子守唄
※ここまでスレを追ってSS開くような方々は何があっても大丈夫だと思うんですが焼印含め痛そうな表現あるので注意
「は……っ、はぁ……っ」
大した距離も走っていないのに息が切れる。ここ最近トレーニングなんてしていなかったから、当たり前といえば当たり前かもしれない。
後ろからは、濃紺の異形が一体。再び始まった地獄の鬼ごっこで、奴はゲーム開始時からずっと蟻生だけを追い続けている。まだ捕まっていない仲間たちに何度か出くわしたが、その時もあれはそちらには見向きもせず、蟻生の背だけを見ていた。
奴らが本気を出せば自分たち人間など簡単に追いつけてしまうというのに、いつまでもゆったりとした足取りで追われている。何を考えているのかなんて分からないけれど、そいつは蟻生との"遊び"を愉しんでいるようにも感じられた。捕まった後の処遇は嫌というほど身体に叩き込まれているし、捕まえるならさっさと捕まえろなんて口が裂けても言えない。しかしそれでも、今の状況は癪に障るものだった。油断しているあいつを撒いて、鼻を明かしてやりたくなる。
(くそ…、逃げ切ってやる…!もうあんな無様を晒してたまるか…!)
迷宮のような鬼ごっこ会場の廊下を駆けて、駆けて、駆けて。けれども片方だけが楽しい鬼ごっこは、無慈悲に終焉のときを迎える。
「ぁ……!?」
左右に分かれた道を右に曲がって。その先にあるのは行き止まりだった。引き返してもう一方の道に行こうにも、既に退路は奴に塞がれている。絶体絶命。九割九分で詰み。
……でも、まだ終わりじゃない。まだ実際に捕まってはいない以上、一分の可能性に縋りつけ。"ゲームセットのホイッスルが鳴るまで、思考と足を止めるな"。それがかつて異星に拉致される前、青い監獄で蟻生が学んだことだった。
「来…るな…!」
必要以上に怯えた声色をつくって、じりじりと行き止まりの壁の片隅に後退していく。異形はゆらりと、一歩一歩余裕を滲ませる歩みで近付いてくる。
(まだ、まだだ…。あと少し、誘き寄せてから…)
『縺九≠縺輔s』
凌辱者の魔の手が伸びてきた瞬間、蟻生は背後と、自分の横にある壁を蹴った。三角跳び、次いで跳び箱の転回跳びの要領で異形の頭に手をつき相手を飛び越える。流石に友人である忍者の末裔のように壁走りなんて真似は出来ないが、蟻生とて体躯には自信のある、得意科目体育のスポーツ選手だったのだ。この程度の動きであれば、やってやれないことはない。本来男体には備わっていない機能である出産を繰り返したせいか、骨格が歪んでしまったようで着地の際に若干よろけたが、化け物の不意を突くことには成功した。
走り出した蟻生はすぐに曲がり角を曲がって相手の視界から消え、そのまま近くにあった扉を開けて部屋に飛び込む。幸いこの部屋には扉が複数あり、倉庫のような使い方をされているのか薄暗くて物も多かった。これならば逃げ切れるかもしれない。蟻生を追って扉を開け放った異形に向けて、その辺りに置かれていたものを二つ三つ投げつけ怯ませる。それでもこちらをに近づこうとする異形だったが、互いの間に置かれた重厚そうな置物を上手く障害物として活用した。相手は床に落ちていた何かに躓いたようで転倒。勝ちを確信した蟻生は入ってきたのとは反対側にある扉に手を掛ける。
その手に、紐状に伸びた生暖かい何かが絡みつく。
「なっ…!?」
振り返って見れば、異形は転んだ姿勢のままこちらに腕を、その先に生やした触手を伸ばしていた。力強いそれに他の手足も絡め取られ、蟻生は異形の元へ引き摺られる。
「ぅ…っ!そ、んなのアリか……!?」
口をついて出た文句もお構いなしに引き倒されその上に伸し掛かられて、身動きが取れなくなる。この個体は心做しか、いつも相手をさせられていた連中より体が大きいように感じた。
捕まった。捕まってしまった。あぁ、あの悍ましい時間がまた始まるのか。不安と恐怖に呼吸が浅くなる。
頭を両手で掴まれて、反射で(あ、咥えさせられる)と身構える。だが実際に蟻生の口に捩じ込まれたのは、太く硬いそれではなくうねうねと蠢く長い舌だった。
『縺昴s縺ェ縺ォ雖後↑縺ョ?』
「んぅっ!?ん、ンーーーッ!!」
キスを、している。この連中に初めて捕まったときから口を"使われる"ことは散々あったが、口吻をしたのはこれが初めてだった、と思う。
舌を絡め取られ、上顎を刺激されながら喉奥を舐められる。未知の刺激に、背筋に寒気が走ると同時に開発されきった身体はびくびくと甘い反応を示した。
息苦しくなってきたタイミングで口を解放され、次に化け物は蟻生の胸に吸いつく。
「ぅ……ぁ、やめ…離、せ…っ!」
元より一回りほど大きく育ってしまった胸の飾りは、少し弄られただけで身体が期待してしまう。そういうふうに躾けられた。呑まれないよう、相手を調子づかせないよう口元に手を当て漏れ出そうな声を懸命に殺す。
『豈阪&繧』
『蜒輔?縺薙→蛻?°繧峨↑縺?』
「……? な、に」
