孤独な議長
作:モウヤメルンダッ!!/アスランの人万魔殿議事堂 執務室
カタカタカタカタ・・・・
キーボードを叩く音が響く。
風紀委員会への命令書を書き上げ、印刷し、ハンコを押す。今までと変わらない。
マコト「・・・ん?」
飲もうと思って口をつけたマグカップになにも入っていない。
マコト「・・・イロハ。ココアを・・・」
そう口にするが、返事はない。
数秒の沈黙の末、ハッとする。
そうだった。すっかり頭から抜け落ちていた。こんな基本的なことをこのマコト様が失念しているとはな。
マコト「・・・もう、いないんだったな」
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私は給湯室に赴き、ココアを作る。
レシピを見よう見まねでカップにパウダーを入れ、そこにお湯を注ぐ。
今までなら、ちょうどいいタイミングでイロハが『おまたせしました』といって人数分持ってくるのが日常だった。
マコト「・・・次は・・・なるほど隠し味か」
バターを冷蔵庫から取り、一切れ入れる。
最後にシナモンを少し加えてかき混ぜる。
マコト「・・・・イロハも毎日、こうやって作っていたのだろうか」
ふと、そんな言葉が漏れてしまう。
やがて完成したココアを一口啜る。
マコト「・・・・んぅ」
微妙だ。
どうも思い出の味とは程遠いものができている。
マコト「・・・バターが少し多かったか?」
イロハのレシピを見る。
少々。確かに少々だけ入れたはずだ。
ふぅと息を吐くと、もう一口啜る。
ココアを飲むと、ほんのりと思い出が蘇る。
イロハ、イブキ、サツキ、チアキ・・・
5人で和気藹々とやっていたあの執務室も、今や使うのは私1人だ。
皆、私が求めるものとは別のものを求めて去ってしまった。
万魔殿の、ゲヘナの覇権よりも『砂糖』のほうが大事らしい。まったくけしからん。
とは思いつつも、仕方のないと心のどこかで思っている。
マコト「・・・・・はぁ・・・・」
ココアを啜れば啜るほど、思い出が蘇る。
お絵描き、銅像、レッドウィンター交流会、百鬼夜行旅行・・・
そして・・・・・・・
ああ、思い出すたびに手が震える。
これは『副作用』とかではなく、単にヒナへの怒りだ。この何げない日常を破壊したヒナへの。
マコト「あの女・・・・イブキをあんなにして、イブキを利用してイロハ達を釣って・・・許さん。・・・次はミサイルなどでは済まさんぞ・・・空崎ヒナ・・・」
飲み干してしまったマグカップをシンクに置く。
マコト「・・・いや。ダメだな。イブキが悲しむ」
アビドス廃校戦争において、ゲヘナ学園が単独講話をしてから3ヶ月。イブキはすっかりヒナに懐いたし、イロハ達もそんなイブキに夢中。気づけば私を、このマコト様を支えてくれていた過去の仲間達はもういなくなっていた。
相変わらず私の派閥の議員達は(他に居場所がないからだろうか)私の元にいるが、そうでないものは昨日までに9割がた退部届と転校届を叩きつけてきた。
今手元に残ったのは、儀仗隊、「お船遊び」と揶揄されたものの完成した数隻の艦船とミサイル部隊、そしてライオンマルだけだ。
マコト「・・・ライオンマルと遊ぶか」
書類も大半は済ませてしまったし、このように思い出を頭に浮かべていると2日ぶりにライオンマルと遊びたくなってしまった。
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マコト「キシシ!ほぉ〜ら。猫じゃらしだぞ〜」
右手に持つそれを小刻みに動かすと、この猫はそれに釣られて前足を動かす。
相変わらず、ライオンマルは遊びが大好きだ。
マコト「・・・お前は本当に変わらないな」
すると、私のスマホから通知音がする。
一旦猫じゃらしを置き、スマホを見る。
モモトークが送られて来たようで、送り主が表示される。
マコト「・・・・・・」
私はそれをスワイプして非表示にする。
最近はもう、イオリへの命令か議員からの業務連絡、そしてノアやナギサなどとの会話以外でモモトークを見ることは無くなった。
見たくもないモモトークの件数が増え続けている。
このマコト様への当てつけにしても、度がすぎている。
・・・・はぁ。
