小さな冒険
幼児退行IFローでこんな事もあったんじゃないかなと思った結果のちょっとした話
舞台としては旧ドレスローザ跡地。一旦更地にして滅茶苦茶整備した後だから本編ドレスローザとは大分地形とかも変わってるし、空いた土地は全部SMILE工場にしたから生産スピードがえげつない事になってる。けどこの話にはそんな事は全く出てこない
暴力表現あり
「おれもお外行きたい!」
無邪気な笑みを浮かべて、仕事へ行こうとする兄と慕うドフラミンゴにそう言うロー
それが始まったのは約一か月前
普段から絵本を読んでいるローは、物語の中で出て来る物に興味津々だった。そんなローが外へ行きたいと言い出すのはある意味時間の問題だったのかもしれない
それから毎日外へ行きたいと強請るのだが、返ってくるのは否定の言葉だった
「なんで?」
「外は危険ばかりなんだ。俺はお前を危険な目には遭わせたくねェんだ」
優しく言って頭を撫でるが、それだけではローは納得出来なかった
「なにがきけんなの?なんで?兄さまがいれば大丈夫でしょ?」
「俺も常にお前を見てられる訳じゃないからなァ」
「兄さまからはなれないから!ねェ兄さまおねがい!おれもお外行きたい!行きたいの!」
普段は少し言えば大人しく引き下がるローがこのまで食らいついてくるのが珍しく、もう少し付き合っていたい気持ちはあったが、これから仕事な為に早々に切り上げたいドフラミンゴは、ローの額を軽く小突いた
「大きくなったらな」
そう言って無理矢理部屋を出て行き、扉の前に糸で作った自身を模した人形を置いて城を出て行った
一方ドフラミンゴの自室に残されたローは、不満気に扉を見詰めていた
「兄さまのいじわる」
不満を扉にぶつけるが、返事が来る訳もなく
仕方がないと部屋の中で一人で遊ぶ事にした
「兄さまおかえりなさい!ねー兄さま、おれやっぱりお外出たいよ!」
仕事を終えて帰ってきたドフラミンゴを出迎えたローの言葉は、やはり出発の際の言葉と同じようなものだった
髪が乱れるくらいに強く頭を撫でながらドフラミンゴは否定の言葉だけを伝えた
明らかに不機嫌そうに頬を膨らませるが、そんなローの事も愛おしそうに顔に触れる
「何度も言ってるだろう?外は危険で、俺も常に守ってやれる訳じゃない」
「でも!」
「…フフ、お前はそんなに物わかりの悪い奴だったか?兎に角駄目な物は駄目だ、分かったな?」
諭すように言い聞かせるが、それは今のローの精神を逆撫でしただけだった
「兄さまのイジワル!バカ!おれもう兄さまなんて嫌い!」
そう言ってローはベッドに飛び込むと、頭から布団を被り、ドフラミンゴに背を向けて眠った
風呂を終え、寝る支度を整えて寝室に戻ると、相変わらずローはドフラミンゴに背を向ける形で眠っていた
縁に腰掛け、十分に手入れされてサラサラと手触りの良いローの髪に触れる
「フッフッフ…人の気も知らないで寝てやがる」
そう独り言を呟いてからドフラミンゴも同じベッドに入り、ローの頭を撫でながら眠りについた
隣にいるドフラミンゴから寝息が聞こえてくると、ローは物音を立てないように慎重にベッドから降りた
頭から布団を被ってから間もなくからずっと寝たふりを続けていたローは、ようやくその時が来たと動き出した
部屋の扉も音を立てないように開閉し、部屋の外に出てローは大きく息を吐いた
(よし、兄さまに気付かれなかった!)
