少女の知らない話

少女の知らない話


「ルフィ、見て!!今日はでっかい魚釣れた!」

「ルフィ、今暇でしょ!私と勝負しよう」

「ルフィ、ルフィ」

ウタは今日も相変わらず子供のような顔をして、ルフィの首にしがみ付いていた。ルフィはそれにあきれ顔を返していたが、どこか嬉しそうな雰囲気も滲ませている。普通、ああも執拗に纏わりつかれれば、鬱陶しく思いそうなものである。素直に好意を示す少女は確かに可愛らしくはあるが。

「相変わらず、ウチの副船長は船長に激甘ね」

「うふふ、微笑ましいわ」

「あの二人って、昔からああなんでしょ?私がルフィだったら、いい加減にしてくれ!って悲鳴あげてたかも」

「そうかしら?」

「……何?」

「私には案外、ルフィがウタから離れられないように見えるわ」

ロビンは妖しく微笑むと、再び読書をする姿勢に戻った。ナミは「ふ~~ん」と悪戯に笑って、良いことを思いついたと言わんばかりの顔をしている。

「あの二人に馴れ初め聞いてみよっか」

「ふふふ、面白そうね」

穏やかな午後の一幕の、淑やかなお茶会で交わされた一つの密約である。

 

 

 ウタとルフィをお茶に誘うと、二人は簡単に付いてきた。ウタは「おやつはパンケーキが良いな」と言って顔を綻ばせている。直後、「お前は甘いもん食い過ぎだから、やめとけ」と隣で保護者面をする男に窘められ、「ルフィは私に厳しすぎる!」と言って何やら抗議を始めてしまったが。

「スト~ップ!!二人での会話はその辺にして、今日は二人に聞きたいことがあるの」

ナミはコホンと咳ばらいを一つすると、本日の本題を切り出した。

「今日は、二人が出会った頃の話が聞きたいなって」

ウタは一瞬キョトンとした顔を見せたが、次の瞬間には「いいよ!」と笑って聞き入れた。

「お前らは、何でそんなのが聞きてェんだよ……」

「あら?聞かれて困る話でもあるのかしら」

嫌そうな顔をするルフィにロビンがくすりと微笑みかける。するとルフィは益々嫌そうな顔をして、むっつり黙り込んでしまった。対して、ウタはきらきらと楽しそうにルフィとの出会いを語り始めている。

「ルフィと私が出会ったのは私が八歳の時なんだけどね、ーーーー

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 青い空に青い海。目の前にはピチピチと魚が沢山跳ねているはずが、網には何もひっかからない。勿論釣り竿もしならない。その日のルフィの釣果は0であった。漁師にはあるまじき結果である。しかもこれは本日に限った話ではない。三日連続こうだった。

ルフィは「ま、こういう日もあるよな」とカラカラになった喉で笑うと、せめて山賊でも取り締まろうと山に登った。とは言うものの、ルフィがいるおかげでここ最近はすっかり山賊も鳴りをひそめている。徐々に自分にできる仕事が減ってきて、ルフィはやや焦り始めていた。自分のすべきことを見つけること、それ即ち自分の居場所を見つけることと同義である。それがこの村では中々見つからない。

ルフィが気の抜けた顔で山を練り歩いていると、珍しく山賊どもの荒い声が聞こえてきた。

「あのガキィ!!どこに隠れやがった!」

「探せ探せ!見つけ次第殴り殺しにしてやる!!」

などと随分物騒な声が聞こえてくる。どうやら子供が彼らを相当怒らせるようなことをしでかしたらしい。ルフィははて、村に子供なんて居たかなと頭を捻らせたが、特に深く考えることはしなかった。子供が何をしたとして、大の大人が寄ってたかってみっともない。男だってんなら、もう少し余裕が欲しいもんだ。

「よォ、お前ら。何か楽しそうにしてんな」

山賊たちは突如として目の前に現れた男に真っ青な顔をして悲鳴を上げた。その勢いのままドタドタと後ろに倒れてゆき、ルフィを見上げる形となっている。

「子供がどうとか言ってたけど、何の話だ?」

「い、いや、何も。あのガキにゃあまだ何もしてねえもんで、見逃してくれやしませんかね、へへへ」

おい、さっき誰かが何発か殴ってなかったか?バカっ、言うなって!嘘言う方がヤベェだろ!!などと喚いてる山賊どもを、ルフィはあっという間に片づけていった。ルフィからしてみれば余りにも手ごたえのない連中である。どこか物足りなさを感じているらしい自分に、ルフィは辟易した。

