嫌い・汚い・きれい
ナナシ生まれた時から世界が嫌いだった。
人も嫌いだった。
なんでか分からないけど嫌いだった。
お父さんも嫌いだった。
お母さんも嫌いだった。
近所のおじさんも。
よく挨拶してくるお巡りさんも。
御菓子をよくくれたおばさんも。
みんな、みんな、大嫌いだった。
「いいか、ワイ。お前もいつか父さん達みたいに、神樹様のために働くんだ」
神樹様も嫌いだった。
なんだったら、一番嫌いだった。
お絵描きした絵を破くくらいに嫌いだった。
「いい、ワイ。乃木様や上里様にはきちんと挨拶するのよ? あの人達のおかげで私達は今を生きてるんだからね」
会ったこともない乃木も嫌いだった。
会ったのことのある上里も嫌いだった。
神樹様の次に嫌いだった。
心の中のモヤモヤが嫌いだって叫んでた。
どうでもいい。
どうでもいい。
狭い世界。
汚い人間。
憎い神樹様。
こんな世の中どうでもいい。
早くなくなってほしいなあ。
壁を見る。
早く壊れないかな。
外は広いのかな。
早く見てみたいな。
壁がなくなってほしいなあ。
汚い。
汚い。
汚い。
人間は汚い。
自然も汚い。
星も汚い。
みんな汚い。
綺麗なものなんて一つもない。
心の中のモヤモヤが叫ぶ。
嫌いだ。
嫌いだ。
嫌いだ。
全部無くなってしまえ。
僕も叫ぶ。
嫌いだ。
嫌いだ。
嫌いだ。
人間なんて嫌いだ。
全部嫌いだ。
僕も嫌いだ。
全部なくなってしまえ。
……どこかに綺麗なものはないかなあ。
・・・・・・・・・・・・・
「ワイ、いいかい。今日は大事な日だから。大人しくするんだよ?」
「あなた、ワイはいつも大人しい良い子じゃない」
「ははは。そうだったな。今日も良い子でいるんだぞ、ワイ」
うるさい。
うるさい。
うるさい。
お父さんはうるさい。
お母さんもうるさい。
皆。
皆。
皆。
何もしゃべらないといいのに。
「おお、上里様。お久しぶりです」
「久しぶりだね。そちらは元気だったか?」
「ええ、お蔭様で。あかり様もお元気なようで」
「ハハ。お転婆姫すぎて困っておるよ。今日もそちらのワイ君に会えると喜んでおったよ。ほれ、あかり。ワイ君が来たぞ」
「恐縮でございます、上里様。ワイ、あかり様にご挨拶なさい」
汚い。
汚い。
汚い。
お父さんは汚い。
上里様も汚い。
皆汚い。
「あ、ワイくーん! ひさしぶりー! あかりだよー!」
「…………」
「こら、ワイ! あかり様に挨拶しなさい!」
「ハハハ! 緊張しとるんだろ。小さい子供だから仕方あるまい!」
「ワイくんは、今日もしずかだねー!」
うるさい。
汚い。
嫌いだ。
あかりちゃんも、きらいだ。
きらい。
きらい。
きらい……?
心の中のモヤモヤが怒る。
きらい。
きらい。
嫌い。
「おとーさん! ワイくんとあそびにいくー!」
「ああ、いいよ。あまり遠くに行ってはいけないよ」
「はーいっ!」
「ワイ。あかり様に迷惑をかけないようにな」
「ワイくん、いこー!」
引っ張るな。
うるさい。
嫌い……。
モヤモヤ。
嫌い。
ほんとに……?
モヤモヤ。
モヤモヤ。
モヤモヤ。
嫌い。
嫌い。
嫌い。
皆嫌い。
「あ、見てよー! 園子さまだよー、園子さまー!」
「……そのこさま?」
「うん! 乃木園子さまー!」
乃木。
乃木。
乃木……!
きらい!
きらい。
きら……?