だが夜中とはいえ城の中にはドフラミンゴが雇った使用人がいる。彼等に見つかれば間違いなく部屋に連れ戻される為、ローは息をひそめて誰にも見付からないように慎重に移動して行く
漸く玄関ホールに到着するとローは扉に手をかけ深呼吸をした
もしも恐ろしい光景が広がっていたらどうしよう
そもそも本当にこの扉を開けば外へ出られるのか
そんな不安を抱きながらもいざ外へと繰り出したローが見た物は工場地帯。何の工場なのかは傍目からは分からないが、夜も遅い時間のため今稼働していない事は分かった
しんと静まり返る工場地帯を歩くローは、今まさに冒険をしている気分だった
いつも窓越しかドフラミンゴに連れられてしか見る事が出来なかった夜空を、今一人で見る事が出来ている。これが楽しくないわけがない
「わ、あぁ……!」
瞳を輝かせて、小さくも歓喜の声を上げて、痛む体に鞭を打って外に出て良かったと心の底から感動した
人の姿は見えないが、そんな事は気にせずローは辺りを歩き回った
特段面白そうな物がある訳ではなかったが、目に入る全てが物珍しく、宝探しの一環のような気持ちになっていた
「楽しい!もー、なんで兄さまはお外があぶないって言ってたんだろう、ぜんぜんこわいことないのに」
不満を露わにしながらローは工場地帯を歩き回った
今度は昼間に、止められるだろうからドフラミンゴがいないタイミングでまた外へ出よう。そうしたらもっと遠くへ行ける、と少し悪い計画を立てる
兎に角そろそろ戻らなければ、あまり遠くまで行くとドフラミンゴが起きるまでに帰れないと踵を返す
その瞬間後ろへ引っ張られると口元を押さえられ、布で顔を覆われてしまった
「ッ!!?んぅ!!!んんんん!!!」
抵抗する間も無く手足を拘束されると体を持ち上げられ、何処かへ連れて行かれてしまった
一体何が起きているのか分からない、だが確実に何か良くない事が起きているのだけは理解出来た
暫くしてどこかに到着したらしく地面に投げ飛ばされると、顔を覆う布が外されるとどうやら何処かの倉庫らしい場所におり、目の前には全く知らない男が二人立っていた
「え、あ…」
困惑しているローに男の1人は下卑た笑みを浮かべながらローの前髪を掴んで顔を覗き込んできた
「良い面だな、これは良い値がつくんじゃねェか?」
「え、え?」
「困ってるだろ、ちゃんと説明してやれよ」
「な、何?誰?」
恐怖心で動けないローに男の1人が説明をした
自分達が人攫いである事、そんな彼等に捕まった事、そしてこれから他国に売られる事
そこまで説明されてローは目じりに涙を滲ませながら嫌だ嫌だと何度も首を横に振った、拘束も解こうと必死に暴れた
しかし男二人はローと比べて大柄であり、そんな二人にとってローが必死に行う抵抗も、まるで子犬がじゃれているのに等しく、片手で簡単に抑えられてしまった
「ヤダはなして!帰る!おれ帰るの!」
「無理だよ、君はもう商品なんだから」
「ちがう!ちがうもん!兄さまのとこに帰る!!」
「……だーもう煩ェな!」
バキッ
と、音が鳴ったその時にはローは床に倒れていた
左の頬にはジワジワと痛みと熱が広がっていく
口の中で鉄の味がした
殴られたのだと流石に理解した
胸倉を掴まれて顔を上げさせられると、視界に入るのは頭を抱えている1人と、ローの胸倉を掴んでいる男。そして目の前の男の再び握りしめられている拳
「ひっ!あ、ヤダ…ごめんなさい…ぶたないで…ぅ、ぐすッ、ごめ、なさ……」
「あーあ泣いちゃったよ。っていうか何してんのさ、この子商品、傷付けたら価値下がっちゃうでしょ」
「こいつがギャーギャー騒ぐのが悪いんだろ」
小さく背中を丸め、消え入りそうなか細い声で何度も謝罪の言葉を零すローに、比較的物腰の柔らかな方の男が声を掛けた
「ほら泣かないで、そろそろ移動するから」
「ぐすっ、ヤダァ……兄さま、兄さまのとこに帰りたい……ぐす、ぐすん…ヤダよぉ……」
「まだ言うかこのガキ」
「まーまー落ち着けって、早くしないとこの子の言う兄様が探しにくるかもしれないだろ」
その言葉にローは少しだけ表情が明るくなった
(そうだよ、兄さまはきっとさがしに来てくれるもん)
「あ?こんな時間に一人で出歩いてたんだぞ?訳アリとかだろ。ンな奴一体誰が探してくれンだよ」
(あ……)
その言葉にローの脳裏には、ほんの数時間前に自分が言った言葉が過った
「兄さまのイジワル!バカ!おれもう兄さまなんて嫌い!」
(そうだ、おれ……兄さまにひどいこと言っちゃった……)
きっともう嫌われてしまった、ならもう自分を探しに来てくれる事は無いだろう
そう思った途端、ボロボロと先程とは比べ物にならないくらいの涙が溢れ出てきた