何か話し掛けられているのは分かるが、生憎蟻生に宇宙語は分からない。返ってこない答えに、異形は顎に手を当て少し考える素振りを見せてから口を開いた。
『Twin…kle twinkle… little sta…r』
「………ぇ…?」
シャンパンゴールドの瞳が、大きく見開かれる。それは、その歌は。
『How I… won…der what… you are』
異形はそこまで歌って首をこてりと傾げる。酷くひび割れた、蟻生とは似ても似つかない歌声。けれどもそのメロディーも歌詞も、確かに判別出来てしまって。蟻生はその歌に、身に覚えしかなくて。
「お…まえ……、まさか……………」
ようやく蟻生が自分の正体に気付いたことが嬉しかったのか、それは機嫌の良い声音で、地球の言語を発した。
『カ、アサン…』
絶句。それが蟻生の反応を最もよく表す言葉だった。嘘だと断じてしまいたいのに、あまりにも物的証拠が揃いすぎている。
何よりも信じたくないのは──自分の心の奥底でかすかに響く、こんなに大きくなってという歓びの声だった。植え付けられた偽物の母性が、未だ自らの中に息づいている。
俺の子。違う、俺の肚に寄生していただけの化け物。ちゃんと育ってた。嬉しい。気持ち悪い。二度と逢えないと思っていた。二度と遭いたくなんてなかった。愛している。死んでしまえ。嫌だ。嫌だ。怖い。吐きそうだ。
ぐらぐらと目眩がして、意識が遠のきそうになる。人間の体調変化に詳しくない異形は、過呼吸を起こしかけている蟻生の様子に気付かず彼の美しく長い脚を掴んで開かせた。
「………ぁ、」
後孔に、脈打つソレが擦りつけられる。何十、何百とされてきた仕草だから、その意図するところが嫌でも分かってしまう。
『豈阪&繧薙?∝、ァ螂ス縺』
「い、やだ…やめてくれ…、なぁ、お前は俺の子なんだろう?こんなのだめだ、親子でこんなこと……!」
相手を押し返そうとする必死の抵抗も、蟻生より大柄で遥かに力が強い異星人にとっては子猫が暴れているようなものだった。懇願を無視して、熱杭が中に押し入ってくる。蟻生の喉から、引き攣った悲鳴と嗚咽が漏れた。
「ぅぁ、あ…、いやだ、ッぁ、だ、れか…」
ぼろぼろと涙を零してしゃくり上げながら実子である自分に揺さぶられて喘ぐ"母"の姿を見て、異星人である彼の中にゾクゾクとした感覚が生まれる。これは何だろう。この人を妻にしたら、たくさん笑顔が見たいと、幸せにしたいと思っていた筈なのに。
彼は、兄弟の中でも特に母親を愛していた。まだ幼体だった頃に居住スペースを抜け出して、こっそり覗いた部屋で偶然見つけたその人。母はちょうど彼の弟を身籠っていたタイミングで、大きく膨れた腹を優しい手つきで撫でながら歌を歌っていた。さらりと揺れた長い髪も、愛しいものを見つめる金の瞳も、ただ美しかった。あの日以来ずっと母のことが忘れられなくて。今回の企画でも、兄弟たちに彼は自分のものにするのだと宣言して譲ってもらったのだ。父も他の兄弟たちも、あくまで地球人のことを苗床としか思ってなかったから母に執着も無く、それほど説得に苦労はしなかった。そうして後は優しく優しく抱いて、身も心も彼の全てを手に入れる…つもりだったのだが。
「抜いてくれ」「頼む、中に出すな」「子どもが出来てしまう」と泣き叫ぶ母の姿は、彼にとって初めて母を見た日と同じくらい衝撃的で、あの日の何倍も性的興奮を覚えるものだった。悲しませたくない、笑っていてほしいという感情が、「もっと泣かせたい」という欲に塗り潰されていく。
衝動のまま、異形は蟻生の左胸に手を当てた。肉の焦げる臭いと、突然走った激痛に蟻生が悲鳴を上げる。手が離れると、その下にあった白い肌は皮膚が灼け爛れ文字が刻まれていた。蟻生には読めない、見たこともない文字。それはこの異形の名を記したものだった。本来これは、基本的に妻にする行為ではない(全く例が無いとは言えないが)。それこそ大抵の場合奴隷だとか、家畜だとかの所有を示すために行うものだ。けれど、どうしても見たくなったのだ。この人間に自分の名前が刻まれている姿が。
突然の暴挙だったからか、驚きすぎて逆に蟻生の涙は止まっていた。もう一度泣かせたくて、異形が今度は蟻生の首に手を伸ばす。以前性欲処理で別の人間を犯したとき、首を絞めたら泣いていたから。蟻生が次は喉を灼かれるのかと思って身を竦ませる。
「っ、…悪かった、謝る、もう煩くしない、大人しくする、から…あれはもう…!ぅ…ッ、ぐ…!」
痛みに対する恐怖に支配され、恐慌状態に陥った蟻生は首を絞められても、掠れた声で謝り続ける。酸欠で再び溢れ始めた蟻生の涙と、窒息に連動して締まる穴に異形のソレは一層いきり立ち、蟻生の結腸を貫いた、一番奥で精を吐き出した。
「…ぁ、あぁ……」
胎内に広がるぬるい液体の感覚に、金の瞳がどろりと濁り、輝きを完全に喪う。完全に脱力して抵抗を諦めた蟻生の腰を掴んで、"子"はまた動き出した。
母子の狂宴は、まだまだ終わらない。