小鳥遊ホシノと砂糖の出会い

小鳥遊ホシノと砂糖の出会い


目次


風に砂の混じる辺境、アビドス自治区にて、今日も今日とてヘルメット団は騒動を起こす。

学校を退学になり、寄る辺を失ったならず者たちの集団が、このアビドスを襲う。

 

「クソッ! 相手は数人だぞ、なんでこれだけ数集めてんのに負けてんだ!?」

「うへ~、そんなこと言われてもね、この程度じゃやられてあげるわけにはいかないなぁ」

 

絶対ともいえる数的有利。それをアビドス側は苦にもせず跳ね返していた。

一人で対峙している少女、小鳥遊ホシノは盾とショットガンを片手に眠たげな眼でヘルメット団を見返していた。

そのすぐ後ろには既に気絶させられたヘルメット団のメンバーが死屍累々と言わんばかりに積み重なっている。

 

「ちっ、おいお前ら! アレ持って来い!」

 

「おっと?」

 

舌打ちをするヘルメット団リーダーの少女の声に合わせ、後方から一台の兵器が投入される。

 

「ブラックマーケットで仕入れた焼夷弾だ。てめえらの校舎ごと吹き飛ばしてやる。撃て!」

 

これが標的に直撃すれば、吹き飛ぶ瓦礫と広がる火炎に自分たちもただではすまないだろう。

だがそれすらも思考の外に置きやり、発射された弾頭は――

 

「――ふっ!」

 

ガァンッ! とホシノの持つ盾に弾かれる。

即座に走り寄り、発射の直後にシールドバッシュで横っ面を殴られ、校舎とは別の標的、延々と広がる砂漠へと強引に方向転換させられた。

 

「なぁっ!?」

「おお~危ない危ない、間に合ってよかったよ~。ありゃ? 思ったより燃えないね、不良品でもつかまされたかな」

 

砂漠に着弾した焼夷弾が炸裂し、火が広がる。だがホシノの想定よりもずっと火は小さかった。

燃えるものもなく、熾火のように少しずつ断続的に火を吐く残骸から視線を外す。

 

「これで虎の子の秘密兵器は終わりみたいだけど……で、まだやる?」

 

「~~っ!? きょ、今日のところはこれで勘弁してやるよ!」

 

眠たげな眼が薄く開かれ、わずかにのぞく鋭い眼光と温度の下がった問いに、これ以上の抵抗はできないとヘルメット団のリーダーは吐き捨てるように負け惜しみをこぼして退却を選択した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『ん、ヘルメット団はみんな帰った。大丈夫?』

 

「ああシロコちゃん、こっちは大丈夫だよ。シロコちゃんこそ、病み上がりなのに索敵手伝ってくれてありがと~」

 

隣にフヨフヨと浮かぶドローンから、先日アビドスに転入した砂狼シロコの声が聞こえる。

 

『ん、問題ない』

 

『シロコちゃんすごいんですよ~。あっという間にドローン操作覚えちゃって、教えること無くなりました~』

 

『ノノミのおかげ』

 

過去の記憶もなく衰弱していたところを小鳥遊ホシノと十六夜ノノミに保護されたシロコは、前線に出られるまではいかずとも、こうしてドローンで周辺の索敵、援護を手伝えるまでには回復していた。

上手く扱えた自信からか、ドローンが跳ねるように動く。むふーっ、と自慢げに声が漏れる。

 

「はいはい、それじゃシロコちゃんはここでお疲れ様、あとはやっとくよ」

 

『ん、でもまだ……』

 

「残りは掃除だけだから気にしなくていいよ。ね、ノノミちゃん?」

 

『はい~、空薬莢の回収ですね、頑張りましょう』

 

キヴォトスでは誰もが銃を持つ。ヘイローを持つ彼女たちの体は頑丈で、撃たれても痛いで済むことが多く、傷になることすら稀だ。

コンビニで銃弾やマガジンが買える現状は、金属の使用量が途轍もなく高い。

たとえ再利用できなくとも、金属としてブラックマーケットに売ることができる。

だからこうして使い終わった空の薬莢でも、かき集めれば悪くない収入源になるのだ。

シロコが入って人数は増えたとはいえ、たった3人しかいない学校だ。

小銭であったとしても手を抜くわけにはいかない。

 

「あとはあれだけか~。大分遠くまで飛んじゃったみたいだけど、がんばりますかね、っと」

 

