端切れ話(宇宙議会連合工作員ケビン)

端切れ話(宇宙議会連合工作員ケビン)


フロント脱出編

※リクエストSSです



 ケビンとローズは『プリンス』配下の工作員だ。

 正確には宇宙議会連合の工作員なのだが、もう随分と長い事『プリンス』の為に働いている。

 工作員とはいっても、とくに破壊活動を行なったりするわけではない。今現在の宇宙議会連合は、主に穏健派が主流となって日々の活動を行っている。

 穏健派の目標は、宇宙と地球の力のバランスを整え、全人類に対してプラスになる新しい秩序を作ることだ。

 元々は温厚で有名だった島国の住人たちが訴え始めたもので、彼らが宇宙へと進出して宇宙議会連合へ身を寄せた際に、自然と持ちこまれた理念だった。

 かつては過激派に押されたこともあったようだが、粘り強い説得と交渉によって少しずつ人を取り込み、今の地位を築き上げてきたらしい。ケビンが生まれる前の話になる。

 宇宙での生活環境を改善するための活動を行いながら、水面下では自分たちの故郷とも言える地球の状況を掬い上げる計画を練る。宇宙と地球、双方の繁栄こそが未来には必要だと確信している彼らは、苦手な工作活動もするようになった。

 そんな彼らに見いだされたのが、地球側の尊い血を引いていながらも、その半分は敵対する宇宙側の血も流れているというひとりのハーフの少年だった。

 『イエル・オグル』───今は『シャディク・ゼネリ』と名乗っている宇宙議会連合の上級工作員だ。

 彼は『プリンス』というコードネームも持ち、自分たち末端の工作員を駆使して地球弾圧の急先鋒であるベネリットグループを何とか解体まで持ちこもうとしている。

 『プリンス』の元には戦闘用の工作員や諜報用の工作員が集まり、あまり迂闊に動く訳にはいかない彼の手足となって懸命に働いている。

 ケビンやローズもその一員だ。

 とは言っても2人は荒事は苦手なうえ諜報としての才能もそれほどはない。自分たちに出来るのは学園フロントの近くを定期的に行き来し、必要な物資を必要な時に届ける愚直な運び屋としての役割だけだ。


 そんな自分たちの元にある日風変わりな指示がきた。必要な荷物を受け取ったあと、その荷物をまた別の場所に届けるというものだ。

 普段どおりの仕事のようだが、よく聞くとまったくそうでないことが分かる。何故なら荷物を受け取る場所も届ける先も、いつもとは遠く離れた宙域での作業になるからだ。

 詳細な任務の内容は指定された場所に着いてから説明されるという。普段とは違う毛色の任務に気を引き締めながら、あらかじめ必要になると言われた荷物を積み込んでその場所へと向かって行った。

 そうして待機場所へ着いてから知らされたのは、運ぶのは人だということだった。

 ベネリットグループの中でも謎に満ちた会社、ペイル・テクノロジーズ。その筆頭パイロットである『エラン・ケレス』と、シン・セー開発公社の令嬢である『スレッタ・マーキュリー』。それが今回の荷物の中身だったのだ。

 彼らはそれぞれの理由で命を狙われ、ベネリットから逃げる必要があるのだという。

 おおかたグループ内における抗争にでも巻き込まれてしまったのだろう。詳しい事情までは知らないが、きな臭い噂は色々と耳にしている。それこそ、嫌になるくらいに。

 ケビンは密かに同情しながら、彼らを宇宙議会連合で匿うのだろうかと一瞬思った。似たような子供たちの保護はこれまでも行っていたからだ。しかし説明を聞くとどうやら違っているらしい。

 『エラン・ケレス』は随分と鼻が利くらしく、自分たちが危ないと気付くとすぐさま『プリンス』相手に交渉を持ちかけたそうだ。

 「地球へと逃がす手伝いをすると約束させられたよ」と『プリンス』は目を細めて笑っていた。対等にやり取りできる同年代の存在が嬉しいのかもしれない。

 それにしても地球への逃亡とは大胆である。目の前の『プリンス』は心配する素振りもないから、自分たちで匿わなくても地球で上手く暮らしていけると確信しているのだろう。

「彼らには安全で快適な船旅を提供しようと思うんだ。干渉自体は最低限に留めて、頼めるかい?」

「お任せください」

 とにもかくにも、仕事を全うしなければいけない。

 それなりの詳しい事情は今は自分ひとりしか知らない。他の人員は『プリンス』が行う作戦の一部だとしか説明されず、回収した人物の素性は秘密にされたままになる。

 本来なら誰にも教えてはいけない情報だろうが、令嬢の世話をする自信はケビンにはなかった。少々情けない理由だが直属の部下であり女性でもあるローズへ情報共有をする許可を願い出ると、『プリンス』は笑いながら許してくれた。

