家族になろうよ1(ドレスローザ21)

家族になろうよ1(ドレスローザ21)

Name?

 ドレスローザ、キュロスの家──。

 時刻は朝。

 丁度朝食を食べている時に、その事件は起こった。

「はァ!? ちょっとそれどういうこと!!?」

 ダン、と勢いよくテーブルを叩いたウタが、まだ癒えない体の痛みに「いだだ」と顔を顰める。

 事の発端は、錦えもんの発言だった。

 ──街中で、レベッカ殿の父上はどこかの王子様だ、という噂が流れている。

 それを耳にしたウタの眉がつり上がった。

 後ろの髪の毛も立ちあがり、まさに烈火のごとく、という怒りようだった。

 そして、それに反応したのはウタだけではなかった。

 ようやく目を覚ましたルフィも、それに反応する。

「おかしい話だよな!! あとサボは行っちまって悲しいし、サンジたちも追いかけなきゃ……グゥ」

「……怒るか泣くか、心配するか寝るか食うか、どれかにしておけよ……」

 二日も寝ていた反動か、無軌道に感情を吐露するルフィに、ウソップが呆れたように言う。

 ゴクン、と口の中に入れていた肉を入れて、ルフィもドン、と机を叩いた。

「レベッカの父ちゃんは、兵隊のおっさんだぞ!! それを──」

 そう言って、ルフィが机の上にある肉に手を伸ばす。

「ちょっとルフィ!! それ私のお肉!!」

「なんだよウタ!? おれは寝起きでハラへってんだ! ちょっと一口ぐらいいいじゃねェか!」

「あんた一口で全部口に入れられるでしょうが!!」

 もともと二人の中に燻っていた怒りのせいで、そんなことからケンカが勃発してしまう。

 ウタがルフィの頬を引っ張ると、ルフィもお返しと言わんばかりにその頬をつねる。

 ひっかいたり噛みついたり──

「まったく落ち着きやがれ! 機嫌の悪ィ猫かお前ら!!」

 呆れたように、ゾロが言う。

 彼の言う通り、ケンカはケンカであるが、どちらも一線は超えていない。

 そもそも、けが人二人、まともにケンカができるハズもないのだが……。

 そんな二人の様子に笑みを漏らし、徐にキュロスが口を開いた。

「……その噂は、私が流したんだ」

「え!!?」

 ウタもルフィもそんな声を上げて、ケンカを止めてキュロスの方を向く。

 キュロスは、静かに凪いだような面持ちで、言葉を続ける。

「レベッカの出生を正しく知るのは、もうこの国には王族の一部と私だけ。国が知っているのは、母のスカーレットのことだけだ。私が父親だとバレる前に、噂を流したんだ」

「どうして?」

 ロビンの問いに、キュロスの顔に影が差す。

「私には……“前科”がある。育ちも劣悪で──。本来は、王族と結ばれていい身分じゃなかったのさ。……だから、これでいい」

「いいわけねェよ!!」

 いきり立って立ち上がったルフィに、ウタは近くにあったジュースを手に取って、渡した。

「あげる」

「お! あんがと!」

 いつもの“テ”にひっかかったルフィの代わりに、ウタが言う。

 どうしても、ウタは自分が訊きたかったのだ。そして、その返答如何によっては、キュロスを許すつもりもなかった。

「……レベッカはそれを知っているの?」

 ウタに真っ直ぐ見据えられたキュロスは、眉間に皺を寄せながら、その視線を逃がした。

「……手紙が渡っているハズだ。私の半生も正直につづった。……軽蔑されるかもしれないが──」

「レベッカは、それを、知っているの?」

 ウタは語気を強めて、キュロスの言葉を遮る。

「……なに?」

「なに、じゃないでしょ。わたしは、レベッカとは話したのか、って聞いてるの」

 ウタの低い声に、ジュースを飲み終えたルフィが、うんうんと頷いた。

 キュロスは、今度は視線を下に落として言った。

「……直接会うわけにはいかないだろう。何しろ私は“罪人”で、彼女は“王族”なんだから──」

 ガタン!

 椅子が倒れて、けたたましい音が鳴った。

 かつかつとキュロスに詰め寄ったウタが、彼の胸倉を掴む。

「…………立場が関係あるの? ──父親じゃないにしても、あんたはずっとレベッカの傍にいた“兵隊さん”なんでしょ?」

 ウタは、俯いたまま言う。

 その表情は、キュロスからは見えない。

 ただ、その怒りか憂いに揺れるその声に、キュロスの瞳が、少しだけ揺れた。

 キュロスはゆっくりと、口を開いた。

「……彼女はまだ、二十歳にも満たない子供だ。そんなレベッカが一時の情に流されたせいで、将来の幸せを逃すなんてあってはならない。……リク王様にも、ご理解いただいた」

