寝物語り

寝物語り



ティーチがハチノスを根城として奪ってからしばらく。

遠征から帰還し、留守を預かっていた部下からの報告もそこそこに、ティーチは自室へと引き上げた。

様々な書物が所狭しと積まれた書斎の、奥にある扉の先。

中央にティーチの体に合わせた巨大なベッドが鎮座する寝室だ。

そのベッドの上で自分が部屋の主だと言わんばかりに寝転びながら、本を読む子供が一人いる。

「おかえりなさい」

部屋に本当の主が帰ってきたというのに、ネグリジェを着た子供は声だけかけて本の虫になっている。

「嫁さんの顔が見たくて早く帰ってきた旦那サマにずいぶんとツレねェな?コビー」

からかうような口調で言えば、子供は本に栞を挟んで置き、ベッドの上を跳ねながらティーチの方へと寄ってきた。

「きりの良いところまで読みたかったんです…遠征お疲れ様でした」

ティーチが無造作に脱ぎ落としたコートや帽子を拾い集めながら、コビーはティーチの後に付いていく。

そんな小間使いのようなことをコビーにさせたいわけではないが、本人が妻らしいことをしたいようなので好きにさせていた。

「なにか飲み物でもお持ちしましょうか?」

「いや、いらねェ。それよりコビー…」

ベッドに乗り上がりベッドヘッドに凭れかかったティーチは、コートや帽子をベッドサイドに置いているコビーを自分の隣へと促す。

呼ばれるまま素直にティーチの隣に来て、コビーはピッタリとくっついてきた。

「留守の間はどうだった?何もなかったか?」

コビーを抱き寄せて、手間を掛けて手入れさせた艷やかな桃色の髪を指先で弄びながら、ティーチは問いかけた。

優しい声音に甘えながらコビーはゆっくりと最近のことを振り返る。

「うーん…いつも通りでしたけど…あっ」

うっとりしていた目が見開かれた。

「いたずらしていた『猫』がいたんです」

「ねこ?」

「はい。それで、いたずらはダメっ!て叱ったら、泣きながら海に逃げちゃったんです」

泳げないのに。

クスクスと無邪気に笑うコビーに、『猫』が何のことを指しているか察した。

ティーチは今や悪名高き大海賊。

無法者が行き交うこの海賊島において、様々な思惑を持った者がティーチの側へと寄ってくるのは、日常茶飯事だ。

「そうか。そりゃァ困ったモンだ」

しかし、コビー自ら手を下すのは珍しい。

そういった輩は幹部が処理してしまうことが多いのだが、コビーが直に接触したのだろうか。

「あの…」

ティーチが疑問を口にする前に、コビーがすり寄ってきた。

「ティーチがつくる新しい世界の話、また聞きたいです」

このハチノスを足がかりに、世界を奪りにいく。

それが幹部や妻であるコビーに語ったティーチの夢。

眠ることのないティーチが夢の話をして、そのうちそれを子守唄にコビーが眠ってしまうのが最近の夜の流れだった。

「またそれか?本当に好きだな」

「だって夢の話してる時のティーチ、楽しそうでかわいいから」

「ゼハハハ!お前も言うようになったじゃねェか」

コビーの言葉を笑い飛ばしながらも、ティーチは機嫌よく滔々と語りだした。

時々相槌をうちながら、コビーはティーチの声に耳を傾ける。

密やかに時間が流れて、不意にコビーが問いかけた。

「ティーチは、いつかお城とか建てるんですか?」

「城?あー…オレの権威と力を示すにゃ、もってこいだが…なんだ、将来は城に住みてェのか?」

妻が豪華な城に住みたいと言うならやぶさかではない。

眠くなってきたのか薄目になっているコビーの顔を覗き込むも、視線がゆるりと逸らされる。

「…そこに、きれいな人を…奥さんをいっぱい囲ったりします…?」

弱々しいコビーの言葉に、ティーチはキョトンとした。

今の話の流れでどうしてそんな憶測が出てきたのか、疑問しかわかなかったが、ティーチは一つ思い当たった。

