小波カナミの日記─その壱

小波カナミの日記─その壱


『毎日にっきをつけるように言われた。なのでかく事にした

日付はかくなと言われた。理由は言われなかった、きょうみは無い

今日からカイザーが私のいえだ。パパとママと、私で決めた

いえにはもう金がない、カイザーが私を買うと言った

じっけんは明日からやるらしい、はやくねるように言われた』


…そこまで書いて、ペンを置く

どうにか内容を増やしてみようと思ったが、そもそも今日は本当に何もしてない

実験とやらが始まれば、どうせ否が応でも内容は増えていくだろう

…自分の境遇について、何も思わないわけではない

でも、どうせ私は元から周りに馴染めない人間だった

パパとママ以外に、大切に思える人なんて一人も作れなかった

なら別に私が消えたところでどうだって良いだろう、そう判断した

パパとママの泣く顔だけが、心残りだった



『覚えろと言われた常用漢字を全て覚えた

そう言うと、ドクターに信じられんものを見るような目で見られた

流石に少しむかついたので、文句を二つくらい言ってやった

明日からは例の実験を本格的に開始すると言われた

死んだ動物を生き返らせるなんて、流石に無理だと思うけど

別に出来なくても私はどうでも良いので、何も言わなかった』


カイザーコーポレーションにやって来て、多分一週間くらい経ったと思う

覚悟していたよりここは大分過ごしやすい場所だった、寧ろぬるいと言うべきか

毎日の行動を徹底的に管理されて、人としては本当に最低レベルの生活だが

逆に言うと、それでも最低限人間らしい扱いはしてもらえる訳だ

二日に一回の頻度でご飯を食べて、水が出る日の方が少ない生活に比べたら

実験動物は死ぬまで徹底的に面倒を見てもらえる分遥かにマシなのだ

…しかし、死んだ動物を復活させるなんて本気で言ってるのだろうか

彼らにしてはあまりにも…「非科学的」過ぎる話だと思う

ドクター──私の管理を担当する職員だ──の言う事を信じるならば

私の持つ「神秘」によってそれが出来るらしいけど、正直信じられない

もしこれが失敗したら、私はもうモルモットとしての価値も無い訳なんだけど

私自身は別に適当に使いつぶしてくれても構わない

でもパパとママの借金が元通りとかにはならないと良いな



『動いた』


それ以上何も書かなかった、書けなかった

興奮、高揚感、止まらない動悸、日記を書くとかそれどころではない

今日、蘇生実験を実行した

ネズミの死体に私の血を飲ませたら、動いたのだ

少しだけ動いて、すぐにまた息絶えたけれども

ああ、「神秘」は正しかった!今でも自分の記憶が信じられない!

もっと多くの血を飲ませようとしたところ、同席していた煙頭に止められた

曰く「生き血を飲ませる」という手順の儀式的な象徴性が大事だとか

血そのものには何の力も無いとの事だった

復活したネズミがすぐ死亡した理由を探るために、実験は一旦中止らしい

私も個人的に原因を探そうと思う、別に禁止なんてされていないんだから

実験される側であることは、思考してはいけない理由にはならないのだ

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