 ルフィとウタを除いた一味が、顔を見合わせる。

 ルフィはむすっとして不機嫌そうであり、そしてウタは──

「あんたに娘の──」

 声を荒らげた瞬間、バン、と家のドアが勢いよく開かれた。

「ゾロ先輩ーっ!! まずいべ……ってわー!! ルフィ先輩お目覚めになられてんべおはようございます!!」

 駆けこんできたのは、緑色のトサカ髪をした男、バルトロメオだった。

 “麦わらの一味”の大ファンである彼は、どうやらそのうちの六人が集結している場面に耐え切れなかったようで、大声でその場にいられる喜びや一味を称える言葉を次々に述べていく。

「いいから要件をさっさと言え!!」

 ゾロからの叱咤により我に返ったバルトロメオが、今度は深刻な表情をして言う。

「海軍のテントで動きが! ここもボチボチ危ねェべ!!」

 ほう、とフランキーが意外そうに声を上げて、自分の顎を撫でた。

「ようやく重い腰を上げたってわけか」

 んだ、とバルトロメオが頷く。

「それに、“大参謀”おつる中将と、“前元帥”センゴクが到着した! 一刻の猶予もないべ! ルフィ先輩が起きたんなら、直ぐ船へ!!」

 残念ねニワトリ君、とロビンが言う。

「私たち、今船を持っていないの」

「分がっでますとも!! いづでもあんたたづが海に出られるように、東の港に船を用意してあるんだべ!! 同志たづも今日に備えて各所に待機してる!!」

 用意がいいな助かるぜ、とフランキー。

「おう、じゃあ行くぞルフィ」

 いまだにムスッとした顔のルフィの肩をゾロが叩く。

「……おう、行くか。みんな立てるか?」

 片手に食べかけの肉を持って、ルフィが立ち上がる。

 もちろんよ、当たり前だ、と面々が口々に言って、キュロスの家を後にする。

 ──ウタを、除いて。

「やっぱりわたし、行かない」

 キュロスから手を放して、数歩だけ歩いたウタは、やはり思い直したように、玄関の前にどっかりと腰を下ろした。

 はぁ、とゾロが眉間に皺を寄せて首を傾げ、バルトロメオが慌てたように言う。

「なに言ってっだべウタ先輩!? 海軍はもう動き出してる! ここにいたらじきに捕まっちまうべ!!?」

「だから何?」

「はいィ!?」

 バルトロメオとウタのやり取りを聞いていたウソップが、がっくりと肩を落とす。

「あー、こりゃまたガンコなヤツだな……。おーいルフィ、何とか説得できねェか」

 ルフィは「そうだな……」と思案気に呟いてからウタに声をかけた。

「おーい、ウタ」

「なに?」

「おれ、ちゃっちゃと王宮の方まで行ってくっから、兵隊のおっさんが逃げないように見張っていてもらっていいか?」

「おい!? なんでそうなる!?」

 ウソップの叫びに、ルフィはにしし、と笑った。

「用事が出来ちまったからな! 先行っててくれ、ウタとすぐに追いつく」

 ちっ、と舌打ちをしたのはゾロだった。まったくうちの船長は、と呆れたように言う。

「そんなに長くは待てねェぞ。東の港だ、迷うなよ」

 そのゾロの発言に、ぎょっとしたように目を見開く者が多数。

「その台詞はゾロには似合わないわ」

「オメーが言うんじゃねェよ」

「アウ!!」

 口々に文句を言われ、ゾロが怒り顔で「どういうことだてめェら!」と言う。

 そんな様子を見て、ルフィはもう一度笑った。

「じゃあお前ら、また後でな!!」

「用事終わったら、追いつくから」

「おう、お前ェらも気を付けろよ!」

 ルフィが手を挙げながら王宮の方へと駆け出し、そしてウタは東の港へ向かう一行へと手を振った。

 ────

 

 

 