 最後に『プリンス』はこう言った。

 「少女の方はおそらく今回の事情を知らず、自分たちがどうして逃げているのか理解していない可能性が高い。説明の途中で錯乱するかもしれないけど、あまり酷くなければ少年の方を信じて見守るだけにしてあげて欲しい」

 その言いようは、少年への信頼と労わりに満ちたものだった。

 学園生活でのことはケビンも聞き及んでいる。『プリンス』にとって少年は数年にも渡って同じ学園で学び、委員会でも一緒に仕事をしていた仲間になる。個人的な友人の可能性すらある人物だ。

「了解いたしました。今回の荷物も、無事にお届けいたします」

「頼んだよ」

 『プリンス』の言葉に頷き、通信を解除する。指定された場所で待機するあいだ、ケビンの胸は使命感で満ちていた。


 果たして彼らはやって来た。

 驚くべきことに、モビルスーツなどもなく、単身で宇宙遊泳をして来たようだった。命を狙われているという切実な事情は聞いていたが、本当にこんな無茶をするとは思っていなかった。

 近くには彼らが乗って来ただろうモビルスーツの反応もない。どれだけの距離を進んできたのか、想像することすら恐ろしい。

 少年の方は、まるでピンと張った糸のような緊張感を纏っていた。傍目から見ても、少女の身を守ろうと必死になっているのが分かる。

 彼はせっかく用意した女性スタッフであるローズの手すら拒否していた。大人が信用できないのだろう。

 痛ましい気持ちになりつつ、ケビンとローズは少年の事を見守った。

 彼らの情報を外に漏らさないよう、部屋の扉の前にひたすら立ち続ける。食事や休憩すらも取らず、ケビンとローズは彼らのいる部屋の守護者となった。

 部屋の中では『プリンス』との会話、少女の起床、事情の説明などが行われているようだ。途中で少女のすすり泣きが聞こえても、中の様子を探ろうとは思わない。

 『プリンス』の頼みでもあったが、同時にケビンの個人的な判断でもある。

 少女を守ろうとしていた少年を信じるべきだと思ったのだ。だから決して扉の前から動くことはしなかった。約束の刻限を知らせに行くまでの間、ひたすら祈るような時間を過ごした。


 最後に部屋の中へ迎えに行くと、彼らは静かに手を繋いで出発の時を待っていた。

 ───ああ、少年の想いが報われたのだ。

 しっかりと繋げられた手に、ケビンは胸を打たれるような心地がした。

 少女は少年を拒絶することも出来た。けれどそうはせず、自分の事を守ろうとする少年の真心を受け入れてくれた。

 少なくともケビンにはそう見えた。

 部屋から出て、所定の位置へ案内する間にも2人の仲の良さは透けて見えるようだった。

 搬入口まで到着すると、次の受け入れ先である大型船が待機していた。データとして残さないよう秘密裏に移動する為に、彼らはこれから並行した船に直接乗り込むことになる。

 互いのハーネスを繋ぎ合う2人の態度は落ち着いている。この広い宇宙へと飛び出して行くというのに、まったく怖じ気づく様子はない。そこには蛮勇ではなく、お互いへの確かな信頼と自信があるようだった。

 最後に少年はケビンに向き合い、お礼を言ってくれた。

 何だか堪らない気持ちになって、つい少年の方に話しかけてしまう。まったく仕事には関係ない、個人としての言葉だ。

 工作員失格かもしれないが、自分は元からそんなに優秀な人材でもない。だから少しくらいなら構わないだろうとケビンは思った。

 少年はキョトンとした顔でこちらを見ていた。あどけない、年相応の子どもの顔だ。

 彼らは小さく会釈をしたあと、ぽっかりと開けた宇宙に飛び出していった。

 ハラハラしながら見守り、彼らが無事に次の宇宙船へ移り終えたのを見た時には思わず手を振っていた。見ればローズも同じように大きく手を振っている。それは相手の船が見えなくなるまでずっと続いた。

 どうやら自分は彼らの事を…とりわけ少年の方を気に入ってしまったらしい。送り届けた先の工作員、『ハンス』にそれとなく様子を聞いてしまうくらいには。

 それはローズも同じようなものだった。

 名前は決して口には出さないが、時折彼らがどうしているか2人で話すようになった。

 平和に暮らしているか、喧嘩などはしていないか。それは知り合いの子供を心配する、ただのお節介な会話に違いなかった。

 彼らはそんな自分たちの事など知らず、地球で穏やかに生活しているだろう。そう思えば、胸に灯火が宿ったように温かくなる。


 そして数年後、彼らの婚姻を人づてに聞いた時には、思わずローズと盛大に祝杯を挙げてしまったのだった。






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