宿棘バレンタイン

宿棘バレンタイン


虎杖がうたたねしている間に棘といちゃいちゃしているバレンタイン宿棘の話。

 

 

 それは偶然だった。小僧が談話室の机につっぷしてうたたねしていたのも、小僧と狗巻のふたりきりになるタイミングで末裔が談話室に入ってきたのも。

 寝入る小僧はうつむいていたので、俺は机の上に投げ出されていた手に口を生やす。

「末裔」

「いくら」

―ちょっと待ってて。

 末裔はそう言って自分の部屋の方に駆けていった。しばし待つと、末裔は小さな菓子包みを持って再び談話室に入ってきた。

「そうか、今日はバレンタインとやらの日か。恋人の日だとか、恋人に菓子を送るだとかいう」

「しゃけ」

末裔がにっこり頷いてそばに寄ってきた。そして小僧の手元に―つまり俺の口元に指でつまんだ菓子を差し出してくる。

「明太子!」

―ハッピーバレンタイン。今日は俺が宿儺にあげる日。

「ほう……モグ……悪くないな」

「高菜!いくら!」

「モグ……甘味がほどよく…モグ……香りづけも…モガ……ちょっと待t…モガッ」

末裔が小僧の手に生やした俺の口に菓子を調子よくぽんぽんと放り込んでいく。……これが恋人の日とやらの在り方か?貴重な2人きりの時間にこのような情緒に欠ける時間を過ごすのもつまらんな。

「『契闊』」

 主導権を取った体を動かし、身を起こす。末裔の手元から菓子をひとつ奪って口にいれた。末裔の口元のジッパーをおろす。俺の意図を察した末裔が身構えるが、構わず引き寄せ、口付けと共に菓子を与えた。十数秒の甘い時間を味わう。

名残惜しく唇を離すと、甘いひとときを与えてやったにも関わらず末裔が抗議してきた。赤い顔で口をとがらせる末裔を眺めるのは気分がいい。

「……すじこ、いくら」

 ―今日は俺があげる日って言ったのに。

「与えられてばかりは性に合わんのでな。俺は俺の気の向くままお前に触れてやるだけだ。手に生やした口で食うというのも情緒に欠けるだろう」

「こんぶ」

―虎杖じゃなくて、宿儺に食べさせたかったから。

「ほう、だから『俺の』口に放り込んでいたのか」

先ほどの行動に得心がいった。そして、それと同時に、小僧の口に末裔からの菓子の味を残すことになったことを少しだけ悔やんだ。

瞬く間に1分がたち、身体の主導権が小僧に戻る。小僧の意識はまだ眠ったままのようで、体は再び安定をもとめて机につっぷす形になった。そろそろ起きろ小僧。いや、やはり寝ていろ末裔の愛らしい表情を見せてやるのは癪だ。

なんて考えていると、末裔が呼びかけて来た。

「宿儺」

「なんだ?」

連続で替わることは出来ないため再び小僧の手に口を生やす。

と、その手が持ち上げられ、末裔の顔が近づき―ちゅ、とついばむような口づけがふってきた。小僧の手に生やした、俺自身の口に。

「しゃーけ♡」

末裔がしてやったりと悪戯っ子の顔で笑う。

「やってくれたな狗巻棘」

ああ、愛いやつめ。そうだ、1か月は「お返し」の日だったか。

「ホワイトデーとやらは期待していろ」

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