初めての面接

初めての面接


広いお屋敷の一室。客間かな?客間だろうね。だって相手にとってはかなりの"お客様"だろうし。私と相手を囲む護衛もそれを物語ってる。


「初めまして。ご存じの事でしょうが、私は銅田明太郎と申します。それで、私にどのようなご用件でしょうか?あにまん学園牧場経営部部長の浅田イツハ様」


そしてそう話しかけてくるのはこの屋敷の主人の銅田明太郎さん。今回の悪役。


「...何をしておられるのですか?」

「何って、お話の前のコーヒーブレイクだけど?」

そしてそれを無視して紅茶を淹れているのが私、浅田イツハ。


「は、はぁ」

「あとついでに自己アピールもね」

「自己アピール、ですか?」

「そうそう。"優秀な"メイド、募集してるんでしょ?」

「...どこでそれをお知りになったのですか?」

「どこでも?私の立場ならそういう筋があっても変じゃないって事で納得してもらえない?」


丁寧に手順は踏みつつ、突然のお客様をお待たせしないように紅茶の準備を続ける。こういう時の為に、背負っている特注ボックスにはいつでも最低限の『おもてなし』ができるよう、カトラリーと調理器具が入っているのだ。


ちなみに回答は半分正しい、そして半分間違い。この"時期"を知ったのは、ボンちゃんから理九の派遣について理由を聞いたから。この"内容"はこの世界に来る前に見たから知っていた訳で。


「そっちも何を隠してるかハラハラするのは嫌だろうから言うけど。『我が子をもちあげるフラヌス』に『落葉拾いのイナンナ』,『ウェヌスの石像』それに———『時計王の冠』」

「なっ!?」

「そういうとこまで知ってるよ~ってね。それにしても良く考えるよね。『C&C』と『慈愛の怪盗』を偽の舞台で躍らせて、自分はその下で本命、なんてさ」


あらら、押し黙っちゃった。

茶器はしっかりと温めて、茶葉としっかり沸騰させたお湯は正確な量を使う。茶葉を蒸す時間もきっかり取る。勿論最後の一滴は勿論お客様の方に。

そして相手は裏社会のお客様。メイドとして毒味も忘れない。

「定番ですが、ダージリンティーでございます。どうぞ」


それまでお客様は固まったまま。無理もない。大体今回の全部だもんね。

だけどそこは流石裏社会の成功者なのか。銅田さんは冷静に戻って紅茶に口をつけた。


「...そうですか。それで、そこまでお知りのあなたが一体私にどのようなご用件でしょうか?」

「分かってるくせに。そのオークションの時期だけメイドとして雇って欲しいってこと」

「頼りなく見えるかもしれないけど、これでも学園では五指に入る実力者だからね。表でも裏でも、必ず役に立って見せるからさ~」


雇ってもらう人間の態度ではないけど、もはや関係ない。ここまで知ってる奴を野放しにできる訳がないんだから。

相手に残された選択肢はおおよそ、私を自分の側に取り込むか...


「ひとつお聞きしましょう。あなたの目的は何ですか?まさか給金目当てと言うわけではないですよね」

「雇ってくれたら言おうかな?ご主人様になら隠す事はないだろうからね」

「...志望理由も言えない人間を雇うわけにはいきませんね」


銅田さんの一瞥で護衛からの発砲。それを避け、ボックスを盾にして、一旦不利な位置から脱出する。ついでに”仕掛け”も仕込んでおく。


「一学園の幹部の方ですから、ひどい事にはいたしませんよ。今回の件が終わって、証拠を隠滅するまで軟禁させていただくだけです」

「お前達、身柄を拘束しろ。くれぐれも丁重にな」


やや、やっぱりこうなっちゃうか...まあそりゃあ屋敷で開口一番『時間王の冠』なんて嘯いた奴なんてそう簡単に信じられるわけないよね...

