家族になろうよ2(ドレスローザ22)
Name?ドレスローザは、にわかに騒がしくなっていた。
騒ぎの内容は、こうだ。
この国をドフラミンゴの支配から解放した海賊“麦わら”が、あろうことかレベッカを誘拐した、と。
カルタの丘に建つキュロスの家にまで、その喧騒のざわめきは届いていた。
「……いったい、何が起こってるんだ……?」
ルフィは娘と話をしに言ったのではなかったのか、とキュロスは狼狽する。
玄関前に座るウタも、少し呆れ顔をしていた。溜め息を吐いてから
「……まあ、ルフィがそんなスマートにやるわけもないか」
と、すぐに思い直したように、彼女は苦笑する。
ウタは想像する。
おそらくルフィは、王宮を守る外壁をなんでもないように乗り越えて、レベッカがどこに行ったのかを“見聞色”の覇気か何かで確認したのだろう。
そして場所さえ分かってしまえば、ルフィが止まることなんてない。
窓なり壁なりを蹴破って、レベッカと話をしに行くルフィの姿を想像するのは、非常に容易だった。
さて、と息を吐いて、ウタは立ち上がる。
喧騒も近くなっているし、そろそろだろう。
そして五分と経たずに、ルフィは丘の上にやって来た。
担いでいたレベッカを下ろして、「ちゃんと兵隊のおっさんと話してこい」と声をかけている。
ウタは振り返ると、キュロスに声をかけた。
「ほら、せっかく来てくれたんだから、ちゃんと話しなよ」
そう声をかけてから、ウタは再びキュロスに背を向けて歩き出す。
こちらに向かって駆けて来たレベッカの、「ウタさん」という声に、ウタは「ん」とだけ応えて、片目を瞑った。
レベッカは頷いて、キュロスのもとへと駆けていく。
ウタは、ルフィの傍に立つと、少し呆れた口調で尋ねた。
「で、なに、この騒ぎは?」
「急いで連れて来たから、誘拐と間違えられたみたいだ」
なっはっは、と笑いながらルフィが言う。
やっぱり、と呆れ声で言ってウタは額に手を当てる。
「……で、ウタの方はいいのか?」
「ん? ああ、キュロスさんとは、話したいことは話したからね。あとは二人の問題。でしょ?」
「だな!」
ルフィが笑って頷く。
ウタが振り返れば、丁度キュロスとレベッカが話をしている最中だった。
「……その、レベッカ。すまない、私は──」
愛しているが故に、キュロスは言葉に詰まる。
何を言えばいい?
どう声をかけたらいい?
生き残るために必死であり、彼女を生かすために声をかけ続けた十年間とは違う。
言葉に、詰まる。
そんなキュロスを見て、レベッカは目に涙を湛えながら、その沈黙を吹き飛ばすように叫んだ。
「ウソつかないでよ!!!」
その声に、大きなキュロスの肩が、びくりと小さく揺れた。
「……! ……手紙の、ことか? それなら──、それなら本当のことだ。私は……昔はケンカばかりしていて──、事実、人を殺めている。私の手が汚れているのは──」
違う、とキュロスは心の中で首を振る。
こんなことが言いたいんじゃない。
レベッカの心を聞いて、それで判断しようとさっき決めたばかりなのに。
何故、こんなに言い訳じみたことを──。
「違う!!!」
キュロスの足下に向かって、スカートをぎゅっと握りしめたレベッカが叫ぶ。
はっと、キュロスが目を見開いた。
「私は! どこかの王子様の子供なんかじゃない!!」
目尻に溜まっていた涙が、ボロボロとレベッカの頬を落ちる。
「私はキュロスの子だよ!!! ──手が汚れていたっていい!! 人を殺してたって……!! だから……だからっ!!」
ウソつかないでよ。
震えた声で、レベッカが言う。
キュロスの顔が歪む。
眉間に皺を寄せ眉尻は下がり、小鼻はきゅっと締められて、唇がわなわなと震えている。
つう、とキュロスの目尻から、涙が頬を伝った。
「…………いいのか? そんな──そんな男が、父親でも?」
掠れ震えたその問いに、レベッカは答えなかった。
代わりに、ただ一人の父親の胸に飛び込み、抱き着いた。
「一緒に暮らそうよ! それが、私の──」
その後は涙のせいで言葉にならなかった。
泣きながら笑顔を作るレベッカを、キュロスが優しく、とても優しく抱きしめる。
ボタボタと零れる涙が、地面に大きな染みを作った。
「……よかったな、レベッカのやつ!」
ししし、と笑ってルフィが呟いた。
「うん、よかった」
優しい眼差しで微笑んで、ウタが耳の横の髪を撫でながら言う。
「わたしたちも、行こっか。早く逃げないと、海軍にも国民にも袋叩きだし」
「そうだな! 行くか!」
言うが早いか、ルフィは麦わら帽子を被り直すと、左腕を伸ばしてウタの体に巻き付ける。
