家族にあらず、仲間として
『船長命令だ!!ウタ当番はできるだけウタと話をするんだぞ!!』
『なんでもいい!!とにかくウタにはおれたちがいるってことを教えてやるんだ!!』
珍しいことだった。冒険に楽しさを求めるルフィは、普段ここまでの強い口調で命令を下すことは滅多にない。
ウソップの知るかぎりでは、仲間や一味の命に差し迫った危機があるときくらいだろうか。
裏を返せば、今のウタにはそのくらいに危ない状態であることになるが。
一見、そうはみえなかった。
「"逆光よ!!"‥‥対海賊応援歌『逆光』でした!!」
「イェエエアアアア!!!!最高だったぜェ!!!!」
「ウタ様ー!!!!」
「ドレスローザのヒーロー!!!!」
「ありがとー!!でもヒーローはやめてね!!わたしこれでも海賊だから!!おひねりヨロシクー!!」
「お安い御用だァ!!もってけドロボー、いや、海賊!!」
王宮へのメインストリートで路上ライブを催すウタは、今こそが人生絶頂期だといわんばかりに、高らかに歌っている。
傍らに護衛のように立っていたムジカのシルクハットには、ベリーが雨あられと降り注いでいた。中には1万ベリー札を直接手渡す老人までいるくらいだった。
(ナミが見たら狂喜乱舞しそうだな。いやアイツなら『もっとキチンとプロデュースしなさいよ!!』って言うかもしれねェ)
離れ離れになって1日程度しか経ってないが、ウソップはひどく寂しさを覚えている。ナミだけじゃなく、他の仲間にも、ビビにも、ドルトンのおっさんにも、カヤにも。
太陽のように眩しい、我らが"歌姫"の姿を見せてやりたいと。
(っと、おれが寂しがってる場合じゃねェな)
人間に戻ったことで人間サイズ(3m)に戻ったムジカが、チラリとこちらに視線をよこした。ウタの人形時代の仕草を完璧に模すムジカ、何を言わんとしてるかは、ウソップにはよくわかった。「ウタは無理をしているぞ」と。
「はいはーい、路上ライブはそこまで!!一旦おひらき!!」
「「え~~~‥‥」」
「『え~』じゃない‥‥っていうかウタまで不満そうにしてんじゃねェよ!!ウタはミンゴ野郎との戦いですげェ消耗してんだ、無理はさせられねェ」
「「でも~‥‥」」
「いやだからウタもシンクロしてんじゃねェ!!お前らにもオモチャから人間に戻った家族がいるだろー?だったら、ウタの事情も理解してくれ」
「ぐぬぬ、"ゴッド"にそう言われては‥‥」
「その"ゴッド"もヤメレ」
これで無理ならムジカと協力して、無理矢理にでも隠れ場所に連れ帰るつもりだったが。さすがにオモチャ化のことまで持ち出されては、ウタもドレスローザ国民も、何も言葉を返せない。「明日も頼むぜー!!ヒーロー!!」「だからー!!海賊なんだってばー!!」と言いながら、お互い名残惜しそうに、即席のライブステージは解散となった。
そろそろ腹も減る頃、というのもあるだろう。今のドレスローザは、普通の食事ですらどこもかしこも宴のように賑やかだ。
「もっと歌いたかったのにな~‥‥」
──ぐぎゅるるるるる
「前言撤回、ごはんにしなきゃ」
「そりゃあんだけ歌ってりゃあな」
同じ島にいる海軍にも聞こえるじゃねェか?ってくらいの絶唱を、計10曲も歌い切った。
幸い、何故か海軍も他の海賊も動く気配がなく、まだ拙い見聞色でも怪しい気配がないことは、ウタのドレスローザ散歩を見守る上で安心材料ではあった。
「見てウソップ!!闘魚の丸焼き炊き出しだって!!あそこでお昼ごはんにしよう!!」
「おう、わかっ‥‥って待てェ!!」
「おさかなー!!」
「一人で突っ走るんじゃねェ~~~!!!!」
だからといって、ウタのお世話が大変ではないかというと、そうではないのだが。
まるで、大きな妹ができたかのような。
(家族、家族かァ)
(ウタが"赤髪"の家族なら‥‥おれとウタは、どういう関係なんだ??)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ドレスローザで現在差し迫った課題、それは食料問題である。
"食う必要がなかった"存在が、そのまま"食う必要がある"人間に戻った。それはつまり、ドフラミンゴ体制で食料管理をしていた財政をそのまま逼迫することに繋がった。
そのため、国民の誰もが等しく食料や富を差し出す必要に迫られ、そこかしこの広場でリク王主導の炊き出しが行われている。
「うめェ‥‥うめェ‥‥ひさしぶりのメシだ‥‥」
「酒がキクわ‥‥そう、"酔う"、酔ってるわ‥‥!!ウフフフ‥‥!!」
幸か不幸か、炊き出しの光景はまさしく"貧しくも心豊か"だったかつてのドレスローザだったが、ウソップとウタには知る由もない。闘魚の串焼き配膳列に並ぶムジカ(3m)を眺めながら、暇をもてあましていた。
「ヒマだねー」
「だな」
「ハッ、こんなときこそ歌を歌って宴気分にすべきでは‥‥!!」
「だからヤメい!!マジでブッ倒れるぞ!!」
「ごめんなさい」
少々ガチめに怒られ、しゅんとするウタ。少々気まずくなったウソップが、情報集めも兼ねて別の話題を切り出した。
「"赤髪"の船にいたときもこんな風に路上ライブやってたのか?」
