居場所
シャボンディ諸島で、私が天竜人に迫られたところを、
ルフィが天竜人を殴ってしまい、逃亡生活を送ることになって数日。
私達は、とある島の町の民家に匿ってもらっていた。
ここは以前、私達が海兵時代に訪れたことのある町で、
名も知らぬ海賊たちの襲撃を、私とルフィの2人で対処して、町の人達から感謝されたことを私は覚えている。
私達は民家に届いていた世界経済新聞に目を通す。
そこには一面に私達のことが書かれていた。
『英雄の孫、歌姫の為に天竜人に暴行!』という文章の下には、
私とルフィの写真と共に、懸賞金の額が書かれていた。
その額は、今世間を賑わせる"最悪の世代"にも引けを取らない程であった。
私はふと、窓の外の景色を見る。
そこには、数名の子供達に囲まれているルフィの姿があった。
天竜人に暴行を加えるという大罪を犯しているにも関わらず、
子供達はルフィに懐いていて、ルフィもそんな子供達に対して、笑顔を見せて一緒に遊んでいた。
「ふふっ、ルフィったら楽しそう……」
私はそんな様子を眺めて、微笑んでいた。
その一方で、子供達とルフィを遠くから見ていた大人達の中に、
複雑そうな表情を浮かべているのが数名程見えた。
町を救ってくれた英雄として見る者、天竜人に逆らった大罪人として見る者。
その二極に分かれているように、私は見えてしまった。
それから夜。私とルフィは匿ってもらった民家の家主からのご好意で、
家主さんの部屋を貸してくれた。私達はその部屋のベッドで、
2人で一緒になって寝ていた。
「ねぇ、ルフィ……」
「あぁ、いいぞ」
私がルフィの名前を呼ぶだけで何をするか、ルフィには分かっていた。
私は隣で寝るルフィを抱き締めて、胸の辺りに顔を埋める。
ルフィもまた、私に手を伸ばして同じように抱き締める。
逃亡生活になって数日間、ルフィは追ってくる海軍や、海賊を相手にする日々が続き、
ルフィの身体は傷が絶えないものとなっていて、包帯の巻かれていない身体を、
私はこの逃亡生活が始まってから一度も見たことがない。
ルフィが怪我を負って戦いを終える度に、私は応急処置を施す。
医療技術を持たない私には、包帯を巻くことしか出来ない。
私はルフィに対して何度も泣きながら謝り続けるが、
その度にルフィは「ウタを守る為だ」と慰める。
いつしか私を守ったせいで死んでしまうんじゃないかと考えてしまい、
不安に押しつぶされそうになった私は、ルフィに一緒に寝てほしいと頼んだ。
ルフィはそんな私の頼みを快く受け入れてくれて、
それ以降、私達は一緒に寝るようになった。
私は寝ているルフィを抱き締めながら、ルフィの心音を聴く。
ルフィの心音は、今の私の心を落ち着かせてくれる、唯一の音楽。
私はそれを聴きながら、眠りにつこうとした___
バンッ!!
その時だった。
部屋の扉が勢いよく開き、その大きな音で私達はすぐさま起き上がる。
私は扉の先にいる人物を見ると、そこにいたのは、
複数の海兵の姿と、その奥には、この民家の家主の姿だった。
「ど、どうして……!?」
私達がここに匿っていることは海兵に知られていない筈。
ならどうしてバレてしまったのかと考えていた時、
奥の方にいた家主が、私達を見て笑みを浮かべていた。
それを見た瞬間、私は気づいてしまった。
家主は私達を"売った"んだ。
「ルフィ元大佐に、ウタ元准将。一緒に来てもらおうか」
複数の海兵の中にいた、あの中で一番階級が上だと思しき人物が確保命令を出す。
私達は世界政府に「ONLY ALIVE(生け捕りのみ)」として手配されていて、
海兵達は私達を確保する為に、海楼石で作られた網の入ったランチャーを、私達目掛けて撃ってきた。
次の瞬間、ルフィは私を抱きかかえて、部屋の窓から飛び出してその場から逃げ出す。
海楼石の網は、すんでのところで当たらなかった。
「ほら、早く捕まえてくれよ海兵さん!」
匿ってもらっていた家の方から、家主の怒号が聞こえる。
あの人は、初めから匿う気なんて無かった。
私達を海兵に売って、富を得たいだけだったんだ。
考えてみれば、町の人からすれば天竜人に逆らった人間を匿うなんてこと、
海軍や、ひいては世界貴族を敵に回すも同然の行為だ。
いくらこの町を救ってくれた人であったとしても、今の私達は大罪人であり、
家主みたいに、私達を海兵に売る人間がいるなんてこと、分かっていたのに。
赤髪海賊団に捨てられたことでフーシャ村に置いていかれて、
天竜人の意に反したことで、ルフィ共々海軍への居場所も無くなって、
挙句の果てには、匿ってくれた町民も私達を裏切った。
あれ、なんでだろう。視界が急に歪み始めた。
そう思って目を指で擦ると、私の指が少しばかり濡れる。
あぁそっか。私、涙が出ちゃってたんだ。
自分の居場所が、悉く失っていくことに。
「ルフィ……私、どこにも居場所がないのかなぁ……っ」
私を抱きかかえたまま海兵から逃げ続けるルフィに対し、泣きながら私はそう呟く。
するとルフィは立ち止まり、後方から追いかけてくる海兵達の方に振り向く。
ドクンッ!
次の瞬間、その場にいた海兵の全員が泡を吹いて、その場に倒れ出した。
ルフィの威圧感に圧倒されるその光景は、ルフィが意識して発動したのか否か、
海兵時代に学んだことがある「覇王色の覇気」のようにも見えた。
「ウタ」
私の名前を呼ぶルフィの声を聴いて、はっと我に返る。
ルフィは私を下ろすと、今度は私をぎゅっと強く抱き締める。
私の腰に手を回すように抱き締めたルフィは、私に向けて言葉を発した。
「お前の居場所は、おれの隣がある」
そう言われた私は、ルフィと互いに抱き締め合う。
私はルフィを強く抱きしめながら、その場で咽び泣いていた。
どれだけの居場所を失おうとも、
私は、この居場所だけは絶対に、失いたくなかった。