家族になりたい

家族になりたい

オレ以外の誰かを出迎えるお前を見たくない

 どの世界でも師走の雰囲気は変わらないのだな、と扉間は心の中で微笑んだ。忙しないのにどこかのんびりとしている雰囲気。年の終わりと年の初めの少し前の独特の空気感。休みが来ると解っている例年通りの忙しさ。勿論、忙しい側の人間は今も昔も居る。扉間は前はどちらかというと休みではない側の人間だったが、今は休み側の人間である。大晦日前のイベントである大掃除も普段からこまめに掃除している扉間は“大”と付ける必要はない。つまり、扉間は世間より少しだけ余裕があった。

 その余裕をどう使うかは人によるが扉間は積んでいた本の消化に当てていた。クリスマスも参加する予定の無かったサークルの飲み会に人数合わせで参加したくらいで特に何もしていなかった。その飲み会ですら、扉間は二次会に行くことなく早々に退散していた。前世はともかく今の扉間は酒をあまり好まなかった。前の扉間も好んでいたかと言われると些か違うが。前の扉間が呑むときといえば、接待か、兄か弟子たちと居るときぐらいだった。月や花を愛でて酒を呑む趣味がないわけではないが、別にその友が酒でなくても良い。そういうタイプなので、実際のところ今も昔も変わらないのかもしれない。

 幾ら本を読み、細々とした掃除をするだけの日々とはいえ食料は減る。買い物をせざるを得なくなった扉間は久しぶりに外に出ていた。そして話は冒頭に戻り、扉間は師走の雰囲気を纏った人々の中を歩き近所のスーパーに向かっていた。扉間がネットスーパーを利用しないのは、この時期にダンボールを片付けるのが面倒だから以上の理由はない。敢えてまともな理由を挙げるとすれば、偶には外に出ようと思っただろうか。

「扉間」

「ん。兄者」

「久しぶりだの」

「仕事は終わったのか?」

「うむ。三が日を越すまでは暇ぞ」

へとへとの様子の柱間に扉間が愉快そうに笑う。扉間と違って社会人の柱間は忙しかった。柱間は世間一般的な勤め人とは少し違うものの年末が忙しいのは変わらないらしい。

「じゃあ、今から実家に帰るのか?」

「年末年始に親父殿の顔は見たくない」

うえっ、と言う顔をした柱間に扉間が今も仲が悪いのかと逆に感心した。扉間は会ったことがないが柱間の、父上は生まれ変わっても父上ぞ……、という発言から前の仏間そのものなのだろうなと思っていた。おそらく仏間には前世の記憶がないことも柱間から聞いていた。ちなみに扉間は両親ともにちょっと裕福なだけの普通の人だ。

「扉間は実家に戻らんのか?」

「今のところその予定はない」

「そうか。ではオレと一緒に過ごせるな!」

「勝手に決定事項にするな」

「むう、扉間と過ごすためにオレは頑張ったんだぞ!」

頼んでないが、という言葉を扉間が飲み込む。別に柱間と一緒に居るのが嫌というわけではないので。駄目か?という視線をしつこく送ってくる柱間に扉間は、駄目じゃないからその鬱陶しい視線を止めろ、と言った。

「冷たいのう」

「オレに何を期待してるんだ」

「偶にはオレと過ごしたいとか言ってくれても良いんぞ??」

「それを言うオレはオレじゃないから遠慮なく殺してくれ」

そう言って歩き始めた扉間を柱間が追いかける。追いついた柱間が扉間に、買い物ならオレの家の近くですればよくないか?と言った。

「まさか、今から兄者の家に??」

「違うのか??」

「荷物も何もないんだが?」

「必要なものは買ってやるぞ?」

「……前世ならともかく今は他人だぞ?そんなに世話にはなれん」

「?」

柱間が心底不思議そうな顔をする。扉間もそんな柱間を見て、なんだこいつ、という顔になる。先に正気に返ったのは柱間だった。

「他人は!他人はないであろ!!」

「他人は他人!今は今。昔は昔」

柱間が捕食する勢いで扉間を抱き締めた。柱間の突然の奇行に扉間の目が猫のように丸くなる。オレは今も昔もお前のことが好きだぞ、とさっきまでの勢いをどこかに捨てた声で囁く。扉間の感想は路上で叫ばれなくて良かった一辺倒だったが。

「もう一回家族になりたいのはオレだけかの……?」

「家族の種類によるな」

「兄弟以外も欲しい」

兄弟という関係は手に入れる前提なことに扉間は閉口した。黙ったままの扉間に何を思ったのか柱間は、お前の男になりたい、と核心的なことを熱の籠った声で囁いた。


















 クリスマス。本当は扉間と過ごしたかった。忙しいことは悪いことではないが、本来なら休日である日まで忙しいことには閉口した。その分、休みを早く取れたことは僥倖だったが。クリスマスに休めないことに気付いてそれ以降自棄になって仕事を詰め込んだ所為もあるが。昔は皆が休みの中仕事があっても寂しくなかった。付き合いで酒を呑むのも嫌いではなかった。それは扉間が共に居てくれたからだ。今はどうしても距離がある。それが酷く寂しい。

 午前中の間に無事に終わった今年の間の仕事にホッと息を吐きつつ、自然と扉間の家に足が向かっていた。年末年始、実家に帰るにしてもまだ早い時期だ。まだ家に居るはずだ、と歩いていると、見覚えのある白い髪が見えた。それだけで、ひどく安堵した。のんびりと歩く扉間の横に立つ。綺麗な赤い瞳がオレを見た。ずっと横に居て欲しい。それ以上にオレ以外の誰かを横に立たせないで欲しいのだ、と警戒心の一つもない扉間を見て自覚した。

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