「ううん。シャンクスの船にいたときは、ほとんどシャンクスたちだけにしか聴かせてなかったよ。フーシャ村とかココみたいな、わたしたち海賊に好意的なトコロなんて少数派だったからね。今だからわかるけれど、子供の能力者なんて、恰好の獲物だもん」
「まァそりゃそうか」
初めてウタの歌を聴いたのが戦いの真っ只中。
ドフラミンゴに抗う者たちを鼓舞する戦場の歌や、大人の姿で路上ライブに励む姿のイメージが先行しがちだったが、赤髪海賊団時代は自分たちのように船室や貸し切り酒場での歌がメインだったのだろう。幼いウタの姿をウソップは知らないが、なんとはなしに想像はついた。
だからだろうか。己の決意と、これまでの道筋と、海賊としての目標がウタを通じて重なってしまったから。
海に出てからずっと、裡に秘め続けていた想いが、ふと口から零れた。
「親父は、どんな風だった?」
「ん??」
「親父はどんな風に、ウタの歌を聴いてたんだ??」
「んー‥‥」
(今更恨み言をいうほどじゃねェけどよ‥‥まァ、聞いとくくらいはやっとくべきだよな)
零れた本音そのまま嘘を隠して、世間話の延長であるかのように。
「ヤソップの想い出はあんまりないんだよね、私。ヤソップのほうから話かけられたことなんて、無かったから」
「親父と仲が悪かったのか?」
ルフィの小さな頃を知るかぎり、子供がニガテということでもなさそうだったが、女の子は別なのだろうか。
ウソップは首をかしげる。
「ううん、逆。大切にされてたよ。歌ってるときも、皆と一緒に盛り上がってくれてたし、熱出したときは、どういう病気なのかシャンクスやホンゴウさん、船医に教えてたりしてさ」
「きっと、ウソップのことを想ってたんだよ。海賊旗についていくと誓った以上は、私の育児からも距離をとらなきゃいけない、って」
「親父め‥‥そんなとこで筋通さねェでちゃんとウタの面倒みろってんだ」
「アハハ、でもそういう律儀なところ、ウソップによく似てるよ?」
「褒められてる気がしねェ」
ウソップの予想どおり、やはりヤソップという男は父として最悪ではあっても、最低限のスジを違えるような男ではなかった。
(それを聞けただけでも良かった。親父、おれは偉大なる海の戦士に‥‥ウタ?)
「だから、よくわかるんだよね」
「おい、ウタ」
決意を新たにしたウソップの耳に、いや、音より速く心に。
ウタの感情の揺らぎが聞こえた。
「あの日、シャンクスたちは、わたしを心からステたの。喧嘩したとか、しつけとか、そんなんじゃナくてね。まルでいないものみたいに扱った「おいウタ、」んだよ」
「ヒドイヨネ、ユルせナイ。しかた「ウタ、」ないンだけど」
言葉をかけるが止まらない。「もういい、よせ」と言っても止まらない。
壊れたオルゴールのように、時折「ステタんだ、ステたの」とノイズを口走る。
表情が笑顔のまま、目が虚ろの闇に濁っていく。人形のように。
見聞色があろうがなかろうが、ウソップは悟った。
止めなきゃいけない。
「アハハハ!!オカしいよね?!私のことをムすめだな「ウタ!!!!」」
肩をガシリと掴み、ウタを悪夢から現実に引き戻す。ウソップの血走った眼と冷や汗をみて、ウタは「ウソップ?大丈夫??」と心配そうに見つめかえしている。「心配したのはこっちのほうだ」という言葉を呑み込んで、戻ってきたムジカから串焼きを受け取った。
「お前、腹減りすぎてブッ倒れそうになってたんだよ。腹減りすぎてテンション激下がりのルフィみたいになってたぞ??」
「え?うそ、まじ??」
「マジだ。干からびたミイラみたいだったぞ。ほーら、ムジカが串焼きもってきてくれたぞ」
「ほんと?!さかなー!!ありがとー、ムジカ!!」
言うが早いか、ウタは闘魚の塩焼きにがぶりつく。実際、歌いすぎの体力消耗と生理的反応としての食欲がムクムクと盛り上がってはいた。そこに嘘はない。
ウソップもムジカから串焼きを受け取り、元のようにウタの隣に座る。
ムジカはというと、二人を守るように周囲を見渡している。眼があったときには、ウソップには「大丈夫だ、今のところは」と言ってるようにみえた。
「おいひー!!ふぉれふぁ"くしやき"‥‥!!しょっぱいのがしみる‥‥!!ぜっぴん!!これいじょうウマイおさかなを、わたしはしらない‥‥!!」
「おちつけ、サンジの料理を忘れるな。いや食ったことねェから仕方ないのか。サンジならソース使ったソテーを作ってくれるぞ。」
「ほてー!!くいたかったやつ!!いほうウソップ!!いまふぐ!!あっ、フグくいたい!!」
「いやだからおちつけェ!!」
(親父、アンタに会いに行く理由がもう一つできちまった)
偽りの仮面を被りながら、ウソップは決意を新たにする。
(理由はどうあれ、アンタたちはおれたちの仲間の心を傷つけた。そのケジメ、つけさせてもらうぜ)
親子ではなく、海に生きる海賊として。
『なんでもいい!!とにかくウタにはおれたちがいるってことを教えてやるんだ!!』
家族ではなく、共に死線をくぐった仲間として。
(ウタはおれたちの仲間だ、絶対傷つけさせやしねェ)
ドレスローザ陥落から幾数日。
人知れず、偉大なる海の戦士が背負うモノに、一つ増えた覚悟があった。