孫新星 シャボンディ離散

孫新星 シャボンディ離散


・海賊団√

・スリラーバークではくまとエンカウントせず(≒ダメージは比較的均等に全員に残っているイメージ)

・やたらくまが強い


………………



海軍大将"黄猿"とその配下に連なる海兵達による追撃は熾烈を極めた。

海軍の最高戦力と称される大将の一角である黄猿は当然として、戦桃丸と名乗った男と彼が連れた兵器である"パシフィスタ"の力と数もまた、じわりじわりと彼らを追い詰めていた。


「船まで後どのぐらいだ?」

「区画にして3つ分ってところだな。一度どこかで足止めしないと、船に取りつかれるかもしれない」

それでも、その目から光が失われる事は無く心が折れる事もまた無い。

パシフィスタの攻撃を凌ぎ、時には苦労しながらも押し退けて目指すのは彼ら自身の船。コーティングが間に合わなかった為に新世界へ向かえないのは口惜しいが、生きてさえいればチャンスなど幾らでもある。

どこか近くの島に身を隠し、ほとぼりが冷め海軍が去った後にでもまた来れば良いだけだ。

グランドラインにある多くの島の全てを海軍が把握し見回っている訳では無いのだから。

「――なら、おれ達が請け負おう。お前達の方が早い」

「それにボニーもなー。先に行って休ませといてやれよ♪」

「……ごめん」

「気にすんな。行くぞ」

「気を付けて行け」

「誰に言ってんだよ」

「船についたらすぐ引き上げるからな」

「ああ」

一塊になり船を目指していた13人が二手に別れる。

能力もあり耐久力の高い年上の数人が大通りを塞ぐようにして追手に対峙し、残るメンバーはぐんと加速して船への道をひた走る体勢に入った。

「どけ!!」

「雑魚が邪魔するんじゃねェよ!!」

「ゾロ、右だ!」

「おう!」

「ルフィ!ボニーから離れるなよ!」

「わかった!!」

「……」

「後少しだ、油断するな!」

エースの炎が正面を無理矢理に開き、キッドの操る鉄屑達が上からの奇襲を防ぎ、左右から迫る海兵達をキラーとゾロが斬り伏せる。

"パシフィスタ"を目にしてから精細を欠くボニーの横にルフィが並走し、サボとローが周囲を警戒しつつ最後尾を担う。

此処に来るまでに負った傷も疲れも癒えきってはいなかったが、それでもお互いが揃っていて切り抜けられないとは思っていなかった。


そして。遠く見慣れた船影がちらりと見え始めたその場所に、男は1人立っていた。


「旅行をするなら、どこに行きたい?」

「は?」

「あいつ……王下七武海の?」

祖父よりも長兄よりも尚高い、縦におおよそ3倍はあろうかという巨体。"パシフィスタ"に酷似したそれは、けれど明確な意思をもって言葉を投げかけてきた。

ただ、その内容はあまりにも場違いで。

何よりその姿と状況から、彼らは"それ"を敵だと見なした。

「一気にケリつけるぞ!!」

「おう!!」

駆けるままに先頭の2人がその能力を行使する。

メラリと炎と化した右腕が振りかぶられ、頭上を守っていた鉄屑達が鉄塊と化して振り下ろされる、その寸前だった。

「お父さん!!!」

「「「――お父さん!!?」」」

唐突に響いたボニーの言葉に、兄弟達が揃って頓狂な声を上げて急停止する。

人間である以上親が居るのは当然だが、あいにく揃って縁遠い上にこんな場所で唐突に会うなんてのは更に想定外だ。

それでも咄嗟に攻撃を止めその場に踏みとどまったのは、その声音の必死さとこんな場面でふざけるような性格じゃないという信頼からだった。

「お父さん、なんでこんなとこに。それに、"アレ"は…」

「…………」

「なんで何も言わないんだよ!!」

キッドとエースの間から転がる様に前に出て詰問するボニーの声に、男……王下七武海"バーソロミュー・くま"は答えなかった。

未だ海兵達が迫り、後ろでは兄達が足止めとして奮闘している状況ではあまりゆっくりとはしていられない。

ボニーには悪いが、ここは撤退を優先しようと兄弟達が目配せをしあったその一刹那が隙となった。


殺意も無く、敵意も無かった。

ただ、気安く肩を叩く様な動きと速さで伸ばされた右手。

その手の平に人には似つかわしくない"肉球"のような物があり、そしてその手がボニーの肩に触れたと、そう見えた直後だった。

「………え?」

「ボニー!?」

ぱっ……と音さえなく、確かにそこに居た筈のボニーが姿を消していた。

「てめェ、ボニーに何しやがった!!」

「 !? キッド! エース! 待てっ!!」