さっきの話に出てきた『猫』に何か言われたのだろう。

海賊島に住まう女達の中には、相手を出し抜き、牽制し合い、あらゆる手段をもってティーチの『女』になろうとするものが後を絶たない。

そんな者達からすればティーチの寵愛を一心に受けている『妻』は邪魔で仕方ない。

『猫』はそういう意味でコビーを狙っていて、それゆえにコビー自らが処理をしたのかもしれない。

大方、「可愛く着飾ったところで所詮男である以上、提督の妻など務まらない」だの「子供の一人も産めやしないくせに」とか言われたのだろう。

ティーチに拾われる前の環境のせいか、どうにもコビーは自分を低く扱う節があった。

妻として目一杯愛されたことで最近は鳴りを潜めていたが、それが変わったわけではなかったらしい。

「後宮ってやつか?ゼハハハ、そりゃ確かに男の夢の一つだなァ」

「…っ!」

そういえばここしばらく、夫婦の営みもご無沙汰だった、とティーチは思い出して、手触りの良い淡いクリーム色のネグリジェ越しに、コビーの胸元をくりくりと弄り始めた。

思ってもなかった刺激にコビーを驚き、息を呑んだ。

「世界を手にした暁にゃ、どんな女だって侍らせられるし妻にもできるだろうが…」

「ん、あ♡ティー、チ…やぁ♡らめ…っ♡♡」

「めんどくせェことも増えるだろうなァ…」

ビクビクと体を跳ねさせながら身悶えるコビーに構わず、淡々と語るティーチ。

スカートの裾から手を滑り込ませ、吸い付くようななめらかな肌を撫でまわす。

「まぁ、囲いはするかもしれねェが、妻にはしねェさ」

「あ♡あぁ♡♡あー、らめぇ♡いく♡イッちゃう♡♡」

「なァ、コビー」

「ア、あぁ、〜〜〜〜ッ♡♡♡」

胸と足の付根の辺りの弄っただけでコビーはあっという間に達してしまった。

こんなにあっさり絶頂した辺り、ティーチの不在の間にコビーは誰かと『遊んで』はいなかったらしい。

小さく震え脱力しきった足から、下着だけを脱がした。

達した証拠に、脱がした下着の一部だけ、濡れて色が濃くなっている。

「オレの『妻』は、お前以外いねェから安心しろ」

「…、ん…」

荒い呼吸を繰り返しながら、コビーは頷いてティーチにすり寄った。

そもそも、コビーはティーチが拾って『妻』にすると決めたその日から、手塩にかけて育てた存在。

ティーチの好みや理想にコビーの生まれ持った性質が合わさって、ティーチの『幼妻』となったのだ。

幼げで無害そうな容姿で舐められがちだが、そこら辺の有象無象が敵う相手ではない。

コビーをベッドに寝かせて覆いかぶされば、熱でトロリとした目がティーチを見上げてくる。

「今日で一段落ついたんで明日からゆっくりするつもりだったんだが、寂しかったろう?悪かったなァ」

「…、ううん、だいじょうぶ…」

ティーチに言われて自覚したのか、ちょっぴり目を見開いてからゆるく首をふった。

それから。

「てぃーち、あの…つかれてるの…、やすまなくて、へいき…?」

もうすっかりその気になっているのに、夫を気遣う様が健気で愛らしい。

我ながら良くできた女房を寂しがらせた分、しっかり愛してやらなくては。とティーチは満足げに笑った。

「どうせ眠れねェんだ、構わねェさ。夜ふかし、付き合ってくれンだろう?」

「…えへへ、もちろん」

恍惚と妖艶な笑みを浮かべながらコビーは膝裏を抱えて足を開いた。

「てぃーちがまんぞくするまで…いっぱい、なかにだしてね…♡」



いつか城を建てるなら、玉座は大きなものにしよう。

世界の王にふさわしい絢爛豪華なそれに座るのは、自分と幼妻だけ。


今日の寝物語はこれでおしまい。


ここから先は、言葉は不要だろう。


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