「……なんで残ったんだ?」

 キュロスの家に残ったウタに、キュロスが声をかける。

 ウタは抱えた膝に顔を埋めながら、静かな声で、

「……理由を言う必要がある?」

 わかってるでしょ、と言外に言う。

「…………まあ、な」

 キュロスは再びウタから目を逸らした。

 そう、キュロスは彼女が何故ここに残ったのかは分かっていた。

 彼が、ここからいなくなってしまうのを防ぐため。

 少なくとも、ルフィがレベッカと話をつけるまでの間は。

 気持ちは、解らなくはない。

 だが──。

「……私は、あの子に幸せになって欲しいんだ。この十年、あの子は王族であるがゆえ、逃げ回り、罵倒される生活をしてきたんだ。だから──」

「だから、王族として幸せになって欲しいって?」

 ウタの玩具よりも無感情な声に、キュロスはそうだ、と頷いた。

 もちろん、キュロスとて未練はある。

 まず、この世で最も愛し、そして護れなかった伴侶の夫を、全くの別人だと偽ってしまったこと。

 そして、最愛の娘と、もう二度と会うことはできないということ。

 だがそれによる負債を背負うのが、罪人である自分であるのなら、それでいい。

 レベッカが、それによって幸せの道を歩めるのなら、それで。

 ウタは、それに対して、特に意見をしなかった。

 代わりに、静かに顔を上げると、ぽつりと呟いた。

「……ある、少女のお話です」

 なに、と不思議そうな顔をするキュロスの方を見ずに、ウタは語りを続ける。

「ある海賊船に、一人の女の子が乗っていました。……海賊船の誰かと、血の繋がっているわけではありません。ある時、別の海賊が略奪した宝に紛れ込んでいたのを、その海賊船の船長に拾われたのです。女の子と彼らは、血の繋がっているわけではありませんでしたが、家族でした。女の子は、ずっと彼らと一緒に居られると思っていました。だって、そこが彼女の家であり、帰る場所であり、彼らをとても愛し、そして愛されていたから」

 穏やかな口調で語るウタの表情は、どこか寂し気だった。

 キュロスは、その語りに、黙って耳を傾ける。

 ですが、とウタが続けた。

「ある日、事件が起きます。……それは、事故だったのかもしれません。とても……、とても大きな事件でした。その事件の渦中で、海賊たちは一つの決断をします。『この子は、ここへ置いて行こう。悪党である自分たちといても、彼女の幸せにはならない』、と」

 海賊たちの決断の下りを聞いたキュロスの瞳が、揺れた。

 ウタは相変わらずの凪いだ声で続ける。

「事件が収束し、目を覚ました少女は、彼らにおいて行かれてしまったことに気が付き、そして泣きました。三日も、四日も泣き続けました。いずれ体が涙を流し飽きても、その島で世話をしてくれた親代わりの人が幾ら励ましても、彼女の心は泣いたままでした。だって、彼女の幸せは『彼らと一緒にいること』だったのですから」

 そう言ってウタは、再び顔を俯ける。

「女の子は、それからずっと、暗い日々を送りました。何故、どうして、そう問いかけても、答えは出ません。だって、自分から家族と離れたわけではないのですから。信じたい思いと、裏切られてしまったという哀しみに挟まれて、彼女は時に、“死”をも考えることもあったのかもしれませんね」

 ウタが、軽く首をひねって、キュロスの方を見遣った。

 キュロスは悲しそうな、難しそうな顔をして、ウタに尋ねる。

「……その女の子は、どうなったんだ?」

 ウタは微笑んで、「さあ、どうなったでしょう?」と言う。

 ぎゅっと目を瞑ってから、キュロスが口を開いた。

「…………君は、レベッカもそうなると言いたいのか?」

 ウタは首を横に振った。

「違うよ。わたしはレベッカじゃないから。レベッカがどう思っているかなんて、わからない。──ただ、レベッカはあなたの傍で、ずっと育った。だから、たとえキュロスさんと血が繋がってなくても、あの子にとって、あなたは父親なんじゃないかな、って思っただけ」

 それを聞いたキュロスが、辛そうに嘆息を漏らして首を振る。

「……じゃあ、どうしろと言うんだ? この汚れた私に──?」

 さァね、とウタは肩を竦めて、優しく目を細めた。

「わたしにはわからないよ。……ねえキュロスさん、あなたはどうしたいの?」

「わ、私は、レベッカには王族としての人生を──」

 違うよ、とウタは首を傾げて言った。

「それは、レベッカにどうなって欲しいか、でしょ? キュロスさんはどうしたいの? なんで、レベッカにそうやって生きて欲しいの?」

 それは、とキュロスは口ごもる。

 ほんの数分前ならば、自信をもって答えられていたかもしれない。

 ──王族として生きれば、彼女は幸せになれるはずだ。

 それが、今のキュロスには言えなかった。

 目の前の彼女が語った、恐らくは彼女の経験からくるだろう物語を聞いてからは。

 幸せを願った善意が、その祈りが、愛する者を深く傷つけてしまう恐れがあるという、目を背けていた事実に、キュロスは答えを出せずにいた。

 ならさ、とウタが続ける。

「レベッカに確かめればいいじゃん。話し合おうよ。海を隔てたわけでもあるまいし、どこにいるのかわからないわけでもないんだからさ」

「…………そう──」

 そうだな、と言おうとしたキュロスを遮って、ウタは恥ずかしそうにはにかんで「なんて」と言った。

「これ、わたしの恩人からの受け売りなんだけどね! ……うん、だけどやっぱり、そんなに間違っていないと思うんだ、この考え方。家族ならなおさら。やっぱり話しておいた方がいいと思う。袂を分かつにしろ、分かたないにしろさ。いろいろと決めるのは、きっとそれからでも遅くないから」

 そうだな、と今度はしっかりと頷いて、キュロスは頬を掻く。

「しかし、てっきり私は、君に『レベッカと一緒にいるべきだ』と言われるかと思ったが……」

 その言葉を聞いて、ウタはあはは、と笑った。

「わたしに、そんな権利はないって。だってさ、そこから先はキュロスさんとレベッカの問題でしょ?」

 



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