実験棟

実験棟


なるほど、これがそうか。

これが医療教会なのか。

頭部を肉塊にしか見えない姿に肥大させてなお悪夢の中だけで生き続ける患者たちを狩っても、最早失望もなかった。

外様のおれに元々上位者への信仰も何もない。だから血に酔った狩人や海の匂いがする彼らを狩るのも、おれの役目で良かったのだろう。

ここも悪夢であるなら、きっとそれを呼ぶ赤子がいる。囚われている人達がいる限り、この狩りを全うする意味はまだある。

そうして血みどろの弔いを進めながら、おれは秘匿の最奥に近いのだろう資料を抜き取り集めていた。3本の3本目がなくともローを癒すことができるならばと、夢のような希望に縋って。

「ねえ、あなた、もしかしてニカ様を探しているの?」

「ニカ様?」

「違うの?」

初めてその名を聞いたのは、元々は血を"調整"された聖女であったというアデラインの口からだった。

「人々を"解放"へ導く、太陽の神様よ」

「太陽の…」

「そう。ニカ様は底のない海から這い出す、私達教会の神様なの」

教会の神様。おれは長い間、それを月に見出していた。青ざめた月、月の魔物、そして赤い月に呪われた血。その彼らにすら穢れと呼ばれる、おれ達の血も。

太陽という語は、今の教会の有様とはどうにも外れている。アデラインはちょっと精神に異常をきたしていたが、その話は与太とは思えず脳裏に強くこびりついた。

「ニカ…ニカ…これか」

次にその名を見たのは、半世紀も前の資料の中だ。フレバンスの名が記された調査報告書には、人に対して"全く無害な"珀鉛の様が記されていた。

背筋をゾッと悪寒が駆け上がる。報告書に嘘はなかった。半世紀前まではたしかに、珀鉛は無毒だったのだ。

フレバンスが滅びたのは、世界政府のためだけじゃない。おれをビルゲンワースの末裔と称した男、シモンは狩人の罪を知っていた。

「漁村…襲撃」

それはビルゲンワースが解放の神を求め、その母の血を求めて起こした、夢の中だけの事件だ。

ただしその夢は、聖血によって共有される精神世界。誰かの心の中で、思い出で、魂だった。

これだ。これが呪いの源、狩人の罪。

海の血を引く太陽の神。その遺物たる珀鉛を儀式の贄として、彼らは白い母なる上位者を狩ったのだ。

初期の医療教会は上位者を海と結びつけ、その一柱としてニカに縋った。驚くべきことに、彼らの言う"穢れた"血のひとりの女性を、獣の運命から救うために。

その結果がこの海の香りの患者たちで、白く滅びたローの故郷で、赤い月に見降ろされたヤーナムの惨劇だ。

震える手でページをめくった。

悪夢の赤子を抱いた"穢れた"血族にして、狩人の夢の始まり。

シモンの忠告が、患者たちの嘆きと嗚咽がその名を指差す。おぞましい罪を隠す、秘匿の主の名を。

「――マリア」






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