「え、ちょっ──!?」
ウタの制止も間に合わず、ルフィはそのままだっと駆けだすと、近くにあった崖を飛び降りた。
行くぞー、なんて笑顔で言うルフィに、ウタは悲鳴を上げることしかできない。
ぼん、とルフィがそのゴムの体を膨らめて、落下した衝撃を殺す。
わずか数秒の出来事だったが、ルフィとは違い生身であるウタの感じた恐怖は計り知れない。
ルフィの腕から解放され、グロッキーとなり愛しの地面に手を突くウタに、ルフィが笑う。
「なはは、ウタ情けねェなァー!」
うるさい、と言うウタには、やはりいつもの元気はない。
「飛び降りるなら、ちゃんと言ってよね」
荒い息を吐きながら、ウタが言う。
帽子に手を当てながら、ルフィが首を傾げた。
「言ったぞ?」
「言うのが遅い! 普通そういうのはやる前に言うの!」
「いいじゃねェか、無事なんだから」
「そういう問題じゃない!」
苦い顔をして苦言を呈するウタに、ルフィはケロリとした顔をして話を聞いている。
それも面白くなかったウタは、さらに語気を強めて文句を言おうとして──
「おい、海賊があっちに逃げたぞ!」
「仲間も一緒だったぞ!! 追え!!」
その声は、海軍か、ドレスローザ民か。
ルフィもそれに気が付いたようで、ぴょんと地面から立ち上がると、ウタの方へと手を伸ばした。
「腰抜けてんなら、おんぶするぞ?」
「余計なお世話」
ペシン、とその手を叩いて、ウタは気合を入れて立ち上がる。
ししし、とルフィが笑う。
「じゃ、行くぞ!」
「うん」
ウタが頷いて、二人はドレスローザの東へ向かって走り出す。
────
「にしてもよ」
ドレスローザ東部にある港を目指し走っていると、ルフィが不意に口を開いた。
なに、とウタが瓦礫をひょいと跳び越えながら聞く。
にしし、とルフィは嬉しそうに笑う。
追われているのに何が嬉しいのか、とウタは怪訝そうな顔をして、少し口を尖らせる。
ルフィはそんなウタの表情を気にせず、屈託なく言った。
「やっぱりウタはすげェな!」
「はァ?」
唐突に褒められて、ウタは思わず転びそうになってしまう。
だってよ、とルフィが笑う。
「兵隊のおっさんに、レベッカの話を聞くよう、ちゃんと説得してくれたんだろ? おかげでレベッカも嬉しそうだったし、おれもすっきりした!」
「別に、説得なんて大層なものじゃないよ。わたしはただ、自分が過去にされたことと、その時の気持ちを話しただけ。……それを言うならルフィ、あんたでも多分説得できたと思うよ?」
ルフィとウタの過去は違うが、ルフィも昔、親族に勝手に人生を押し付けられていた過去がある。
「おれはそういうのを言葉にするの、苦手だからなァー」
「そっか。あんた、言葉をこねくり回す暇があったら行動するもんね」
そうなんだよな、とルフィが頷く。
「だから、ウタがいてくれて助かってる」
ありがとう、と真っ直ぐに言われて、ウタは感情の所在をどこに置いていいのかわからなくなり、頬を掻いて視線を逃がした。
「……あー、でも、今回のに関しては、ブルックの受け売りありきだったしさ。……だからルフィ、合流したちゃんと仲間のことも褒めてやんなよ」
「? ウタも仲間だろ?」
その言葉に、ウタは目を丸くしてルフィを見てから、すぐに自分が何を言ったのかに気が付いて苦笑した。
──あの“家族”を見て、いいなと思ってしまったせいで、どうやらわたしの心は、幼いあの頃に引っ張られてしまったようだ。
さんざん“麦わらの一味の音楽家”を名乗っておいて、本人がこれでは実に締まらない。
(……だけど)
走りながら、ウタは思う。
苦笑していた頬が、今度は微笑むようにふわりと上がった。
(ふふ、仲間……かァ)
温かいものが、心を満たす。
自分でそう名乗るのと、誰かからそう言われるのでは、こうも違うものなのだろうか。
緩んだ頬を悟られないように、ウタは両頬を軽く張って表情を元に戻す。
パチン、という小さな音に、ルフィが首を傾げるが、どうやらウタのそれには気が付かなかったようだ。
と──。
ボコオォォン!!
激しい音と、土煙。
発生源は、正面遠く。
「っ!! 港の方!」
「ああ、誰か戦ってる!!」
二人がそう言う傍から、ガラガラと音を立て始める。
「!!?」
ふわりと浮かび上がった瓦礫たちは、ルフィとウタの頭上を通り抜けて、港の方へと向かっていく。
この能力は──。
「“トバクのおっさん”……!!」
海軍大将、藤虎の能力だ。
ルフィの顔が険しくなる。
「急ぐぞ!!」
「そうだね!」
本調子ではない体に鞭打って、二人は速度を上げて瓦礫を追って行く。