家族との思い出
御三家下僕
「しかし、穂村殿も苦労しておりますな。術式がないというのに、当主候補になってしまわれているのですから」
「……ご心配、ありがとうございます。ですが、私は曲がりなりにも穂村家直系の身。先祖が築いた穂村家を継ぐことこそが私の本望です。若輩の身である私程度を心配して下さり、ありがとうございます」
『なってしまわれて』、か。それは暗に『お前は当主になれる器ではない』と言っているのと同じだろうに。
俺程度を気にかけなくとも問題ない、むしろ余計な世話だ。
「そうですか、余計な世話でしたな。今後とも精進してくだされ」
「無論です、〇〇様もお気をつけて」
だから余計なお世話だ、もう老人なのだから無理はしないでくれ。
…………
「冬嗣様、お疲れ様でございました」
「秋夜か、お前もご苦労だ」
『御三家下僕』、又の名を穂村冬嗣。穂村家の次期当主であり、先程まで老人と会談していた中、心の中で老人を侮辱していた無礼者である。
ここは穂村家邸宅の玄関。
会談を終えた主人を、従者である鏡秋夜が迎えた。
「会談はいかがでしたか?」
「いつも通りだ」
「……また何か言われたのですか」
「そう殺気立つな、いつものことだぞ。俺に術式がないことも事実だしな」
秋夜が怒るのも無理はない。
彼の主人である冬嗣には術式がない。たったそれだけのことが原因で、上の家に馬鹿にされるのだ。それはいつものことであり、もはや様式美すらある。つまり、主人を敬愛する秋夜にとっては我慢ならない状況、それがまかり通っているのだ。
そんな従者の思いを、冬嗣は無下に出来なかった。冬嗣とて、一人の人間なのだ。呪術の世界を生きる中で否定され、コケにされ、侮辱され続けてきた彼にとって、秋夜の存在は一つの救いであった。
「冬嗣様はご自身を卑下しすぎです。たとえ術式がなくとも、穂村家の名に恥じぬ所作、術式なしで準二級へと上がった実力、そして何よりも慈しみの心を持たれているのです。冬嗣様の才覚を認めぬ上層部の目こそが節穴なのです」
「そこまで大層な人物になった覚えもないのだが……」
「いいえ、貴方様が何と言おうと私にとっての冬嗣様は大層な人物です」
雑談しながらも、秋夜は冬嗣の上着を脱がせ、荷物を持ち、部屋着を用意する。
主人の身の回りを整える秋夜の手つきは慣れたものだ。それは秋夜の従者としての実力、そしてどれだけ冬嗣に使えていたかを如実に表していた。
「そういえば、夏芽は何をしている?」
「夏芽様でしたら、今は千春と共に」
「いよっしゃあ!またまたアタシの勝ちだぁ!」
「ちょっと、夏芽様ズルいですよ!さっき振ってたサイコロ、明らかに挙動がおかしかったじゃないですか!?」
「へーん、勝ったもん勝ちだもんねー」
「酷いですよー!」
「……双六に興じております」
「聞かなくても分かったな、すまない」
「お気になさらず」
どうやら冬嗣の妹である夏芽は、秋夜の妹である千春とともに双六をしていたようだ。で、容赦なくイカサマを仕込んだようだ。彼女は平気な顔でこういうことをする常習犯である。
彼女たちは兄たち同様の主従関係を結んでいるのだが、兄たちと比べると幾分か友達に近い関係性だ。
「あいつの手つきの悪さは酷いな」
「それが夏芽様の魅力ですから」
「否定はせん」
シスコンと全肯定マシーン、二人の会話にツッコミ役はいなかった。千春を含め、夏芽は基本甘やかしてばかりの人に囲まれていた。むしろ、今の性格に落ち着いたことこそが奇跡に近しかった。
「あれ、兄貴帰ってきてんじゃん!おかえり〜」
「待ってくださいよ夏芽様〜!って冬嗣様!お帰りなさいませ!」
「ああ、ただいま」
諸々のことも終わり、部屋着となった冬嗣の部屋に現れたのは、先程元気な声が聞こえてきた夏芽と千春だ。
主人である夏芽が千春を振り回すその姿はいつものことで、冬嗣に帰宅した実感を伴わせた。
「夏芽様、双六はもう宜しいので?もしや妹が何か粗相を……」
「いやイカサマ仕掛けてたのはアタシだし、千春は悪くないよ」
「25回引っかかりました……」
「「「さすがは夏芽(様)」」」
「イカサマでこんな褒められることある?」
何度でも言おう、夏芽の周りにいるのは甘やかすことしか出来ない人ばかりであった。イカサマを掛けられた本人でさえ絶賛している。
そんな環境ではあるが、夏芽は皆が大好きだった。兄も、千春も、秋夜も、夏芽にとってかけがえのない存在で、色褪せることのない大切な思い出の宝庫なのだ。
「いよーし、兄貴と秋夜も混ぜてもう一回だ!」
「今度こそはイカサマに引っかかりませんからね!」
「秋夜、イカサマ用のサイコロを持ってこい。二人で夏芽を嵌めるぞ」
「御意。夏芽様、悪く思わないでくださいね」
「ちょっと、2対1は卑怯だよ!こうなったら千春、二人で兄貴たちをコテンパンにしよ!」
「はい!ギタギタのボコボコのグドグドにしてやりましょう!」
「や、そこまでは言ってないんだけど……」
…………
それは、今は遠い記憶の幻影。
秋夜が呪詛師となる前の、一つの思い出である。