ルビーの学制服を着るアイ
元トップアイドルにして現超有名女優、星野アイは、姿見の前で苦い顔をしていた。
経歴と職業からして鏡で自身の全身を見ることは不自然では無いが、それでもそんな表情をしてしまう理由は、その格好にあった。
「う、う〜〜これは・・・」
星野アイ、御年三十二歳。人生初の制服を着る。
現役アイドルとしてバリバリに活躍の場を広げている娘の制服のサイズは驚くほど自分にあっていた。なんならそのまま高校生として十分通じるだろう。
だが、十二年前ならばともかく、長く芸能界に身を置き、二児の母となっていた今のアイの中には一般常識というものが培われていた。
いくら興味本位とはいえ、こんなことをする自分に恥ずかしさを感じていた。
「でも、やっぱり似合うよね」
しかし、それはそれとして似合ってしまうものは仕方ないのだ。
アイドル時代の幼さと艶めかしさが共存する顔立ちはそのままに、むしろ年月の経過で現役高校生ばりの若々しさがあった。
体型も現役時代から(大して)変わっていなかったため、学生服は彼女にとてもよく馴染んでいた。
「自分に高校生の時代があったらこんな感じだったのかなー」とも鏡像を見て思ったり。
姿見の前で、くるり、と一回転。
うん、今日の私も、可愛い。
まさに完璧な十代だ。なんならB小町時代の『サインはB』も決める。
「・・・いやいや、娘の制服着てなにしてんのさ、私」
思わず自分で突っ込んでしまう。
流石にもういい大人なのだから、もう少し落ち着くべきだろう。
まぁでも、この格好をしているとつい気持ちが若返ってしまうというか。制服っぽいアイドル衣装も着てきたが、本物の制服なんて着たこと無かった。
アイドル活動に捧げた自身の青春時代。
そこに後悔はない。
それがあって今の自分があるのだから。アイドルでなくて鏑木の紹介であの男に会うことも無ければ、本当の愛を教えてくれた最愛の子供たちが産まれることもなかったのだ。
きっと、今までの人生の中で今が最も自分は恵まれている。それでも、アイは思わざるを得なかった。
「あーあ、アクアとルビーと一緒に学校通えたらなぁ」
「・・・いや無理だから。そもそも母さんが高校生の時って俺たちを妊娠してただろ?」
「だよねー。いくら何でもムr・・・」
開いていたドアの方から聞こえてきた声に返事をしかけて、アイは自分の身体がピシリと固まる音を聞いた。
ギギギッ、と錆び付いたロボットのように首を回すと、そこには呆れたような目を向ける息子の姿があった。
「・・・お帰りなさい、アクア」
「・・・ただいま、アイ」
「いつから見てたの?」
「鏡の前で一回転して『サインはB』したあたりから・・・」
「わ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
「うるさっ」
杖で持つ手と反対の手で片耳を塞ぐアクア。
「なぁ母さん、どうしてルビーの制服なんか着てるんだ?しかもサイズぴったりだし・・・」
「いや!違うんだよ!?別にコスプレとかそういうんじゃなくて!?ちょっと興味本位で着てみただけでね!?ほら、私も女の子だからさ!制服に憧れてたの!」
「ふぅん、そうなんだ」
必死に取り繕うとするアイを見て、アクアは冷めた目を向けながら(内心の興奮を抑えつつ)相槌を打った。
そしておもむろにスマホを取り出すと、それを目の前の母親に向ける。
カシャリ、というシャッター音が響き、次の瞬間にはアイの顔が青ざめていた。
「ちょ、何撮ってんの!?」
「いや、せっかくの機会だし記念に残しとこうと思って。大丈夫、ネットにアップしたりしないから」
「当たり前じゃん!消して!今すぐ消して!!」
「嫌だ」
「即答!?お願いだから!なんでも言うこと聞くからそれだけは勘弁してぇええ!!!」
普段のアイらしからぬ反応に、アクアは表情を変えずにさらに面白がる。
「じゃあこれ待ち受けにするよ」
「それもダメェーーッ!!!」
その後、アイはなんとか息子の写真を消すことに成功したものの、その代わりに彼女の写真がフォルダの中に保存されることになってしまった。