推進剤だけは無駄に積んであったらしく、砂漠のど真ん中に落ちた焼夷弾の残骸。

周囲に燃えるものもないのだから放置しても問題はないが、奇怪なオブジェとなったそれは景観を損ねる。

割れ窓理論よろしく、ヘルメット団が砂漠をゴミ箱と勘違いされても困る。

仕方なしにホシノはえっちらおっちらと回収用の猫車を押していった。

 

「うへぇ、遠い~」

 

「うへぇ~」

 

「へぇ~」

 

「……」

 

やがて口から洩れる泣き言もなくなり、ひたすらとぼとぼと歩いていく。

 

「あれはどれだけのお金になるかなぁ」

 

――決まっている。雀の涙だ。

頭の中で、冷めた目で見ている自分が無駄な悪あがきと答える。

 

使い終えた弾頭など、ただの鉄くずでしかない。

金属としての価値しかなく、空き缶集めのホームレスと変わらない作業だ。

しかし、やめることはできない。

借金があるからだ。

アビドスに残された長年の負債、9億を超える莫大な借金。

毎月の利子ですら、こうしてかき集めてようやくしのいでいる状況だった。

どうにかしなければ、と思えどどうにもできず、糊口をしのぎながら毎日を浪費している。

人も、金も、何もかもが足りない。

黒服、とホシノが呼ぶ謎の人物との伝手はあれど、あれは信用してはならない類の大人だと、直感が警告していた。

 

「……」

 

来年になれば、新入生が入ってくるだろう。

そして、そのうち大半がすぐに辞めていくことになる。

アビドス生徒会の副会長として、ホシノは転校の書類に判を押し続け、それら全てを見送った。

今年はノノミしか残らなかった。

アビドスを出ていった彼女たちは、新しい学校で新しくできた友達たちと仲良くやっているのだろう。

そう願うことしかホシノはできない。

武力には多少自信があれど、彼女たちを引き留めるだけの力を、ホシノは持っていない。

半ば強引に転入させたシロコは、いつまでアビドスに居てくれるだろうか?

もしシロコが出ていくと告げたのなら、そのときアビドスは終わるかもしれない。

 

「はぁ……【いっそ――】」

 

ホシノは何とはなしにつぶやく。

――戯言だ。

5000兆円欲しい、と叶うはずもない欲望を垂れ流すのと変わらない。

 

「【いっそこの砂漠の砂が全部砂糖だったらよかったのに……】」

 

――そうすれば少しは名物として人が呼べるだろうに。

ピラミッドのない砂漠なんかに観光価値はゼロだ。

くだらない子供じみた理想を漏らしたのは、誰も聞いていないからだろう。

頼れる大人など、どこにもいないのだから。

 

「ん、うわぁっ? 何々、風?」

 

ビュウ、と突風が吹いてホシノの背中を押し、思わずたたらを踏む。

 

――ハ……ハハ、ハハハハハハ―――――ッ!

 

ホシノの耳に、吹き荒ぶ風が何かの嘲笑に聞こえる。

砂を巻き上げながら吹き上げる風は、まるで意思をもつかのようにホシノを襲う。

散弾のように砂を叩きつけてくる風に辟易としながらも、唐突に起きた風は、何事もなかったようにすぐに消える。

 

「もう何なのさ、今の砂嵐。うへぇ、体が砂まみれだよ~……まあいいや、もう着いたし」

 

帰ったらシャワーを浴びよう、と心に決めて砂をはたき落とす。

奇妙な風に違和感を覚えながらも、意識を砂漠に向けた。

 

「さっさと終わらせよ、なんだか甘い匂いがするし。お菓子食べたくなってきた……ん? 甘い?」

 

風向きの影響か、先ほどまでなかった周囲に漂う甘い匂いをホシノの嗅覚が捉える。

焦げた匂いでも鉄の匂いでもない、砂漠で感じる感覚としてはありえないものだった。

 

「何これ、ガラス……じゃないよね」

 

熱された砂漠から、わずかに透明な塊が覗く。

ホシノはすわガラスかと考えたが、粗悪品の焼夷弾が出した火でガラス化するほどの高熱になることはない。

薄い板状で、先ほどの突風で砂漠に埋まっていたものが露出した、と考えるには広範囲だ。

じゃあ何なのか、と触れてみると、ボロリと結晶は崩れ、手のひらに粉が残る。

見た目がおかしくても砂は砂だろう、そう思うのに目が離せない。

甘い匂いを漂わせるその粉が、近くで見れば見るほど【美味しそう】に見えてくる。

 

「あむっ……―――――っ!?!?!?」

 

