」
ケレスさんは呆れた様子だ。はあ、とため息を吐いたケレスさんに突然手を取られた。
「あいつらは放っておいて先に行こうか。季節限定のケーキを買いにいくんだったよな?」
「うえ!は、はい!そうですけど……えっと、いいんでしょうか?」
グイっと手を引かれてつんのめりながら前に進む。オロオロしていると後ろから二人の声が聞こえてきた。
「よくないよ!」「兄さんだって似たようなものでしょ」
二人もすぐに追いついて仮装の小道具らしき杖で、ケレスさんを突いたり刺したりしている。
「いってぇ!おい!クルーシオとか言いながら杖刺すな!」
ちょっとケレスさんが不憫だけど、同じ年ごろの兄弟で遠慮のない関係は羨ましく感じた。
商店街の洋菓子屋さんのショーケースには様々な種類のお菓子が並んでいる。季節柄、黄色やオレンジや茶色など暖色系のものが多い。どれも美味しそうで目移りしてしまう。
「モンブラン、美味しそう……でも、モンブランはいつも置いてるし……やっぱり季節限定のパンプキンパイかな……うう、決められません……」
「気になるもの全部買えばいいんじゃないか?」
ケレスさんの提案は魅力的だ。でも、そんなことをするとお小遣いが無くなってしまう……
「兄さんってば本当につまらないこと言うね」
「いきなりなんだよ」
「こういうのは悩む時間も楽しいんだよ。というわけで僕はほうじ茶のムースが乗ったケーキをお勧めするよ」
「た、確かにそれも美味しそうですね……」
エランくんのせいで悩みの種が増えてしまった。彼はじーっとほうじ茶のケーキを見つめている。
「僕も気になるし買っちゃおうかな。ほうじ茶を使ったデザートなら、居酒屋のメニューに置いても馴染みそうだし、作ってみるのもいいかもね」
「試食は私がやりたいです!」
「いいよ、でも太らないように気を付けてね」
耳が痛いことを言われてしまった。ここ最近まかないが美味しいからって調子に乗ってパクパク食べてるから本当に気を付けないと……
「そういえば、エランさんは何か気になるものはないんですか?」
食に無頓着だとエランくんもケレスさんも言っていたけど、やっぱりそうなんだろうか?
「僕はお菓子に興味ないんだ」
「とか言いつつさっきからプリントルテばっか見てるよな」
興味ないと言い切ったエランさんだけど、確かにケレスさんの言う通りプリントルテの方を見ている。
「見てない」
「拗ねるなよ。お前、分かりやすいよな」
ムッとした表情に変わったエランさんをケレスさんがニヤニヤしながら見ている。上の兄弟というものはどこもこんなものなんだろうか……
「まあまあ、プリントルテ、私も気になります。きっと美味しいんじゃないでしょうか」
「じゃあ、買おうかな」
「お前さあ……まあ、いいや。俺も何か買うか」
結局、私はケーキを4個、ケレスさんたちは6個買った。福引券もそれぞれ4枚と6枚もらえたので、交換所に向かうことにした。
「ちょっと並ぶことになりそうですね」
交換所は長蛇の列、とはいかないまでも割と行列ができていた。
あらゆるところで電子化が進む昨今だけど、昔ながらのガラガラと回す抽選機を使っているみたいだ。あの回すワクワク感は唯一無二のものなので割と嬉しい要素だ。
「そういえば福引の景品なにがあるか見てないな」
「福引券と一緒にチラシ貰ったから書いてあるんじゃない?」
エランくんがチラシを取り出したので、みんなで顔を突き合わせて確認する。
「ほう、商品券10万円分と5万円分ね……と、ブランド物の牛肉、ここまでは普通だな」
「なんでガンプラが入ってるんだろう……しかもダリルバルデ?どうして?」
「そこはエアリアルだよねぇ。僕ら的にはファラクトを推すべきなのかな」
ケレスさんたちが口々に言い合っている。
「あ、旅行券もあるんですね。でもペアチケットか……」
ペアチケットと言った瞬間エランさんたちの纏う雰囲気が剣呑なものになった気がしたけど、きっと気のせいだろう。
「で、特賞が……なんだこれ」
「なになに、うっわナニコレ、笑える」
「誰がこんなものねじ込んだんだろう」
「これは……当たっても困りますね……」
特賞は1/5000スケール、クワイエットゼロだった。これがあるなら尚更ダリルバルデの選定は謎に思えた。
「大方、現商工会長がねじ込んだんだろうよ。俺は商品券を当てて帰らせてもらう」
「兄さん、それフラグだよ」
「クワゼロ当てて笑う用意はしておいてあげる♪」
景品を確認しながらあれこれ話してるうちに抽選の順番が回ってきた。
まずは私からだ。最初に貰った福引券と合わせて5回ガラポンを回す。出てくる玉は白色ばかりで一つだけ青色だった。
「全然ダメでした」
ポケットティッシュとあぶらとり紙を手に持ってエランさんたちのところに戻った。
「それが普通だよ。気を落とさないで」
エランくんが慰めてくれる横でケレスさんは気合を入れている。
「見てろよ!商品券か肉当てるからな。フリじゃねえぞ」
ケレスさんがガラポンを回し始めた。しかし、最初から6回目までは全て白玉で回す前のヤル気は削がれて、ガックリと気を落としてしまう。そして最後の一回、投げやりに回ったガラポンから虹色に輝く玉が出てきた。
カランカランカランと鐘の音と「特賞です!おめでとうございます!」という声が響きわたる。
受付の人が背後にある大きな箱を重そうに持ち上げてケレスさんに渡す。ケレスさんは茫然とそれを受け取っている。
「特賞……?肉は?商品券は?」
「あははは!兄さんって本当に持ってるしツイてるね!羨ましくないけど」
「特賞おめでとう。羨ましくないけど」
「あ、あの、頑張ってください!」
茫然としているケレスさんをせめて慰めようとしたけど、慰めの言葉は見つからなかった。
「お、おう……頑張る。えー、組み立てをか?何度見てもこれデカすぎだろ……」
「デンドロビウム……」「ネオジオングじゃない?」
「お前らも持つの手伝え。手が痛くなってきた」
「いやだよ」「やだね」
ケレスさんは疲れて怒る気力もないようで、深いため息を吐いた。
「あの、私、手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておくよ」
しおしおと元気のなさそうだったケレスさんがしゃっきりとした。これはカッコつけているんだろうか……?ケレスさんの考えていることは分かりにくい。
ちなみにこの後ケレスさんはクワイエットゼロを一人で組み立てて部屋に飾ったらしい。一回実物を見てみたいけど、さすがにお部屋にお邪魔するのは躊躇してるのは別の話。