というわけでまあ四面楚歌だけど何とかしましょう。


いや、もうほとんど何とかしてるんだけど


次の瞬間、私を撃とうとした護衛の銃が、ことごとくボンッとありきたりな音を立てて爆ぜた。


「は?」

「あにまん学園の軍事技術は世界一~って聞いた事ない?」


爆ぜた銃から落ちたものが澄んだ金属音を立てる。その正体はカトラリー...に偽装した高性能の暗器だ。異彩ちゃん謹製でなんと光学迷彩での透明化を実現してるハイテクノロジーの産物。さらにはこの銃社会で役に立つように作られただけあって、並の物体なら貫き切れる貫通力と切断力、かなりの耐久力を持ち合わせている。


これを脱出の駆け抜けざまに護衛の銃に投擲して、機関部を刺し貫いた。後は本人達の手でボンッだ。

これがなかなか通用する。透明な投擲武器なんてイロモノ選択肢、基本的にこのキヴォトスには無いのだ。よしんば何かを警戒していたとして、初見で大きさも長さもなにも分からない、見えないものが投げられていたなんて対応できる訳がない。

あっちには私が大きなボックスとのバランスを取るために腕を振りかぶったようにしか見えなかったんじゃないかな?


「ねえ。これが戦えるメイドとしての採用試験って事でいいよね?」

「な、なな」


"ご主人様"の屋敷でロケランを引っ張り出すわけにもいかないから。後は暗器を拾いつつステゴロで解決するしかない。まあ、これからやる事に比べれば軽い準備運動みたいなもんだけどね~


「なな、なぁ!」

「頑張るからちゃあんと見ててよね?“ご主人様“ー?」


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「結局、私をこの館に招きいれた時点で、あなたにはこの『大ぐらいの傭兵』を受け入れるほか無かったのですよ」

「それでは、あにまん学園、カフェ『————』メイド長の浅田イツハが、契約満了まで誠心誠意、仕えさせていただきます」

「ああそうでした。目的、でしたね」

「調律、と言いたい所ですが、あちらもその辺りは分かっているでしょうから精々装飾と言った所でしょう。あるいはただの娯楽か、練習です」


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帰り道

「やったー!内定ゲット~」

いえーい。異彩ちゃんみってるー?貴方の発明品がこんなに大活躍しちゃいました~。

さーて、これで私も『白亜の予告状~虚飾の館と美学の在り処~』への参加権を手に入れたってわけです。嬉しいね。

やっと私もゲーム開発部と触れ合ったり、会話したり、あの先生とも対峙しちゃったりするわけだ...キャー!考えるだけで興奮してきちゃう!


まあ、あまりにも遅かった訳だけど。

ボンちゃんがあそこまで密接にゲーム開発部と関わり合い、本編にも強く干渉してあの子だけの確固たる立場を築いたのは、一重にあの子の意志と積極性の賜物だ。私の方が強い、というのは得てしてなんの意味もない。恐らくこの世界で優先されるのは、世界を、青春の物語を動かす力だから。

その点で私は一番弱い。他の子達は良くも悪くも場を動かす。それに必要なだけの説得力のある振る舞いの方法を知っている。

でも私にはできないのだ。後の結果を恐れて何度も足踏みをして、決心がつく頃にはいつも後の祭り。なにより個性がない。キャラが薄い。こんな軽い言い方をするのは嫌だけどそうとしか言いようがない。

そして逆にそれが自分の"位置"になってしまっている事も知っている。常識人キャラってやつなのかもしれない。さらには自分がその位置を居心地良く感じてしまっている事も。


最低限の皮を被って、中身は『なにもない』。それが私。


でも、そんな私にも絶対に譲れない祈りがこの世界に出来てしまった。

その為にはなんでもする。なんでも。それが今回の”練習”の目的だ。矢面に立って、より強い皮と...できれば中身を手に入れる練習。


...まあ純粋に楽しみなのも事実だけどね~。



帰りまで時間があるとミレニアムの周りをぶらぶらしていたら、勇者パーティーに出会った。ゲーム開発部に先生、理九と、それにボンちゃん。

なんだか完成されているような気がして、入って行く勇気は無く。遠くからブンブンと手を振ってみる。

各々異なる反応。ボンちゃんと理九が手を振り返す。モモイがボンちゃんに聞こうとしたのかもしれない。2人の距離が近づく。


...いつの間にかボンちゃんって定着しちゃったらしいねー。最初にそう呼んだのは私だってのに。


そして結局挨拶もする事なく離れてしまった。まあすぐご挨拶する事になるからね。


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足取りが軽い。

そわそわと緊張、興奮で火照っていく思考の中。決意は新ただ。

(ああ、ボンちゃん、ボンちゃん!!貴方を絶対に死なせはしない...!)

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