安和恵介という男(イマジナリーカブト)

安和恵介という男(イマジナリーカブト)


「俺は安和恵介、又の名を仮面ライダーカブト。この世界でヒーローになる男だ!」

呆れる僕には構わず男はさらに続けた。こいつは決め台詞を言うことに強いこだわりを持つ。なんなら戦いながらでも言う。

「いずれ世界中が俺を知る。そう、太陽を知らぬ者がいないように……」

「うるさい」

僕は銃を構えて駆け出す。本当はあいつにも一発撃ってやりたいが弾は貴重だ。

イライラしていたら機械のゴ、じゃなくてカブトムシだっけ? が飛んできて男の背中にぶつかった。いい気味だ。



安和恵介は別の世界から来たヒーローらしい。僕たちが束になっても敵わない怪人をこいつは一人で倒してしまう。尊大なくせに抜けているところが親しみやすいのかシェルター内でも慕われている。ヒーロー、英雄、救世主……そんなものいないと思っていたけれど。薄暗い地下でわずかな物資を分け合い、生まれた子が外を知らずに死んでいくような日々で、確かにこいつはみんなを照らす太陽なのかもしれない。

レジスタンスとしていずれやらなければならなかったとはいえ生まれ育ったシェルターを離れるのは不安だった。世話になった人に挨拶しながら二度と戻れない覚悟を決めた僕の隣で、安和が当然のように僕の荷物を持って「目指す方角はどっちだ」と言った時、僕は少しだけ安心してしまったのだ。

「……ねえ安和。ヒーローってなんだ?」

僕は何度も繰り返した質問をまた口にする。

「誰かのために戦う奴のことだ」

安和の答えもいつもと同じだ。

僕はまだこいつのことをよく知らないけれど、「誰かのために戦う」と言うときの安和は、触れれば崩れてしまいそうで。

もう一度ヒーローのいない世界が来るぐらいなら、僕は君を守るために戦うよ。なんて絶対に言えない。


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