モヤモヤ。
モヤモヤ。
モヤモヤ。
モヤモヤ。
モヤモヤがうるさい……。
モヤモヤ。
モヤモヤ。
……。
嫌い。
嫌い。
嫌い。
嫌い。
嫌い。
乃木。
嫌い。
「あ! 見て、ワイくん! 園子さま、手をふってるよー!」
「……」
うるさい。
うるさい。
うるさい。
人間。
乃木。
嫌い。
きら…………?
「—————————きれい」
きれい。
きれい。
きれい。
綺麗。
綺麗。
綺麗。
モヤモヤ。
モヤモヤ。
モヤモヤ。
きらい?
ちがう。
きれい。
綺麗。
綺麗。
モヤモヤ。
綺麗。
綺麗。
綺麗。
綺麗。
モヤモヤ。
モヤモヤ……。
うるさい!
モヤモヤうるさい!
綺麗!
綺麗!
綺麗!
園子様、綺麗!
人間も、綺麗!
世界も、綺麗!
——心の中の黒いモヤモヤが消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「ワイくん、園子さまかわいいねー」
「……きれい」
「そうだねー、きれいだねー!」
「園子、さま……」
なんでだろう?
ずっと人も、世界も、全部が嫌いだったのに。
汚いばっちぃモノだって思ってたのに。
急に全部綺麗に見えるようになった。
変だなぁ?
「あかりー! ちょっとこっちに来なさーい!」
「はーい!」
「ワイ! お前も戻ってきなさい!」
「……うん」
お父さん、汚くない。
上里様、汚くない。
「じゃあねー、ワイくーん! またあそぼー!」
「……うん」
あかりちゃん、汚くない。
皆、汚くない!
人間は、汚くない!
「お、お父さん……」
「ん? ははは! どうしたんだ、ワイ! お前から話しかけて来るなんて、珍しいなぁ!」
「……園子さま」
「おお! 乃木園子様とお会いしたのか! あの子は乃木様の跡取り娘! 言うなれば、我々上里の家がお守りするべき方なんだぞ! ハハ! まだお前には分からんか!」
「……僕、また見たい」
「そうか、そうか! それならもっと礼儀正しく、優しい子にならないとな! 良い子にしてたら、またお会いすることもあるかもしれないぞー?」
「……礼儀……優しく……わかった」
「こらこら、ダメだぞー。礼儀がきちんとしてる子は、〝分かった“じゃなくて〝分かりました”って言うんだぞー」
「わ、わかり、ました」
「そーだ! ワイは良い子だぞー! きちんとした子になって、お父さんみたいに大赦の神官になれば、きっと園子様のお近くにいられるからなー」
「た、大赦のしんかんになったら……そ、園子さまに、会えるですか……?」
「会える、会えるぞー。あと、〝会えるです“じゃなくて〝会えるんです”だからね」
「会えるんです!」
大赦になったら会える。
なら、頑張らないと。
頑張って、また会いたい。
「お、お父さん! ボク、がんばりますです!」
「うん! ワイがやる気になってくれて、お父さんは嬉しいぞ!」
「ボク、園子さまにまた会えるんです!」
「ああ、頑張ろうな。……そうだな。ワイ、園子様の御側にいたいか?」
「う、うん!」
「なら、〝僕“じゃなくて、〝私”って言ってみよう。言葉遣い一つで、注意される世界だからな」
「わたし?」
「そう! 私!」
「わ、た、し。わたし! ボクはわたし!」
「おお、偉いぞー! これなら、きっとすぐにでも園子様にお会いできるうようになるぞ!」
「うん!」
——これが、僕の……私の原点。
——人が嫌いだった私が、人を好きになった時。
——園子様。
——貴女が、私の世界を変えてくれたんです。
——貴女の笑顔が、私の全てを変えたんです。
——園子様。
——笑ってください。
——貴女の笑顔を守るためなら、私はなんでもしますから。
——園子様……。
——お慕いしております……園子、さま……。