「あ、ああッ!兄さま、兄さまごめんなさいっ、ひどいこと言ってごめんなさい!嫌いじゃない!ほんとは兄さま大好きだからぁあ!!」
もう会えなくなると思った途端、ローはこの場にいないドフラミンゴに向かって何度も謝った
「訳アリって程訳アリじゃなさそうだね、喧嘩して飛び出して来た感じ?」
「チッ、ならとっととずらかるぞ。口塞げよ」
「分かってるって」
物腰の柔らかい男は細く束ねた布をローの口元へ持ってくると、ローは首を振って必死に抵抗した
しかし相手は二人、抵抗むなしく頭を押さえられてしまえば、後は猿轡をはめるだけの状態にされてしまった
「ヤダ!ヤダやめてェ!兄さま、兄さま助けてェ!!」
「このガキ、まだ殴られ足りねェみてェだな!!」
振り上げられた拳に喉から息が漏れ、咄嗟に目を瞑り体を強張らせて痛みが来る事を覚悟した
しかし痛みも衝撃もローの体には訪れず、空を切る音がしたかと思えば辺りに響き渡ったのは叫び声だった
「ぎっ、あがあああああああああああああ!!?」
その越えに驚き目を開けると、振り上げられていた拳は腕ごと地面に落ちており、目の前で男は地面に蹲り悶絶していた
もう1人に関しては地面に倒れ、首から上が離れた場所に転がっていた
倉庫の入り口、月明りを背にして立っていたのはローが望んでいた人物だった
「兄さまッ……!」
ローの言葉に反応した男は慌てて入り口を見て、そして気付いて小さく悲鳴を上げた
何か言おうと男は口を動かしたが、言葉が出るよりも早くドフラミンゴの糸に切り裂かれてその場に落ちた
「兄さま!」
糸でローを手繰り寄せて、すぐに手足の高速を外せば、ローは泣きじゃくりながらドフラミンゴにしがみついた
「遅くなって悪かったな、怪我は…頬が赤くなっているな。城に戻ったらすぐ医者に診せような?」
「兄さまッ兄さまごめんなさい!兄さまの言ったとおりだった、お外はこわいしあぶないって兄さまずっと言ってくれてたのに……!」
泣きじゃくるローを抱き抱えて頭を撫でてやれば、ローは一本だけの腕で必死にドフラミンゴの首にしがみついた
「おれもうお外出ない!ずっと兄さまのおへやにいる!!」
「そうか、それは俺も安心だ」
一度ローに離すように言い、抱え直して横抱きにして顔を見れば、目元が赤く腫れており、そこをドフラミンゴは指先で優しく撫でた
「だがな最近お前に言われて少し考えてたんだが、常に室内っていうのも体に悪いからな。だからお前の為の庭園を作ろうと思うんだ」
「ていえん?」
「あァ、城の中にお前専用の庭を作るんだ。屋根もあるから雨でも関係ない。何より俺とお前しか入れないようにする。これなら俺もお前も安心出来るだろう?実のところ最近の外出はその為だったんだ」
それを聞いたローの表情が花が咲いたかのように一気に明るくなる
「すごいすごい!すてき!でも、なんで言ってくれなかったの?」
「フッフッフ、プレゼントを送るんだ、どうせならサプライズが良いだろう?だが、今回みたいな事が起きるなら事前に言うべきだったかもな」
「あ…兄さまほんとにごめんなさい……」
「本当にな、お陰で随分と傷ついたんだぞ?」
少し意地悪くローに言えば、俯いて申し訳なさそうにする
そのまま何回か謝罪をさせれば、満足したのかドフラミンゴはローの頬や頭を何度も撫でた
城へ戻れば二人で改めて風呂に入り直して汚れを落とし、ローの頬の腫れはお抱えの医者に診せて軟膏を貰いすぐに塗った
泣き疲れたのか、それとも緊張の糸が切れたからか、ベッドに運んでいる途中のドフラミンゴの腕の中でローは寝息を立てていた
ベッドに寝かせてやれば、自分から離れないでと言わんばかりにドフラミンゴの手を握ってきた
「……」
細く弱々しくも、強く自分の手を握り締めるその手をするりと抜け、そして頭を撫でてやれば眠っていても嬉しそうに笑う
「……フッフッフ、フフフフフ!あァ本当に、人の気も知らないで」
起こさないように、しかし堪える事無くドフラミンゴは笑う
「自分から出ないと言わせるのに少しやりすぎたか?いや、そうでもねェか」
独り言を呟きながら、気持ち良さそうに眠るローの頭を撫で続ける
精神が幼くなり、兄と慕うかつての敵を疑う事を忘れたローは知らない
本当はローがベッドから出た時点でドフラミンゴが起きていた事を
街の中を歩き回っていた時もドフラミンゴが遠巻きに見ていた事も
人攫いに捕まった時、ドフラミンゴは助けずに静観していた事も
倉庫の中の会話を聞いて、自分に謝罪し助けを求めるのをドフラミンゴが待っていた事も
そして何より
あの人攫いの二人も、実際はドフラミンゴが作った糸人形であった事も
故に血も何も出ていなかった事も
今回の事は全てドフラミンゴの思惑通りである事も
今のローは何も知らない
城の中にはドフラミンゴの笑い声が不気味に響いていた