人が眼の前で跡形も無く消えるという異常事態への恐怖と驚愕を、怒りで塗り潰した2人がキラーの静止を振り切り前に出る。

寸前で止めた攻撃を、今度こそは止めるものかと構えた2人は、しかし最前列に居たが為にくまからの距離が近過ぎた。

「エース!! キッド!!」

「くそったれ!!」

相変わらず、殺意の無い掌が2度伸ばされ、消える人影が2つ。

ガシャンと轟音を立てて落ちたのは、キッドが集めていた鉄屑達。それはつまり、キッドの能力下から外れたという事。

先のボニーと同じ様に僅かの痕跡もなく消えた2人を呼ぶルフィの叫びが虚しく響く。……他の4人もまた、声こそ上げずとも驚愕と焦燥に息を呑んだ。

それでも、ここで立ち止まる訳にはいかない。


「予定変更だ!! 一度後退してウルージ達と合流するぞ!!」

「こっちは任せろ。後ろは頼む!」

否が応でも脳裏に浮かぶ最悪を無理矢理振り切って、中衛から前衛に押し出されたキラーとゾロが各々の武器を構えて立ち塞がり声を張る。

兄弟の中でもこと直接的な火力や戦闘力に長けた2人を苦もなく消した相手だ。そこらの海兵らよりも余程警戒するべきはこちらだと判断したローの指示に従って、じりじりと駆け来た道を後退る。

「多分能力者、攻撃の起点はあの掌だ!!」

能力の詳細は分からなくとも、3度も見れば多少の情報は集められる。

"消す"際に、この男は必ず掌で触れる様な動きをしていた。ならば近接戦は不利であり……しかし間の悪い事に、こちらのグループで触れずに攻撃可能な顔ぶれはつい先程消えた2人がツートップだった。

逆であれば、あるいは…という後悔も悔悟がない訳では無い。


それでも、兄達と合流出来れば。

あちらにはまだ、ドレークやアプーが居る。

それに、こちら側の手も尽きた訳では無い。

スリラーバークでの死闘から戻りきれない消耗。そして、黄猿やパシフィスタらによる奇襲から離脱する際に受けた傷。……それらは確かに体力を削り取っていた。

それでもまだ……いや、余裕がない状況だからこそ。残されていたものもある。


「出し惜しみしてる場合じゃねェか。"ROOM"!!」

船に辿り着いた後、兄達を引き寄せ回収する為にと温存していたローがその力を解放する。

「刻んでやる…!」

後手に回りみすみす3人を失った悔悟を怒りに代え、鬼哭を握りしめる。

生きたままバラして、自由を奪って。そうして何をしたのか聞き出す。……能力によるものなら、あるいはまだ3人を助けられる可能性はある筈だ。


そして。ローを中心に広がる青い半円がその内側にくまを捉えた、その直後だった。

「伏せろっ!!」

「「「!!??」」」

鋭い警告はただ一人くまとは逆の方向を警戒していたサボによるもの。

何だと確認するよりも早く、首筋を撫でた悪寒のままに身を屈めた4人の頭上を"光"が斜めに薙ぎ払って通り過ぎる。

次いで、爆発。

閃光と衝撃の後周辺一帯が瞬時に粉塵にのまれ、視覚と聴覚が瞬間的に役立たずとなる。

そんな中、がらりと崩れ落ち始めたのは半ばを抉られた事で傾いだ脇の建物群。――そしてその下には、当然兄弟達が居た。

「"ゴムゴムのガトリング"!!」

「ルフィ!!」

咄嗟に飛び出したルフィの拳撃の連打が落ちかかる建物を瓦礫に変えていく。

ドガガガッ!! と凄まじい轟音が響き、キラーやゾロ、サボも加わって瓦礫を砕く事で寸前先の圧死を回避する。

代わりに更に悪化した粉塵の中、既に展開を終えた能力のサークルを利用し周囲を把握しようとしたその判断は間違っていなかった。……ただ、どうしようもなく相手の方が速かった。

「………」

「!? お前ら、にげ――」

「ロー!!」

ぬっ、と粉塵越しに見えた巨影。

先のレーザーも降りしきる瓦礫も気に留めず、あちこちが煤け傷付いたまま迫る影にローが出来たのは、わずかにその危機を知らせる事までだった。


ぱっ、とまた1つ影が消える。

瞬く間に半分が欠け、残るは4人。

隙を見ての牽制どころか、恐らくは黄猿が放ったのだろうレーザーによる傷さえ頓着せずに前進する異様な頑丈さと自らの負傷を度外視した動き。

そしてわずかでも触れられれば消されるという理不尽な攻撃。……ここに来て、もはや撃破を狙うだけの余力は戦力的にも精神的にも無くなっていた。

元々、強引にでも包囲を突破して船へ辿り着き、その後ローの能力で足止めに残っていた5人を回収する手筈だったのだ。立ち止まれば囲まれてしまうからこそ、速力と突破力に長けた顔触れが揃っていた。

