子供と大人(中)
私は暴れに暴れました。「書記の採決」は予備マガジンまで使い切り、その後C&Cの皆さんに引き剥がされるまで、あの男を殴り続けました。
あの男は、保安部の皆さんに連れていかれるまで血だらけの顔でニタニタと笑っていました。
あの男が何を思っていたのか、それはきっと、これから解明されるのでしょう、多分。
ユウカちゃんは病院に運ばれました。今は一通りの検査が終わり、病室で眠っています。
私は取り返しのつかないミスを犯しました。
映像を見た時、フェイクと決めつけて疑わず、ユウカちゃんの危機を見過ごしました。
あの時点でヴェリタスに調査をお願いすれば。先生に確認を取っていれば。出来たであろう1つ1つが私を責め苛みます。
「あっ……」
病院から出ると雨が降っていました。今日一日は天気が持ちこたえる予報でしたが、予想より早く降り始めたようです。
セミナーに走れば予備の傘もありますが、今はとにかく歩きたかったです。強くはないけどそれなりの降り方をする雨が、惨めな私を覆い隠してくれるような気がします。
顔を流れていく雨粒が時折生暖かい気がするのは気にしないことにしました。
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翌朝、私達セミナーの一部とヴェリタスで調査を始めました。ユウカちゃんが何をされたのか、そして何故セキュリティを突破されたのかも調べないと……
あの男はユウカちゃんに乱暴をしている間、ずっとライブ放送をしていました。結果として、何をされたのか調べるのが容易だったのは皮肉以外の何物でもないのでしょう。
映像を見る前に他の子は、そして先生も止めてくれました。私の記憶力だと間違いなく一生の傷になると。
私はそれら全てを突っぱねました。
私達は映像で見るだけですがユウカちゃんは生で体験したのです。多少人より記憶力が良いから、という理由で逃げては、ユウカちゃんに合わせる顔がありません。
それはきっと、一度逃げた私への罰だから……
───結論から言うと、ユウカちゃんは最後の一線を越えていませんでした。
しかし、それは同時にそれ以外のいくつもの「初めて」を諦めざるを得なかった、ということでもありました。
女の子であるなら誰もが、特に好きな人がいるなら(ユウカちゃんは隠しているつもりだったようですが)間違いなく憧れるであろういくつもの初めて。それらを諦めた絶望がそこにはありました。
泣いて、叫んで、許しを乞うて、それでも行われ続けた悍ましい理不尽がユウカちゃんに降り続けていました。
後数分も遅れていたら、きっと間違いなく、絶対に喪ってはいけない最後の「初めて」も摘み取られてしまう、そんなところで映像は終わっていました。
酷い映像でした。私が逃げてしまったものを一身に受け続けるユウカちゃんを見る度に叫び出したい気持ちになります。私に出来ることは、今ここにいない人に何に対してなのか分からない許しを乞うだけでした。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ユウカちゃん……」
泥のように心は深く沈んでいき、自分自身が酷く醜悪な存在の様に思えます。どうすればユウカちゃんに許されるか、顔向けできるか、そんな事ばかり考えて、結局自己保身であることに気付き、再び自己嫌悪に陥る。メビウスの輪のような無限ループです。
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時を経ずして、ヴェリタスからの報告も届きました。
特定条件下でのみ発生するバグを悪用したバックドア生成。これがセキュリティを破った原因だそうです。
「でも、それだけじゃない」
そう続けるのはチヒロ先輩。ヴェリタスの副部長で、凄腕のハッカーです。
「バックドアを生成した人と、利用した人は別」
つまり犯人が2人いる。それは───
「黒崎コユキよ」
頭の芯がすっと冷える感覚。何かを言おうとしても声が上手く出せません。
コユキちゃん。元セミナーメンバーでありながら、素行不良で退部となった子。クラッキングを仕掛けたり倫理観が少々足りない面はありますが、基本的には悪い子ではないと思っていました。それに、コユキちゃんはなんだかんだでユウカちゃんを慕っていたはずです。こんな惨い事に加担したりするはずがない。そう思っていました。
───コユキちゃんになんて言えば良いのでしょう。
何かしら言わなければいけないけど、何を言えば良いのか上手く出てきません。
私は、どうすれば良いのでしょうか……
(後編へ続く)