ため息をつきながらライオンマルを撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らし、気持ちよさそうなライオンマルが、今はものすごく羨ましい。
物事に関与せず、気ままに生きること。
それが好きなだけできるライオンマルが羨ましい。
マコト「・・・今度カヨコにも見せてやるか・・・」
我が友にとても猫好きな奴がいたなと思い返す。
先生に万魔殿のあれこれを紹介した頃に比べて、ライオンマルは私に結構懐いたようだ。
あの頃は噛まれて大変だった・・・
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執務室に戻り、書類を片付けていると議員が入って来た。
「議長。またアビドスより届け物が」
封筒を受け取り開封すると、DVDと用紙が一枚ずつ。
マコト(・・・悪辣だな)
用紙には、感想を書いてくださいと書いてある。
そしてこのDVDはもう言うまでもない。
もう何十回も見たから慣れた。
私は感想の文にテキトーに文字を書いて、議員に返す。
議員「・・・これは・・・・」
下ネタ祭りの感想文を見て戦慄する議員。
マコト「キキッ。確か浦和ハナコはこういうのが大好きだったはずだ。さぞ喜ぶに違いない!それにこういうのは、テキトーに済ませるのが一番だ。」
議員「・・・了解しました。」
彼女は去ってゆく。
マコト「・・・イブキ達は今頃どうしているのだろうか」
アビドスに行ったイブキ達のことがやはり頭に浮かぶ。
『砂糖』がそれほどまでに、自らの立場を捨ててまで欲するものだとは、私は到底思えなかった。
だがあのビデオを見てから、『砂糖』の強さがわかった。
あれほどまでに、満足に得られなければ攻撃的になってしまうほどに依存性の高い代物とは思わなかった。
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夕方
イオリと向かい合って、今後のゲヘナについて話し合う機会があった。
マコト「・・・今月で、ゲヘナの登録生徒数はついに1万人を割ったな。」
イオリ「・・・ああ」
沈黙が流れる。
マコト「・・・順調か?摘発は」
イオリ「・・・もちろん。議長に言われた通り、ゲヘナに入ってくるものは何から何までチェックしているし、路地裏も調べさせている。」
ヒナがアビドスに移り、アコが廃人と化した風紀委員会は在りし日のようなマルチタスクはもはやできないので、各地を巡回し『砂糖』の流入を防ぐことに専念させている。
しかし彼女もだいぶ疲労困憊しているようだ。
今までヒナに頼り、自分で考え、判断して動くと言う機会が少なかった彼女の行動は効率性に欠ける。余分な人員を動員したと思ったら、人手不足に陥って支援を求めて来たり・・・。
そんな日々を送っていたら、こうなるのも無理はない。
だから私は、魅力的な提案を用意してみることにした。
マコト「・・・イオリ。・・・新兵器の話をしよう。」
私はタブレットを見せる。
記されているのは、最近ミレニアムから譲渡された『新兵器』の設計図。
マコト「つい先日。『新型爆弾』を搭載したミサイルのプロトタイプの製造が完了した。・・・これを使えば、たとえ地上侵攻中でも、我々は被害を受けることなく、連中を簡単に殲滅できる。」
私は、彼女を試したようなものだ。
この兵器を使えば、自分の元上司まで手にかけることになる。果たしてイオリにそんな酷い選択が取れるだろうか。
イオリ「・・・そ、それを使ったら、イブキ達まで・・・・」
マコト「キキッ。わかっている。だからお前に聞いたのだ」
イオリはほぼ考えることなく、答えた。
イオリ「・・・押せない。・・・私には、仮にもかつて仲間だった者を殺すことは・・・できないっ・・・」
予想通りだ。ほぼ即答ということを除けば。
マコト「・・・ああ。」
このボタンを部下に見せられた時に、押すか押さないか真面目に考えてしまった自分が頭に浮かぶ。
そう思うと、私は彼女より、心が弱いのだろうか。
マコト「・・・・私も同意見だ」
イブキを何が何でも助けるなんていう心が欠けかけている私に、イブキを助けることはできないと、改めて確信した。