思わず口に含んだその瞬間、衝撃が走る。

おいしい、あまい、しあわせ。

乏しい語彙で出た表現をさらにバラバラにするような感覚。

舌から脳天まで突き抜けるような、人生で初めて味わう暴力的なまでの甘味。

吐き出そうと思うことすらなく、口の中で暴れる衝撃を飲み込む。

唾液と混ざり合いドロドロになった物体は、嚥下のリズムに合わせ、音もたてずするりと胃の腑の中に落ちていった。

カッと体が熱を持つ。さながらのたうつ蛇のように、胎の中で脈動した。

 

これが小鳥遊ホシノと【砂漠の砂糖】との出会いだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「うへぇ~、終わったよ~」

「……はい、結構です。では10分の休憩の後、ゲーム開発部へ行きボイス収録を開始してください。今回はここまでとして、続編については後日シャーレ経由でまた連絡します」

「うひぃ、おじさん使いが荒いよ~。あれ台本すごい厚いから疲れるんだよねぇ、ほら見てよこれ、サイコロみたいに四角いし、おじさんの盾より分厚いんだよ?」

「言い訳はいいので」

「……ねぇノアちゃん、おじさんのこと嫌い?」

「はい」

「うわぁ直球だねぇ。ま、そう思われても仕方ないけど」

「あんなことをしでかして、ユウカちゃんまで巻き込んで、この程度で済んでいるのですよ。アリスちゃんや先生の恩情がなければ、貴女なんて」

「わかっているよ。私がどれだけ愚かなことをしたかなんて」

「……」

「謝って赦されるものではないし、赦していいものでもない。だからこうしてできることなら全部やるし、記憶の底をほじくり返してでも思い出している」

「そうですね」

「……でもこうして言うのも何だけど、私の過去なんか書き出して、これって意味があるのかな?」

「あります。現在ベータ版が開発されているアンハッピーシュガーライフですが、スパコンが複数のバッドエンドを記しました。ですがまだ足りません。変数として組み込むデータが足りないのです」

「うへ……わざわざバッドエンド増やすの? 趣味悪いよ~」

「これは教育ゲームですから、趣味とかそういう問題ではありません。……小鳥遊ホシノさん、その裏にアポピスという悪意があったとはいえ、貴女は砂漠の砂糖を広めた。ですがそれは貴女でなくても起きたことです」

「……」

「今回は最初に接触したのが貴女だったというだけで、本来は他の人間でもよかったはずですよ。現にスパコンは貴女以外のアビドス生徒が砂糖に最初に接触した可能性も示唆しました」

「っ!?」

「他にも……ああ、私が摂取した場合、記憶能力を喪失してヘルメット団の一員として突撃しかできなくなったり、ペットとして貴女に飼われる未来もあったみたいですね?」

「ペットって……真顔で言うことそれ? おじさんのライフはボロボロなんだけど?」

「あくまで可能性の一つですが、ね。理解しましたか? ちょっとしたボタンの掛け違えで、私たちの誰もが最初のひとりに成り得たのです」

「それでもそれは……私がやったことだよ。誰かのせいにはできない」

「貴女を擁護しているわけではありません。事件の原因究明、犯罪心理の研究、その他の同等の厄災を引き起こすものがないかの調査は必須です。アビドスに悪意ある砂漠があり、レッドウィンターに対抗できる雪があり、そしてミレニアムには解決できるアリスちゃんがいました。これは全て偶然でしょうか? いいえ、そんなはずはありません。そしてこれら以外に現在の技術でどうにもならないものが存在しない、とはもはや言い切れないのが現状です」

「……そう、だね」

「このゲームはミレニアムの総力を挙げて制作しています。誰もが手に取りやすく、気軽に遊べて、トゥルールートは史実であると知る。私たちの現状は、奇跡といっても過言ではない細い綱渡りの先にあります。キヴォトス全土を巻き込むほどの未来の厄災に備えるためにも、警告として絶対に後世に残さなければなりません。そのためには貴女の過去などはすべて詳らかにしますし、酷使することに何の躊躇もありません。その結果、ゲームをプレイした者に貴女が同情されようと、逆に敵愾心を募らせることになろうと」

「うん、わかった……ありがと、ノアちゃん」

「言ったはずです、擁護しないと。休憩は終わりです。出て行ってください」

「うへぇ!? ノアちゃん人使い荒いよ~!」

「……行きましたか。難儀なものですね、他者からの優しさに苦しみ、憎まれないと安心できないなんて……彼女の傷もまた深いようです」

 


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