 さて、その子供を探すか、とルフィが立ち上がろうとした折、ガサガサとルフィの頭上の木が揺れた。

「ん?」

何やら嫌な予感がしてルフィが顔を上げると、紅白の何かがルフィめがけて落ちてくる。その石頭が、ルフィの額にぶつかった。

「いってェ!」

久しぶりに感じる痛みに、ルフィの視界はチカチカと点滅した。ルフィは多少の恨みを込めた眼差しでその元凶を見る。すると、光を吸い込んで白く光る真ん丸な瞳が目に飛び込んだ。それは間近まで迫っていて、ルフィは益々混乱する。目を逸らそうにも、その光に引き寄せられて、体が言うことを聞かない。どうしたもんかとルフィが頭を悩ませている内に、その少女はよく通る声を響かせた。

「お兄さん、かっこよかったね!!私もお兄さんみたいになりたいな!!」

不快な声ではない。寧ろどこか人を惹きつけるような感じのする声だ。しかしこうも耳元で叫ばれると頭に響く。ルフィはガンガンと痛む頭を押さえ、尚も声高に喋り続ける少女を「うるせェ!」と一喝した。少女は「わあ!怒られた!」と言って相変わらず楽しそうに笑っている。

あんなに大人数の相手、一人でやっつけちゃうなんて、凄いね。強いんだね、と、少女は身振り手振りを加えながらその興奮を伝えてくる。

「助けてくれて、ありがとう」

と屈託なく笑う少女の顔を、ルフィはどうしても見ることができなかった。



おれは、そんな凄い奴なんかじゃないからここにいるんだ。


 

「……お兄さん、泣いてるの?」

 小さく柔く、温かい手が、冷たくなった頬に触れる。

「痛いの飛んでけしてあげようか?」

こんな小さな子に一生懸命慰められるなんて、自分も大してあの山賊どもと変わらないな、とルフィは自嘲した。緩く首を振るルフィを見て、少女は次なる案を考える。

「あ、それなら私が歌ってあげようか」

今度はルフィの静止も聞かず、少女は浮かれた顔をしてルフィの体からおりると、その澄んだ歌声を森いっぱいに響かせた。堂々と歌い上げる姿には、少女の底知れぬ自信が溢れている。

少女はまだ、絶望を知らない。



まるで、昔の自分のように。



「どう?幸せな気持ちになれた……ってめちゃくちゃ泣いてる!!」

「うるせェ、おれは泣いてねェ……」

「ええ……ごめんね、私、もっと歌の練習するね。泣かないで」

少女は自分より大分年上であるはずのルフィが泣き崩れているのを見て戸惑い、座り込んでいるルフィの周りをオロオロと歩き回った。ルフィの視界にはぴょこぴょこと動く紅白の髪がちらついている。

「お前、名前は?」

「ウタだよ」

「へえ。歌、上手いもんな」

「うん。私は私の歌で世界を変えるんだ!皆を、私の歌で幸せにするの」

ルフィは少女の口から世界、というワードが出たことに驚いて、暫く何も言えなかった。しかし、正しく言葉の意味を受け取ると、あははと手を叩いて笑い始めた。あは、あはと一頻り笑い終えると、

「良い夢だなァ、その、ウタの夢は。そりゃあ追うだけの価値がある」

としみじみ呟いた。

ウタは、泣きながら笑うルフィのことを、不思議そうな顔をして見つめている。

「おれにも見せてくれるのか?その世界を」

「うん!今は泣いてるお兄さんだって、もっと歌が上手になった私ならうんと幸せにしてあげられるよ!!」

だから、楽しみにしててと言ったウタの笑顔を、今度はちゃんと見ることができた。その満開の花が咲くウタの笑顔は、未だにルフィの脳裏に焼き付いて離れない。

 

 ルフィはウタに言ってやるつもりもないが、もし死ぬ間際走馬灯を見るならば、このシーンからだろうなと思っていた。ルフィにとって、ウタとの出会いはそれだけ大きなものである。 ウタに出会ったことで、漸く自分にも道が開けた。あれから随分時が経ったが、ルフィはウタとの出会いを今でも鮮明に記憶している。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

でね、ルフィは昔からかっこよくて、今も私の目標なの!あ、でもルフィ、何であの時泣いてたの?」

「……お前には言わねェ」

「え、それって、ナミとかロビンには言っても良いってこと?」

「いや、それもねェな」

「え、じゃあ“お前には”なんて最初に言う必要なくない??何でそんな角が立つ言い方するの??」

ほら、ナミ!!ロビン!!ルフィって私に対して何か厳しくない!?酷い!!とウタが言うのを、名前を呼ばれた二人は生温かい顔で見守った。

「厳しいって言うか、ねぇ?」

「特別なのね、あの子が。……少し妬けるわ」

「……どっちに?」

「さあ、どうかしら」

ルフィにわし、と顔を掴まれ固定されているウタは、涙目になって二人に助けを求めたが、それに二人が応えてくれることはなかった。ルフィはそっぽを向いていて、その耳はほんのり赤く染まっている。

 


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