ここから5人の下へ戻れたとしても、くまを連れて行ってしまうだけだと分かっている。

それでももう、他に取れる手立てが思いつかなかった。


なのに、戦況は更に悪化の一途を辿る。


「くそっ、パシフィスタと海兵共まで来やがった…!!」

兄達が大半を引き付けてくれているとは言っても、そもそもの数が違う。

あちらを迂回して抜けた戦力が半円を描く包囲網を作り始め、向けられる銃口と砲口が彼らの動きを縛り付けた。

――そう、"動きを止めて"しまった。

「――旅行するなら……」

「ルフィは海兵の銃を頼む!!」

「ゾロ! 後ろに突破口をあけてくれ!」

「――おう!」

「わ、わかった!!」

動き出す巨体に対し、もはや迎撃以外の選択肢は残っていなかった。

もう、戦闘用の陣形もなにもあったものではない。

それでも可能な範囲で戦力を振り分ける。

くまを足止めするべくキラーとサボが動く。

そして、数だけは多い海兵達からの銃撃に対する盾としてのルフィと残る顔触れにおいて最も火力の出せるゾロは、完全に反転して合流を図ろうとした。……あるいはその時点で、2人しか残れない事さえもどこか遠くで覚悟して。


「かったいな…!!」

「本当に人間か!?」

左右から挟み込む様に動いたキラーとサボの攻撃が繰り出され、パニッシャーによる斬撃と鉄パイプによる打撃という二重奏が響く。

それらは確かにくまの身体を捉えたが、返ったのは生身に当たったとは思えない感触と音。……そして、攻撃により確かに血を流しながら、やはりその動きは止まりはしなかった。

「クソ…ッ!」

攻撃に倒れるどころか怯まず、なのに僅かでも受ければ終わるという理不尽を足止めするのは困難に過ぎた。……なにせ、徒手空拳のルフィよりはマシだというだけで、残っているのは皆武器を用いた攻撃手段しかないのだから。

それでもなお、十と数合を耐えたのは彼らだからこそと言えるだろう。



「麦わら以外は生身だ、撃て!!」

「"ゴムゴムの風船"!!」

二十を超える銃口から放たれた銃弾を、息を吸い込み自らを膨れさせたルフィがその体で受け止める。……後ろで半ば絶望的な戦いが行われている事を知った上で、立ち止まり振り返りそうになる意識を敵に向ける事で、無理矢理に前を向く。――振り返り、足を止めてしまったら。進めなくなってしまうと本能的にわかっていた。

「"百八煩悩鳳"!!」

銃弾の雨が幾らか落ち着いた瞬間に、ルフィの影から飛び出したゾロの剣撃が海兵達を薙ぎ倒し道をこじ開ける。

その風圧で粉塵も吹き飛び二重に開けた視界の先、思っていたよりも近い距離に5人の姿が見えた。

能力を全開にしているその姿は人のそれからは外れていて、他人が見れば恐ろしくも悍ましくも感じかねないものだろう。それでも幼い頃から見慣れているゾロやルフィにしてみれば、何より頼れる姿である事に違いは無かった。


――油断した訳では、無いけれど。それでもほんの僅かにだけ意識が逸れてしまったのも確かだった。


「――!!」

ふとこちらへ振り向いた兄の見開かれた目。伸ばされる腕。

視線の先は2人の頭上を越えてその後ろへ。……背後で響いていた筈の戦闘音が消えていた事に、度重なる爆音で馬鹿になりかけた耳が漸く気付いた。

ああ、"そこ"に……"背後"に居るのだろう。

差し挟める動きは僅かに1つ。――選んだのは、殆ど反射じみた動きだった。

「ゾロッ!?」

ドン、と肩口からぶつかりルフィを兄達の方向へと押し出す。

反転した視界に映るのは予想通りすぐ背後に迫る巨体。サイズの割に滑らかに動く相手に、それでも刀を向けたのはもはや反射と意地だった。

真正面。……伸ばされる掌にぶつかるかに見えた三刀ごと、ゾロもまた姿を消した。




わずか数分程度の時間で次々に消えた年の近い兄姉達。……子供の頃祖父に連れられた山で出会ってからずっと、彼らと彼女はルフィにとって目指すべき先であり何より頼れる存在だった。

それを立て続けに目の前で失って、僅かも動揺するなというのは……あまりにも酷な話だった。

「っにい、ちゃ――」

突き飛ばされ尻もちをついた姿勢から、駆け寄ってこようとする年の離れた兄達へ手を伸ばす。

戦いの場面ではまず呼ぶ事のない呼び名は恐らく無意識で……そしてそれを言い切る間もなく、ルフィもまた、その場から姿を消していた。


「――ルフィ!!」


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