寂しいからキスされる英寿様のSS

寂しいからキスされる英寿様のSS


 英寿くんはどうしてバックルにキスするの?

 景和は一度、ミッションの合間に聞いたことがある。スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズの答えは曖昧な笑み一つだった。

 その後、鞍馬祢音も似たような質問をして、同じ答えではぐらかされていたと知った。

「いいよねえ、バックルは。英寿様のファンが見たら嫉妬で壊されちゃうんじゃない?」

 廊下を歩く祢音は自身のクローバックルを眺めてつぶやく。

「物に嫉妬するの……?」

「するよ。英寿様が出てるCM、いくつか見たことあるでしょ? 最近だときつねうどんかな? アレになりたいって書き込みいくらでもあるし」

「……俺にはよくわかんないけど、それだけ英寿くんを好きってことだよね」

 ファンは凄いと感嘆しつつサロンの扉を開けた景和。そこにはソファの真ん中を独占するスター様と、その足元に跪くコンシェルジュがいた。二人の唇は何度か重なり、離れる。ギロリは立ち上がって恭しく一礼。ようやく景和と祢音に気づいたのか、どうぞと招き入れる仕草をした。

 デザイアグランプリ以上に姉ちゃんには伝えられない事件だな、と景和は思った。隣の祢音は悲鳴をあげてギロリにくってかかる。

「ちょっとギロリさんっ! なんで英寿様にキスしてるの!?」

「個人に合わせたサービスはコンシェルジュの務めです」

「私は!?」

「……鞍馬様は年齢の関係でこちらのサービス対象外です。健全なデザイアグランプリ運営のため、どうか御理解願います」

「そうじゃない!私が英寿様にキスするのは多分ダメなのに、なんでギロリさんは許されるか聞いてるのー!」

 絶対ダメじゃないんだ……何その微妙な自信……早々についていけなくなった景和はツッコミ役にシフトして状況を見守る。

 渦中の英寿はぱち、ぱちと瞬きして、今しがた存在を認識したように祢音を見る。その姿に違和感を覚える景和。暫し観察して、唇の甘皮が剥がれたように傷んでいるとわかった。血の滲んだ痕が瘡蓋になっている。

「英寿くん、唇どうしたの、結構痛そうだよ」

「……うん」

「うんじゃないよ。あ、ポイントでリップクリーム買えるみたいだし買ったら?」

「…………うん」

 心ここに在らず、を体現したような態度。

 どうしちゃったんだろうと心配する景和の背後から新しい気配が二つ近づいてきた。道長とツムリだ。不機嫌を隠さず別のソファに座る道長、ツムリの方はぼうっとした英寿へ近づき、先ほどのギロリをトレースするように跪く。

 ごく当たり前というように顔を近づけた二人は、これまたギロリと英寿がそうしたようにキスを重ねて、

「だからなんでーっ!」

 祢音の叫びがサロンに木霊した。


***


 平静を取り戻した祢音とツッコミを放棄していた景和は、いつものバーカウンターに収まったギロリから説明を受けた。あれは存外寂しがりな英寿を落ち着かせるためのルーティーンで、恋愛感情は介在しない。景和たちはたまたま見たことがなかっただけで、道長も知っている、と聞かされたときにはスターの弱みを握ってしまったような気分になったが、グランプリ以外では行われていないはず。もしも英寿が外でもキスを求める性分だったら、とっくにあらゆるメディアで熱愛報道が出回っているだろう。

 祢音は「私もやりたい!」と手を挙げたが、年齢的にとやんわり断られた。十八歳と二十歳の間にそびえ立つ壁は高い。

 しかしコンシェルジュって凄いなあ、なんか漫画の世界みたい。それもちょっとえっちなやつ。二十二歳男性らしい感想でその場を済ませてから数日後のこと。

 コンシェルジュたちが席を外し、景和と英寿は広いサロンで二人きりになった。景和は会話の糸口を掴めず、気まずさを誤魔化すように持参の本を読んでいた。向かいの英寿は何を考えているのかわからない仏頂面……と思いきや。

 綺麗に揃えた爪で唇をカリカリと引っ掻き始める。考え事をしているようで様になっているが放っておけば薄い表皮が裂け、出血するだろう。

 英寿らしからぬ行動に、ああこれがそうかと思い至った。だが事務的に落ち着かせてくれるコンシェルジュは不在。

 ──桜井様、万一私たちが不在の際はご協力願います。

 ギロリの意味ありげな微笑みが蘇る。そう、景和は許可を得ている。二十二歳だから。

 このままサロンを出て探しにいくより、一時的にでも自分が──スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズの唇を──

「あ、っあの、英寿くん!」

 英寿は緩慢な動きで景和に顔を向けた。

「俺で悪いけど、ツムリさんかギロリさんが来るまで……」

「あーっ! 英寿様ってば唇引っ掻いちゃダメじゃん! はいこれあげる! あとリップも、色付きだけど新品だから使っていいよ!」

 けたたましく現れた祢音は流れるような動きで英寿の口に棒付きキャンディを突っ込み、ファンシーなパッケージのリップクリームを握らせ、さりげなく隣に座った。

「甘い」

「レモン味だよ」

「シュガーレスじゃないのか」

「えー、あれ美味しくないじゃん。でも英寿様が好きなら用意しちゃう」

 振り絞った勇気をいたずら猫に砕かれてしまった景和は、行き場を無くした手で頭を掻きながら元の位置に座った。

 そうだよね……俺みたいな一般人が英寿くんとキ、キスなんて……姉ちゃんにも悪いし……と落胆する景和だが、祢音と話していたはずの英寿がこっちを向いている。

 キャンディを咥えた唇が、あとで、と動いた。

 結局、仮面ライダーギーツがバックルに口付ける理由はわからないままだった。


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