小話二つ
『初恋を知る、その前に』と全て同軸のお話キャプテンの好み
なんて事は無い戯れのつもりで、旗揚げから間も無い頃に一度だけ酒に呑まれたキャプテンへ聞いた事がある。どんな女が好みかって話だ。
あの人はどんな別嬪に言い寄られようとも靡かない。どれだけ理想が高けりゃそうなるんだと、男である俺もまた惚れ込んだ色男への八つ当たり半分だった気がする。気がする、なんて曖昧な言葉使うのはその時、声を掛けた美人にこっぴどく振られた俺もヤケ酒に溺れていたからだ。
許容範囲を超えてまで飲んで寝落ち寸前のキャプテンは、おもむろにその口を開いた。
『金髪』『ふわふわ天パショート』『赤瞳』『長身』『スタイルが良い』
なんて見た目の話から始まり、
『お人好し』『猪突猛進』『優しい』
性格の話にまで広がって、
『笑顔が可愛い』『ドジっ子』『海兵』『嘘つき』
まるで特定の誰かを指し示す様な言葉を告げた後、
『…………さん』
寝落ちる寸前、船長は確かに誰かの名前を呟いた。保護者を求める迷子の子供の様な、もしくは恋人を亡くした男の様な、懐古に似た悲しそうな表情をしていたのだけは妙に記憶に残っている。
だから、キャプテンの恩人だという其の人を見た時、俺はすぐに気が付いた。
そうか、この人が。
キャプテンの惚れた女(ヒト)か。
「……おい、シャチ」
「アイアイ、キャプテン」
思わずじーっと見詰めてしまった為か、嫉妬の鬼と化したキャプテンから釘を刺される。嫌だなぁ、キャプテンが惚れた女を俺が狙う訳ないじゃないっすか。
……なァ、これからウチの新入りになる船長の恩人さん。アンタも知ってるだろうけど、俺達のキャプテン一途ですっげぇイイ男なんすよ。だから出来る限り早く、堕ちて来てあげてくださいね。
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お披露目
イッカクに呼ばれ船長室の扉を開けた瞬間の衝撃は、凄まじいの一言に尽きる。着飾ったコラさんが居る、それだけでも俺には十分過ぎる衝撃なのに、ファミリーに居た頃もあの半年間も、ドジっ子過ぎてずっとパンツスタイルを貫いていたあのコラさんが、スカート。
ドジるといけないからポーラタング号で着替えたのだ、と。はにかむ様な表情を浮かべ告げた彼女は、そりゃあもう見惚れる程に可愛かった。
「……に、似合ってるよ、コラさん」
「ありがと、ロー」
口下手かよ。我ながら絞り出した様な言葉にも関わらず、嬉しそうにコラさんが礼を言う。其の隣に居る『可愛いとか綺麗とかもう少し踏み込んだこと言えないの?』とでも言いたげなイッカクからの視線が痛い。が、これが今の俺の精一杯だった。コラさんに初恋を捧げて以来、恋愛というモノをこれ迄一切して来なかった事を後悔したのはこれが初めてだ。仮死状態だったコラさんと今の俺は同い歳である筈なのに、コラさんを前にすると途端に俺はあの時と同じ十三歳のガキに成り下がってしまう。これなら恋情を自覚する前の十三歳の俺の方が余っ程───
『……かわ、……なんでもねぇ』
『ん〜?何て?もっかい言ってみ?』
『着飾ってんじゃねぇよ、ババア』
『ンだって!?このクソガキ!』
いや、そんな事は無かった。残念ながらあの時の俺には、そんな返しが出来る程の心の余裕も時間の余裕も無かったし、そもそも恋情を向けている自覚もしていなかったと言い訳をさせて欲しい。
ともかく、俺のその一言で十分満足したらしく踵を返したコラさんは、まぁ或る意味お約束とでも言うように数歩進んだ先で足を絡ませ身体のバランスが崩れて行くのを、条件反射で受け止めに入る。
「"Room"、"タクト"」
コラさんが何時もの要領で転けてたら色々と危なかった。抱き起こす様にその背に手を添えて、彼女の耳元で囁く。
「……可愛い」
コラさんは動揺した様にその赤い瞳を揺らした。男性として意識して貰う事すらこれまで難しかったことを考えれば、この反応は上出来では無いだろうか。彼女の身体を元に戻してしまえば、もう彼女がどんな表情を浮かべているか此方からは伺い知れなかった。
…………
「あれ?ロシナンテさん顔赤いけど大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫じゃないかもしんない」
「えっ?」
初恋知るのは、もう少し先。